« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2011年2月23日 (水)

眉と犬と課長

こんばんは。化粧をしているときにどうしても片方の眉がうまく
描けずにものすごくもどかしくなった夢を見たyaccoです。

描こうとしても眉ペンがうまくつかないし、手がかなわないのか
まっすぐ描けなくてすごくイライラしたんです。( ̄曲 ̄)ムキキキキ

そりゃそうですよね。

夢ですから。 (ё_ё)キャハ

 

ということで、くだらない夢だったな~などと思い返しておりました。

 

眉はとりあえず毎日化粧の度に描くけども、イラストは最近めっきり
描いていない私です。

 

うちの課の課長は名物キャラ(例の鵜飼いもどき)で、昔から彼を
イラストに描くのはおちゃのこさいさい八宝菜です。

 

で、面白キャラなのでイラストも描けばよりおもろくなるそんな
課長でして、単に似顔絵の時もあるけど、時々アニマル化したりも
します。

 

 

 

                 こんな風に↓

   

       Photo_2

 

            Wanko_2  

 

犬に扮したイラストはよく描いてました。

 

 

そんな「課長犬」なんですが、職場のTちゃんがナイスな
動画を見つけて教えてくれました。

まