無題
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私は私 人は人
自分に自信がなくなることもしょっちゅうで
自分に嫌気がさすこともしょっちゅうで
コンプレックスのかたまりなのも間違いなく私なのであって
でも そんな私だけど
私は私
こうして優しくしてくれる人たちがいるだけでありがたい
つまらない自分を嘆いている私に同調してくれる人がいると
思うとありがたい
変えていくべきもの
継続していくべきもの
時に 自然に身を任せるほどのしなやかさと柔軟さを
時に よからぬ雑流に流されないほどのたくましさと信念を
落ち込んでも 転んでも つまづいても 立ち止まっても
たまに後ろを振り向いても 涙を流しても
それでも
私は私なりに 工夫して 前を向いて歩いていきたい
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私はなぜそこまでする
私はなぜそこまでするのか
そこまでしても 何もない
何もないのは 分かっている
ガッカリしても仕方がないことも 分かっている
私はなぜそこまでするのか
しなければいいのに
何もないのが分かっているのなら
きっとそうじゃないんだろう
何かがほしいわけじゃない
何かを期待しているわけじゃない
全くそうじゃないといえばウソになるけど
本当は そういうもののためじゃない
だったら私はそこまするのはどうしてか
特別な理由なんてどこにもない
ただ 私がそこまでしたいだけなんだ
ただそれだけなんだろう きっと
でもそれって
ひとりよがり っても言うのかな
ま、いいや 今日の私のつぶやき
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曇り空から 雪がひらひら
かすかな雪がひらひら
はかなげに はかなげに
触れたら 一瞬で何もなかったかのように 消えそうで
触れたら 幻だったのかと思うぐらいに か細くて
伝えたいものを
伝える前に消えてしまうのではないかと思うぐらいに
ひらひらと はかなく 音もなく 風に舞う
今日の朝の雪は そんな風に
目的地に届く前に 宙に消えた雪だった
夕暮れどきの夜の始まる帰り道
あの雪はどこに
駐車場 フロントガラスの向こう側
ぼんやり見えるアスファルト
ぼんやりかすんで見えるのは
ガラスが曇っているのではなかった
ガラスが潤んでいるのではなかった
静かに耳に届くのは 目に見えない幻の雪の音だった
今日の私の答えは これでよかったのだろうか
ふらふらと 変に宙に舞いながら
何かを届けようとして いつの間にか消えた
今日の雪のように
冬はもうすぐで終わりだ 一番寒かった冬
その先には 春が待っている
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水に流そう 水に流そう 涙そうそう
水に流そう 水に流そう 水に流して ジャーっと流して
不完全燃焼のココロファンヒーター
消化不良の胸焼けハート
賞味期限切れの思い出缶詰め
残りものでできた不満ライス
使ってポイの使い捨て親切カイロ
使わずじまいのとっておき時間
返品された人情焼き(お世話焼き味)
わだかまりのココロの水たまり
好きと嫌いのミックスジュース
怒りの我慢割り(ロクヨンで)
根に持ったまま根腐れした期待草
おせんち更衣室のロッカーのカギ
出てくる出てくる ヤッコのココロの4次元ポケット
水に流して水に流して できる限り水に流そう 涙そうそう
許せないこと やるせないこと むっとしたこと
モヤモヤしたこと 傷ついたこと 悲しかったこと
はがゆかったこと のこってしまった行き先のない気持ち
この際いっさい水に流そう きれいさっぱり意地っ張りも
もういいんだ もういいんだ
もう忘れた もう忘れた もうどっちでもいい
全て流そう 去年とともに 去年の思いとともに
流れるかな 流れきるかな
でも いいことや嬉しかったことや楽しいことは
間違って流さないようにしなきゃな
流れきるかな
明日から ココロすっきり なれるかな
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トパーズは 思い出の色
トパーズは ブルーの色
だから 11月のバースデイ・ブルー
birthday blue
思い出がよみがえるたびにブルーになる
自分の誕生日が近づくにつれブルーになる
人の優しさの値うちや気持ちの度合いを
バースデイをもって決めつけてしまいそうになる
だから
こなくてもいいのに
こなくてもいいのに と思っていた
そんなくすぶっていたとき
暗闇の心の中に
ひとすじの優しい光が差し込んだ
「少し早いけど お誕生日おめでとう」
君からのメッセージ
バースデイ・ブルーで冷たく凍えていたココロが
君の言葉で溶けだした
ココロからの言葉は
何よりも深くずっと奥底まで心地よくしみわたる
嫌悪感 幻滅感 失望感
いろいろなブルーが入り混じっていた私の中に
明るく穏やかな青空が少しみえた
ありがとう
私は静かに目を閉じる
そしてトパーズのしずくが 笑顔に にじんだ
明日からの私は違う私
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ボクは彼女を知っている。
時に物憂げそうにしているのを。
時に笑っているのを。
時折つまらなそうに仕事をしながらPCの画面を眺めているのを。
時折ためいき混じりに澄んだ青い空を見上げているのを。
ボクは知っている。
会社に向かう君の歩く姿を。
会社から帰る君の後姿を。
仕事をしているときの君や休日の君を。
ボクは知っている。
君がどのようにして子供時代をおくってきたか、
どんな風にして大人になってきたのか。
ボクは知っている。
何を待っているのか、何が嫌なのか、何が嬉しいのか、
どうしたら喜ぶのか、何に怒っているのか、何に悲しんでいるのか、
そしてどんな時に涙を流しているのかを。
ボクは分かっている。
何を思っているのか、何を心に感じているかを。
君が大事に思うものを。
君の愚かな部分も 意地悪な心も 意地っ張りでひねくれた性格も
優しく素直になれるときも気まぐれなところも。
他の誰でもないボクが一番君のことをわかっているから大丈夫。
誰が君のもとから離れようとボクはいつも見ているよ。
ボクはいつでも君の味方だよ。
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最近 どういうわけか夜中に目が覚める
3時過ぎに目が覚めて 眠れなくなる
こんな夜を どれだけ繰り返しただろう
ふと目が覚めると
あたりはひっそりと静かな闇の空気に覆われている
夜のせいなのか 闇のせいなのか
どういうわけか悲しい気持ちにさせる
そんな気持ちを知ってか知らずか 夜は私に語りかける
まだ夜だから安心して眠りなよ
まだ眠り続けていいんだよ
目をつぶった私の頭を 夜は撫でてくれる
まるで子供をあやすように
まだ眠っていいよと私に空気で伝える
夜だから 切ないのに
悲しくさせる夜だから 眠れないのに
そんな夜は 安心して眠っていいよと 皮肉にも私に言う
冷たい夜でありながら
目を覚まして眠れないと訴えたときには優しい
そんな夜は嫌いだと思いつつ 再び目を閉じる私
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花枯れても
たくさんのこぼれ種
私の中に再び芽吹く
流れたしずくは
命の水となって
大地に浸み込み
小さな種に 小さな芽に
生きる力を与える
今までよりずっと 優しく強い力を
毎週末、どんよりとした優れない天気とここ数日は冷たい空気に
早く暖かい春が来ないかな~などと毎日空を見上げていましたが
今日は久しぶりに太陽の暖かい日差しに包まれ、外の空気も
穏やかだったように思います。
寒さを乗り越えるのはつらいけど、花は枯れてしまうけど
また次に元気に生きるための種はしっかり土の中で育って
いるのでしょうね。
雨風に見舞われても自分の中にしっかりと根をはり
自分という根っこがある限り、何事にも負けずに
やっていきたいな~なんて、そう思います。
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~ちいさな恋の物語より~
みつはしちかこさんの詩
一本の古い木が立ってます
ついこの間まで
やせっぽちで傷だらけの
古い木でしたけど
今朝はキラキラと
たくさんの芽たちに飾られて
まるで凱旋将軍のようです
風が運んだのでもなく
雨がくれたのでもなく
この小さな芽たちは
この古い木の中から
生まれてきたのですよ!!
どの芽もみんな
小さなみどりの手を合わせて
いま 天を仰いでお祈りをしているところです
お日さまが
「生きていてよかったね」と
しきりに金色のほほえみを
送ってよこします
※挿絵は私のオリジナルです。
(みつはしちかこさんの挿絵は自分のに比べたら比べ物にならない
ぐらいに素敵なのですが)
***********************************************
ヤッコです。
春の訪れがもうすぐその先まで来ているようにも感じますが、
まだまだ寒い日が続きます。
昨日朝から会社に向かうとき、鼻がツンときました。
冷たい空気を吸って鼻がツンときたのか、それ以外に
なにかツンとくるようなものがあったのか分からないけど。
そして毎日見ている通勤途中の朝の街並みが、朝の冷たい空気が
橋の上から見える小さな川の水面にかかる蒸気と朝もやが
とても穏やかで綺麗で澄んで見えました。
朝の風景がいつもそうであることや春に近づいている気配に
気づかないぐらいに自分は周りが見えてなかったのかもしれません。
みつはしさんの詩、「古い木の中から新しい芽が生まれてくる」
という部分がとても好きです。
生きる力を与えてくれるような、そんな元気になれそうな詩です。
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いろんなものを 飛ばしてしまおう
私の手の中から 心の中から 放してしまおう
語りたかったものも 伝えたかったものも
聞きたかったことも 知りたかったことも
大切にしていた思いも
待ち遠しい気持ちも
微妙な胸のつかえも
ちょっとした心の疲れも
それを望んでいるのも 感じているのも
今となっては
たぶん 私だけなのかな
だから
風と一緒に飛ばしてしまえたら
たとえ中途半端でも
これ以上
寒さと冷たさを感じるのはつらいから
風と一緒に飛ばしてしまいたい
そして
自分の中を すっかりからっぽにして
新しい風を いっぱい取り込んで
大きく深呼吸したら
こぼれるしずくは いつか かわくのかな
************************************************
寒いこの冬ももう少し続きそうですね。
寒さと冷たさが苦手な私にはつらい時期です。
皆さん風邪をひかないように注意してくださいませね。
( >д<)、;'.・ ィクシッ
あー、鼻がズルズルする~・・・
あー、ズルズル、、、ズル休みして心の洗濯したい~・・・
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この星空の下
この青空の下
いろんな人がいて
いろんな命があって
いろんな想いがあって
それぞれが
それぞれに見守られている
それぞれが
それぞれを見守っている
大好きなあの人も あなたのことを見ている
愛しいあの子も あなたのことを見ている
今も優しい
かつて優しかった
母さんも じいちゃんも ばあちゃんも 娘も 息子も 恋人も
顔も知らない父さんも
いつだって応援している
支えてくれている
それが
生きている人であろうと
星になって空に上ってしまった人であろうと
あなたを見守っているよ
あなたに笑いかけているよ
あなたの中に生きているよ
流れる涙も 全部受け止めてくれているよ
雨が大地にしみ込むように
だから
安心して前を向いて歩いていいんだ
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“だいたひかる”じゃないけれど、どうでもいいけど、くだらないけど
気になる、、そんなどうでもいい思いつきを書き出してみました。
************気になるのの詩 ここから******************
気になるの
気になるの
二の腕のうぶ毛。
濃いほどじゃない。
でも全然生えてないわけではない。
うっすらと生えている二の腕のうぶ毛。
薄くもない微妙に多めのうぶ毛。
剃るほどでもないの。
でもノースリーブを着たらなんとなく気になるの。
気になるの
気になるの
事務所の片隅に期間限定で情報システム部の応援の人たちが
間借りして常駐している、その中のある人の咳払い。
いつも「うっうん」「うっうん」と咳払いをしているのが聞こえてくるの。
それが苦しそうで気になるの。
咳払いの回数も多くて気になるの。
癖になっているの?それとも苦しいの?
でもその人が悪いわけじゃないし知った人でもないから
放っておくしかないの。
でも咳払いが気になってついつい横目で見る私なの。
気になるの
気になるの
銀行の窓口にいるお姉さんたちの年齢と上下関係。
何歳なの。若いの年増なの。
あの女性行員とあの女性行員はどっちが先輩なの。
女性同士の確執はないの。
でも知らない人だから聞くわけにもいかないし歳を知る由もない。
だから余計に気になるの。
銀行で用を済ませたら気になりつつも帰るだけの私なの。
気になるの
気になるの
スーパーのレジで「実習生」の札をつけたアルバイトみたいな若い子が
すごく手つきがよくてさばけたりすると気になるの。
「実習生」だけど今までどこか別の店でたくさん経験をつんでいるのかが
気になるの。
知ったところで何にもならないけどなんとなく気になるの。
「実習生」なのにベテランクラスのレジさばき。
お金をはらいつつチラ見する私はまさにオバサンなの。
************気になるのの詩 以上おわり*****************
あ~、くだらないよね~。
でも他にも気になることってありそうなんだけどな。
誰か私の詩にメロディー付けてくれないかしら?
(そんなのせんでヨカヨカ!・・・っていうか無理だし)
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雲が遠くに行ってしまったからといって 寂しく思うことはないさ
月が闇に隠れてしまったからといって 切なく思うことはないさ
季節が移り変わることを 悲しく思うことはないさ
雲が遠くに行ってしまってもいいじゃないか
月が闇に隠れてしまってもいいじゃないか
季節が移り変わってもいいじゃないか
手に握ったたんぽぽの綿毛が風とともに全て舞い散ってしまっても
海に落ちたハンカチが波に流されて消え去ってしまっても
悲しむことは無い 寂しく思うことは無い
今まで私はこれまでもやってきたんだから
今まで私はこうしてやってきたんだから
小さい頃から 思うようにはいかない現実を
嫌というほど たくさん噛み締めてきたんだから
つまづいて転んで泣いて
いろんなことをあきらめて
たくさんのことに別れを告げて
移り変わるものから卒業して
そうしてこれまでやってきたんだから
これぐらい平気 悲しくなることなんてない
最近ほんのちょっと欲張りになっていただけ
ほんの少しだけ贅沢になりすぎていただけ
自分の居場所を求めすぎていただけ
もう誰の支えも助けもいらない
なんてそんな強いことはとうてい言えないけど
今までやってきたように
これからも私は私でやっていくだけ
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最近はいろんなことを思ったりしていた。
いろんなことを考えたりしてきた。
考えすぎだとか、どうしてそんな風に考えるのとか言われたり。
自分でも考えすぎなのかもしれないって思っていた。いつも。
私が考えることで人を困惑させてきた。
私が考えることが人を憂鬱にさせていた。人の重荷になっていた。
でもここ数日で自分の中から 何かが消えたような気がした。
うまく言えないけれども
胸のつかえがとれたというか
何かを失ったというのか
ふっきれたというのか
見方が変わったというか
あきらめたというのか
開き直ったというのか
あてにするのはやめたというのか
改めて分かったというのか
よくわからないけれども
今なら気持ちを切り替えられるような そんな気がした。
環境が変わることで 人も変わる
気持ちもわずかに変わっていく
その時は変わらないと思っていても
変わらないと約束したとしても
変わるのは自然のこと 仕方のないことでもある。
変えないでいられる方が不思議なことだ。
考え方が違うのもあるかもしれないけれど
気持ちの持ちようや重みが人によって違うのかもしれない。
あるいはそれが変わったのかもしれない。
それがなんとなく伝わってきて わかった。
私が気にしていたことは ちっぽけなことだったのだ。
私が大事に思っていたことは 取るに足らないものだったのだ。
全部整理できてなくて うまく言えないけれど。
誰も気にもとめない 小さな小さなことでひとりクヨクヨしていた。
それでも私にとっては大きなものだった。大事なものだった。
でも やっぱり小さなことだったのだ。
それがようやく分かったような気がした。
そうしたら自分がバカみたいに思えてきた。バカだけども。
そんなバカな私も 今なら変われるような気がした。
今日から 今からでも 変わりたい。
そんな簡単に変われるわけはないけど、自分の中で
今何かが小さく変わったのが分かったから
今なら変われるかもしれない。
考えることも もうやめた
そろそろ気持ちを楽にしよう
今日のひんやりとした空気が 私を目覚めさせてくれそうだ。
ある寒い日の朝だった
朝焼けが美しい 青く冷たい空気が静かにたたずむ早朝
日の出とともに霜で白く覆われた町並みや田園が
キラキラと浮き上がる
そんな一月の冷たくて透明な朝だった
私たちは毎年毎年繰り返しながら時を過ごしている
季節が巡ってまた春が訪れるように
同じ景色を何度見たことだろう
同じ道を何度通ったことだろう
同じ空を何度見上げたことだろう
見るものは同じ景色や風景でも
通る場所は同じ時刻の同じ道でも
その時に感じるものはその時だけのものでしかない
疲れ果てた通勤途中の路地裏も
無機質な工場に囲まれた敷地から見上げる青い空も
目にするものは同じでも 繰り返しの景色でも
感じることはそのときだけのもの
だから 今が大事なんだと
そう思ったりするのが今この気持ち
明日はどんなことを思うのだろう
会社の帰り
日も暮れて薄暗くなるころ 夜が始まりかける時刻
空気がとても冷たかった
昼間の明るさが 夜の闇へと移り変わり
昼間の暖かさが 夜の冷たさへと移り変わる
冷たい風を受けて 会社の帰りの道を歩く
その冷たさと暗さに
何気に悲しくなる 何かにくじけそうになる
涙がこぼれそうになる
つらいことが余計につらくなるときがある
そんなとき 自分にいう
大丈夫 大丈夫 って
何が大丈夫なのか わからないけど
とにかく自分にそういって気持ちを立て直す
そう 大丈夫 大丈夫
それが私への励ましの言葉 あなたへの励ましの言葉
だって そうやって これまでやってこれたんだから
つらいことも 悲しいことも 苦しいことも 嫌なことも
困り果てたことも 悩んだことも 途方にくれたことも
どうにかこうにかやり過ごしてきたんだから
なんとかやってこれたんだから
くじけそうになっても つらくなっても 悲しくなっても
大丈夫 大丈夫
そんな おまじないの言葉
ちょっとだけ元気が戻る おまじないの言葉
***************************************
「なんとなく」「別に」「訳もなく」「そんな感じで」「とりあえず」
「なんでもない」とか、自分がよく使う“都合のいい言葉”って
あるんだけど、「大丈夫」という言葉も私はよく使います。
何が大丈夫なのかよく分からないけど、その言葉で自分を慰めたり
励ましたり元気付けたり立て直すことができたりするのはもちろん、
人に対しても励ましたり慰めたり不安を取り除いてあげたりできるし、
心配をかけずに済むし、だから私の中のお気に入りの便利言葉でも
あるのです。
大丈夫じゃないときでも「大丈夫」ってそう自分に言い聞かせる
だけでも違うのです。
不思議と大丈夫になったような、暗示にかかったようなそんな
感じがします。
それこそ“丈夫”になるんですね。
なんとかやってこれて今があるのだからこれからも大丈夫
なんですよ。きっとね。
「なんとなく」 「別に」 「訳もなく」 って
自分をごまかすのに都合のいい言葉なのかな
理由がないようで理由があったり
知られたくないようで知ってほしかったり
自分で分からないようで実は分かっていたり
いつもと少しだけ違う自分だったりする
それが 「なんとなく」
それがとるに足らない小さなことだったり
自分が何だかおかしいような気がしたり
人に言うほどのことじゃないって自分の中で
留めてみようと思ってみたり
そんなことを考えながら
日も暮れてあたりも暗くなった会社の駐車場の
車の中でボーっとたたずんだ
エンジンもかけずに
ただただフロントガラスが 内側からうっすらと曇り
まわりの街灯や行き交う車のライトがぼんやりとして見えた
大きな理由ではない 小さな理由
自分の中だけの 星砂のような小さな小さな数々の理由
寂しいのは私だけじゃない
不安なのは私だけじゃない
辛いのは私だけじゃない
誰もが寂しいと感じている
辛いことも 悲しいことも 不安なことも 苦しいことも
あなたもきっと感じているのだろう
誰もがきっと感じているのだろう
私だけじゃない
時折 私だけが
ものすごく悲しみの波に漂っていると錯覚している
波の中で漂っているから
外の世界がまともに見えていなかったり ゆがんでみえたりする
でも 漂っているのは私だけじゃないんだということに気づく
だから手を差し伸べて
冷たく凍えた心を暖めあいたい
辛く苦しい気持ちを分かちあいたい
嬉しいことや楽しいこと、喜びや愛しく思う気持ちは
言葉がなくても、その表情だったり仕草だったり
触れ合ったりすることで十分相手にも伝わるもの。
そのことに特別な理由があってもなくても、HAPPYな気持ちは
それだけで十分だから。
でも、苦しいことや悲しいこと、辛いこと、嫌なこと、せつないこと、
寂しいことは、その人の中に その人の中だけに
何がしかの理由があって、でもそんな気持ちだけに
自分の中だけに留めておこう、留めておきたいって思ったりも
するわけで。
だからよけいに
誰も気づかないし、誰にも伝わることがなかったりで。
だからよけいに
悲しさや寂しさや苦しさが増すわけで。
でもどうしても苦しいことや辛いことがあるときは
やっぱり 自分が
話したい、伝えたい、聞いてもらいたい、解ってもらいたい
と思う人に、できる範囲で構わないから心のうちを話して
少しでも楽になれば、とそう思う。
少しでも話してもらいたいってそう思う。
嬉しいことや楽しいことはそのままで十分だけど
苦しいことや辛いことはそのままにしておくわけにはいかない。
その気持ちから その状況から 少しでも開放してあげなければ
ならないし、少しでも楽にしてあげたいと思う。
だから、その人の中の苦しむ理由を 少しでも、ほんの少しでも
話してくれれば、痛みが分かるから、痛みを分かち合うことが
できるから、無理は言わないけど、やっぱり少しでも話してほしい。
そんな苦しい心の内は誰にも話せなかったりするけれど、
心のおける人、気の許せる人になら話せる部分もあり
大事な人だからこそ話したほうがいいこともあるわけで。
そう思う。
あなたは言っていたね。
「信じることは難しい。
愛することは簡単なのに。」
と。
今の私がそう。
「嫌だ」ってどうして思うんだろう。
「嫌だ」なんて思わなければ気楽なのに。
どうして「嫌だ」という感情がつきまとうのだろう。
感情はなまもの。
コントロールすら自分でできない。
信じようと思えば思うほど
不安にかき立てられる。
信じたいと思えば思うほど
心が乱れてしまう。
こんなことじゃいけない
心を強く持たないといけない。
信じる力があると 信じたい。
************************
さわやかな秋晴れの天気も、日が暮れたら
闇夜に変わります。
そんな私も一喜一憂の毎日。
今日は一転して自分の中の思考と感情が
闘っています。
闇夜の中で煌々と輝く月はとても綺麗ですね。
お月様、私をなぐさめてくれますか?
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大人は子供じゃない
だけど、子供のよい部分はそのまま変わらずに持っていたい
たとえば
素直な心 純粋さ 柔軟性
だけど、子供のような稚拙な部分は捨て去りたい
たとえば
わがまま 自己中心性 忍耐力の欠如
人間の気質や性格は 善しも悪しも表裏一体
いい部分も角度を変えれば悪い部分
悪い部分も角度を変えれば善い部分
だから悪い部分があるのは当然であり
それはどうしても自分の中に存在するもの
それを自分の本質の一部であることを
認めることも大切なのかもしれない
それを否定する必要はない
それが自分なのだから
でも人との調和や社会の中での調和を保つためには
それが障害になったりするわけで
だから子供の稚拙な部分や悪い部分は持っているとしても
大人になったら それを自分の中でコントロールして
そのときそのときで
切り替えたりしていかなければ ならないのだろう
誰にでも願いはある 願望はある 嫌なものはある
そういう自分の気持ちが
いつでも優先されるにこしたことはない
だけど 世の中必ずしも自分の思う通りにはいかない
思い通りにならないことの方が多い
希望や願望はかなわないことが多いわけで
嫌なことや辛い現実も受け入れなければならないわけで
思い通りにいかないからと 子供のように大泣きして
だだをこねるわけにもいかない
それは十分わかっている
分かっているから ひっそりと誰もいないところで
泣くしかないのだろう
そうやって自分を抑えることを身に付けていく
大人になるにつれ
だけど 自分のささやかな希望や願望や信念は
あきらめることなく押し殺すことなく
心の中に持ちつづけたい
自分の思いが どう転んでも
その現実を素直に受け入れる自分の対応力が
大切なのだから
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もしも違う道を選んでいたら 私はどうなっていただろう
もしも ここに生まれていなかったら
もしも この学校に通っていなかったら
もしも 進路をこっちにしていたら
もしも 違う職業を選んでいたら
もしも 違う人を選んでいたら
何もかもが違うものになっていただろう
人生のそれぞれの分岐点において
自分はそれを選んできた
選ばざるを得なかった
もしも別の道を選んでいたら
今私が抱えている
悩みも 苦しみも 怒りも 悔しさも 辛さも せつなさも
なかったであろう
だけど 同時に
ささやかな楽しみや 嬉しさや 感動や 喜びや 尊さも
なかったであろう
出会いも
違う道を選んでいたら
また別の苦しみや悲しみに直面しているだろう
別の感動や喜びに出会っていただろう
もしもなんて
過去を変えることの出来ない今
どうすることもできない
どうすることもできないから
そんなことを思ってみたりする
でもその過去を築き上げてここにいるのが今の私
苦しいときやつらいときは
どうしてこの道を選んだのかという後悔
ささやかな幸せを感じるときは
ここまできてよかったという安堵
今がつらいから過去を恨めしく思う
その過去があったから今のささやかな喜びがあるのも事実
そのときそのときの 気持ちの持ちようで
自分の今いる地点への評価も変わる
過去を変えたくても変えられない今
かといって今を変えたくても変えられない
そんな臆病な自分も今ここにいる
これからのことを 未来のことを
どうにかして 切り開いていくしか
今はできないのかな
でも どうやって
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今朝は久しぶりに早朝ウォーキングに出た
家を出たのは朝5時25分
前回早朝ウォーキングに行ったのは8月21日
約10日ほど前
たった10日間の間に世界が少し変わっていた
外の明るさ
少し前までは5時半でもまだ明るかった
ここ最近は明け方の日の出の時間が少しずつ遅くなり
同じ時刻でも夜の明け方が変わっていた
外の音
少し前までは、健康パークに行く道のりに聞こえるのは
カエルの鳴き声だったのが、今日歩きながら耳に聞こえてくるのは
鈴虫やコオロギの鳴き声だった
少しずつ変わっていっているのだ
たった10日の間でも
時は確実に進んでいるのだ
季節は駆け足で過ぎ去り、もう次の季節へ
移ろうとしているのだ
外へ出なければいけない
とにかく歩かなければいけない
外に出て自分の足で歩かなければ何も見えない
何も気付かない
時は確実に進んでいる
季節は変わる
世界は変わる
できればそれを自分の肌で感じた方がいい
卓上カレンダーを見つめ月日の経つ早さを憂うより
何もしないで外の景色や周りの変化に気付かないより
外に出て自分の足で歩いた方がいい
外の流れに 歩調を合わせなくてもいい
時の流れに 焦る必要はない
遅くてもいい 自分の歩調で
時には休憩したり立ち止まってもいい
疲れたら休めばいい
雨が降ったら雨宿りすればいい
寒ければ一枚余分に着ればいい
自分の足で歩くことで何かを感じる
自分の足で歩かないと何も感じない
匂いも 音も 明るさも
暖かさも 冷たさも 風の優しさも
自分で何かを感じ取ることが
とても大切であるような
次の自分につながるような
そんな気がした
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チューリップの球根のように
スイセンの球根のように
目には見えないけど 表には出ていないけど
土の中で
ゆっくり ゆっくり
去年 自分なりに咲かせた花よりも
昔 自分が苦労して何かを咲かせようとしたときよりも
土の中で
ゆっくり ゆっくり
目には見えないけど
土の中の 養分や潤いやエネルギーをいっぱい吸収して
次の自分の花を咲かせようと
何かを咲かせようと
そんな球根のように
自分で気づかなくても 誰かに気づかれなくても
自然と ゆっくりと
私たちは
育ち行く力をつけているのでしょう
時が流れる
四季の移ろいのように
ゆっくりと ゆっくりと
時間をかけて 時が流れる
一日の出来事のように
いつのまにか 走馬灯のように
かけあしで 時が流れる
そんな 時の流れ
ここまでの道のりは
長いようで 時間をかけているようで
でも
短いようで あっという間のようで
そんな風に 長くも短くも感じる
そんな風だから 大切にしたい
私の中のキーワード
「時間」
さよならコイキング
連休の間に家を空けました。
いつもは毎週日曜日に金魚(名前はコイキング)の水替えを
するのだけど、この前の日曜日(7/16)は朝から出かけて翌日の
月曜(祭日)に戻ってくる予定だったので、水替えは月曜日でいいか
と思っていた。
家を空けた翌日のお昼前に家に帰ってきたら、コイキングは
死んでいた。
いつもヒラヒラ、水槽の中を悠々自適に泳いでいたコイキングが
濁った水の中で、水草も心なしか葉も茎もいつも以上にちりじりに
散らばっていて、その中で体を横向きにしたまま水に浮かんでいた。
日曜の朝、出かける前まではいつも通りにえさを食べる姿を
この目で見ていた。
コイキングはこの夏で二年を迎えようとしていた。
あと一日早く水替えをしていたら。
家を空ける前に水替えをしていたら。
たったそれだけのこと。
気温も高くなってきたこの時期、水も濁りやすくなってきたなと
私も十分感じていた。
あと1日ぐらいいいだろう、という安易な感覚。
でも、その安易な感覚と判断でコイキングの命が亡くなってしまった。
たかだか金魚。
夏祭りでたまたま手に入れたもの。
もともと金魚を飼いたかったわけでもない。
手間が増えるだけ、なんて最初は思ったりもした。
でも水槽で簡易的に飼っていたら、小さかった金魚がすくすくと
元気にここまで育ってくれた。
なんだかそんなコイキングが可愛かったし、自由気ままに
何を考えるでもなくヒラヒラ泳いでいるその姿に癒されたりもしてきた。
だから今はちょっと悲しい。
かなり悔やまれる。
たかだか金魚ぐらいで大げさな、なんて自分で自分を冷やかして
みたりするけれど、やっぱりショックだし悲しいという気持ちには
変わりがなくて。
きっと暑くて苦しかったんだろうなー、って。
私の甘い判断のために命を亡くしてしまったコイキングには
申し訳なく思う。
しょせん金魚。
私の中の存在の重さとしては微々たるものだから、きっと
その悲しみなんて数日すればすっかり薄れてしまうのだろうけど
コイキングがこの世にいてしっかりと生きていたということは
忘れないでおきたいな。
悲しい姿のコイキングは家の裏の土に水草と一緒に
埋められた。
私の心を癒してくれたコイキング
安らかにお眠りね
愛 って なんだろね
愛する って どういうことだろね
わかんないよ わかんない
頭で考えたって わかんない
一晩考えたって わかんない
一生考えたって わかんない
考えたって わかるはずがないよ
だって
愛 って 心で感じるものだからさ
*****************************************
「幸せ」とか「愛」とか「生きる」って究極のテーマなんですかね。
よく分かりませんね(笑)。
答えなんてないんだと思います。
無理に答えを求めることもないんだと思います。
あえて「愛」というものを、どういうことだろうって考えたときに、
「いとおしい」とか「大切だ」とか「かけがえの無いもの」
「相手のために何かをしてあげたい」とと心から思えるとき、思える対象、
思えることが「愛」の概念に近いものなんではないかと、私個人的には
そう思います。
もっともっと広くて深くて大きな意味があるのだろうとは思いますが。
だから、前にも記事で「好き」という気持ちは大事って書いたけど、
「いとおしい」「大切だ」「かけがえのないもの」と思えるものが少しでも
あると、それは自分の中で潤いとなって、「幸せ」の樹の枝がどんどん
伸びて栄えていくのかもしれませんね。
ペットでも恋人でも子供でも家族でも友達でも趣味でも
住んでいる場所でも仕事でもなんでも、「大切」と思えるものが
少しでもあると、それは小さな幸福の実(もしくは種?)となって
生き生きとした幸福の樹となって色鮮やかに栄えることでしょう。
そんなこんなを言ってますが、結局頭で考えてもよく分からない
んですよね。
やっぱり心で感じるものなんでしょうね。
それをたくさん感じることが出来る人は幸せなのかもしれませんね。
何を言いたいのか分からなくなっちゃいました(笑)。
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キャベツをきざんで 涙がでた
たまねぎではなく
キャベツをきざんでいたら 涙が出てきた
いつまでも出るから
泣きながら いつまでもキャベツを切っていたら
たくさんの千切りキャベツができていた
そんな 涙がでた日
何もかもが中途半端
家のために 仕事が中途半端
仕事のために 家のことが中途半端
どれひとつとっても まともにできてやしない
何もかもを 完璧になんて できないって
分かっている 分かっている
ここまでやれているんだからと
自分を励ましたりもしてみる
それでも
中途半端になっている この状況が
くやしくて はがゆくて
仕事の波に乗り切れていない 今の自分がくやしくて
周りに遅れないように 必死でついていこうとしても
私には限界を感じる
私は何をやっているんだろう
何をしてきたのだろう
何がやれたのか
何もやれてないじゃないか
たかが仕事 たかが生活
されど仕事 されど生活
そんなに責めることはないと
もうひとりの自分が慰めるけど
私を応援してくれて支えてくれる人もいるけれど
それでもくやしくて はがゆくて
どうしようもなくて
そんな沈んだ自分が嫌で
どうしても
涙が とまらなかった
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弱音は はくもの
いつでも気丈ではいられない
弱音を はいて
すっきりしたら
弱音を はいていられない と
また気を取り直して 立ち上がる
きっと それの繰り返し
******************************
私は根気が無いし、負けず嫌いってわけでもないから
すぐにあきらめたり、もうだめだー、きついーとか思ったり、
私にはできない、と嘆いてみたりすることがよくあります。
今も不調の波に漂っています。
いつもいつも弱音をはいて愚痴って嘆いて不満ばかり
言っていてはいけないとは思いますが、自分で
やれるところまでやって、つまづいて、行き詰まって
今の自分や状況に嫌気がさしてしまったときには
弱音をはいたり、愚痴ったり、泣いたりして、
自分をさらけだしましょう。
でも今の私はやれるところまでやっていないんですよね。
自分でやれてなくて、自分に甘えてると分かっていながら、
周りと比較して自分が劣っていることに悲観的になってみたり
卑屈になってみたり。
自分にもうひとふんばりが足りないってことも分かっているんです。
そんな「不調」と「普通」の繰り返し。
「好調」っていうのはあんまりないかな。
その瞬間瞬間で気分がいいときや楽しいって思うときは
もちろんありますけどね。
自分の心を許せる人に聞いてもらうもよし、
ひとりで号泣してもよし、ブログに書き散らかすもよし(笑)、
やけ酒して飲み潰れてしまうもよし。
(でも他人に迷惑をかけたり自分の体調が悪くなるような
飲み方はやめましょうね)
ひとしきり落ち込んで沈みきったり、山場や正念場を乗り越えたら
なんとなく気持ちが軽くなったような気がしたり、
なんとなくこれじゃいけないって気を取り直したりすることも
あるだろうから、自分のありのままの気持ちに任せて
自然体でいきたいものですね。
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Happy Birthday to You (2006,July)
誕生日 この世に生まれた日
どこの世界でも どこの国にいても
この世に生まれた日は 誕生の記念
そこから あなたの人生が始まったのなら
それは Very HappyなBirthday
生まれたときの その空気のやわらかさを
生まれたときの そのお母さんのぬくもりを
なにも分からないなりに 感じ取っていたのだろう
あかちゃんが 感じとるのは 同じもの
誰もが そんなあかちゃんだった
誰もが そんなあかちゃんで始まった
世界では 悲しい戦いが起こっている
この国では 許せない犯罪が起こっている
あなたの国では どうですか
それでも私たちは 生きていくのです
悲しいこと 切ないこと 許せないこと 不条理なこと
愚かなこと 汚いこと 苦しいこと 空しいこと
大人になるにつれて 私たちは
楽しいだけじゃない 嬉しいだけじゃない ことも
覚えていくけれど
何かを捨てて 何かを犠牲にして 何かをあきらめて
生きていかなければならないことも 増えていくけれど
命の尊さは 子供であろうと大人であろうと
年をとろうと どこの国にいようと 変わりはない
だから
この世に 誕生した日は
記念すべき 自分の始まりの日 あなたの始まりの日
始まった日から 続いている この先もずっと続いてく
始まった日から 一年毎に 節目を数える誕生日
そんな大事な誕生の記念を
海を越えて 国境を越えて
はるか遠く続く空の下にいる君へ
私が心からお祝いしてあげましょう
Happy Birthday To you
7月生まれの 君へ おめでとう♪
***********************************************
親愛なるjadeskyさま&7月生まれの方々
今月がお誕生月とのこと、おめでとうございます♪
誕生日、誕生月というのは自分にとっての
節目でもあります。
だから何がどうってわけじゃないけど、これから
どういう意気込みでっていうわけでもないけれど
やっぱり「いつもと違う自分だけの特別な日」として
迎えたいものですね。
今日でブログを始めてちょうど1年になった。
長いようで短い一年だった。
ほんとに一年が経つのは早い。
一年前、やりたいことも特に無く、仕事と家での繰り返しの生活。
何かやってみようかな、と思って始めたのがブログ。
その時その時で思ったこと、感じたことを文章で書いて、
時には 絵を描いてみたり 時には写真を撮ってみたり
時には 詩や散文で表してみたり。
喜び、悲しみ、怒り、愚痴、嘆き、自己嫌悪
楽しみ、笑い、切なさ、優しさ、苦しみ、涙、憂い
安らぎ、激情、愛、恋、矛盾、愚かさ・・・
いろいろなものを感じ取ってきた。
いろいろな思いを書き綴ってきた。
私が私でいられる場所。
自由に思いを表現できる場所。
そして この一年間。
いろいろな出来事があった。
いろいろな人と出会った。再会もあった。
ブログでも実生活でも。貴重な出会いと再会。
これからも、できる限り、自分の続けられる限り
このブログを続けていきたいと思う。
以前のように頻繁に
更新はできないかもしれないけど、私のペースで
無理なく、楽しく、自然のままに書き綴っていきたい。
*****************************************
これまで ここに訪れてきてくれた皆さん
本当にありがとうございました。
ちなみに、2005/6/26~2006/6/26までの一年間に書いた
記事数は296でした。
コメント数は自分のコメントも含めて1317でした。
いろいろなコメントを頂いて、とっても支えになったし、助けられたし、
嬉しかったし、励みになったし、本当にたくさん元気づけられました。
ヒマなときはいつでも遊びに来てください。
気が向いたとき、何か言いたくなったとき、暇つぶしに、
どんなことでも構いませんので、気軽にコメントしていただけると
とても嬉しいです。
(レスが遅くなることがあるかもしれませんが必ず書きます)
これからも私なりにできるところまで細々とやっていきますので、
よかったら、今後も私のブログ「おしごとウーマンの心の洗濯屋」を
よろしくお願いします。
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遥か遠い空の向こう
みんな 元気にやっているだろうか
6月の 晴れでもない 雨でもない
灰色の曇り空
その曇り空の向こうの青い空の下で
それぞれが それぞれに それぞれの 事情を抱えながら
なんとかやっているのだろうなと
なんとなく ふと 思った
たとえ 光化学スモッグでよどんだ空でも
たとえ 排ガスで薄汚れた空でも
たとえ どんよりと湿った陰気な雨空でも
空は空
いつも見上げれば空がある
私や いろんな人たちをつなげている 空
見上げると 果てしなく 続く空
九州だろうと 沖縄だろうと 北海道だろうと
東京だろうと 愛媛だろうと 大阪だろうと
中国だろうと
どこであっても どこにいても
同じ空の下
お互いの幸せと 健闘を 祈りたい
遥か遠い空の向こうから
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嘘も方便
嘘をついてほしいときがある
それによって安心したい
嘘をついてほしくないときがある
それによって傷つくことがある
そんな 矛盾した 自分のワガママなんて
私の中の しこりと一緒に
流れ星となって 流れ落ちてしまえばいいのに
私はいったい何をしたいのか 何を求めているのか 答えは 本当は 分かっている 自分の中で どうしても折り合いがつけられない そんな 自分の ジレンマ
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星空の下 君と手をつないで歩いた
小高い丘の上の公園 夜の歩道
まだ夜になったばかりの街は 明るい光を夜空に放つ
星空の下 君とベンチに座って 同じ景色を見た
見上げれば きらきらとかすかに光る星空
はるか前方には 煌々と光る 街の明かり
君の横顔がとても優しかった
君の笑顔がとても切なかった
君は 夜空でもない 夜景でもない 遠くを見つめていた
言葉は少なく
それでも握った手から伝わる
たくさんの 優しい気持ち
ひんやりとした 澄んだ夜の空気が
徐々に 心を 透明なものに変えていった
君はどこを見つめて 何を思っていたのだろう
私はどこを見つめて 何を思うのだろう
星空の下 街の明かり
丘の上から見る この夜の世界が
永遠なものではないと わかっているから
その ささやかな明かりと思いを
握り締めた手の中に
そっと大事にしまいこむ
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昼から夜更けにかけて 私の心も夜が更けて暗闇になる
自己嫌悪 醜い心 人を縛り付けてしまう愚かな自分
頭じゃ分かっているのに
そんな聞き分けのない心を持っている自分が嫌
どうしてこんなに心が醜くなってしまうのだろう
いつからこんなに卑しくなったのだろう
でも現実はそれが本当の自分
夜更けの自分は 更に感情が支配する
どんなに きれいごとを並べてみても 考えてみても
そんなうまい具合に 割り切れない 自分の心 自己嫌悪
そんな自己嫌悪の闇も
夜明けと共に引いていくなら
心にも明かりが さしてくるだろう
夜明けの空みたいに
何事もなかったかのように
暗闇とともに去っていってくれるだろうか
*****************
・・・ちょっと陰気すぎるかな?ごめんね(苦笑)。
おい、ヤッコ!暗いオーラ出しすぎだぞー!!
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今日は元気です。
週の半ばで更新しようとしたけど、なかなかままならず。
これは水曜日にちょっと落書きしたもの。
このときは、ちょっとしたことで気持ちが揺れ動いたりして
頭で考えるようには気持ちがついていかずに、ちょっと自己嫌悪に
なって同時にそんな自分を反省した日でした。
自分がマイナスオーラに包まれると、なんとなく周りまで巻き込ん
じゃったりして、後で申し訳ない気持ちでいっぱいになるのです。
もっと自分に自信とゆとりを持ちたいなぁ~。なんて思う今日この頃。
気分屋の私ですから、一晩経てばなんとなくちょっとスッキリ。
気持ちもリセットされたような、そんな感じ。
だから今日は元気です(笑)。
もう私ったら、世話が焼けるね~。
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しあわせ ってなんだろね
私の幸せってなんだろね
人の幸せってなんだろね
大切な人の幸せってなんだろね
>生まれ持った感情の中に、
>捨ててはいけないものがある。
>「好き」という感情
「好き」という言葉が好き
「好き」がたくさんあれば
それだけで嬉しい楽しい
笑顔が増える 笑う角には福来る
「好き」がより深いほど より強いほど
それだけで何もいらない
それが自分の原動力になる
しあわせ ってなんなのかよくわかんないけど
なんとなく ただなんとなく
好きという感情と
心から笑えるということ
これさえあれば 少なくとも
不幸じゃないんだろな
全てに対して 優しいわけではない
いつのときでも 優しいわけではない
ほんの一瞬 ココロが狭くなるときがある
特定のことに対して ココロが狭くなるときがある
そんな自分が 嫌で嫌でたまらなくなるときがある
そんな自分を どうしていいか分からずに途方にくれてしまうことがある
なんで 今 こだわるのだろう
なんで これだけに こだわって
ココロが小さくなるのだろう
ココロが汚れてしまうのだろう
それが自分にとって
重要で大切で 何よりも優先で かけがえのないものほど
つまらないことで
ココロを閉ざしたり いじけてしまったり 投げやりになったり
感情の波は激しくて
ココロの広さも
広くなったり 狭くなったり
優しくなったり 意地悪になってみたり
笑ってみたり 泣いてみたり
とても 忙しい
それが 大切なものであればあるほど
ココロは とても忙しい
悲しみや苦しみは 少ないにこしたことはないけど
喜びや感動も 少ないのではないだろうか
感じ取る気持ちの強さ 感じ取れない心の鈍さ
喜びも悲しみも
喜び 嬉しさ 感動 幸福感
それを感じる気持ちが強ければ強いほど
それに伴う苦しみや切なさを強く感じることもあったりで
でも
わたしは
苦しくてもつらくても
人を愛する喜びや 小さな感動や幸福を
強く感じ取れるほうが
より色鮮やかで 深い人生を送れるような
そんな 気がする
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ネコになりたい
自由気ままな ネコになりたい
ネコになって
居心地のいい大好きな場所に
自由に行けたらいいな
大好きな人のおひざに
ちょんと座って 丸くなって
その優しくて暖かい大きな手で
頭をなでられて あくびをしながら
気持ちよく 眠るの
ネコになりたい
ネコになって
あなたのところへ行きたい
あなたに会いに行きたい
ネコになれたらいいのに
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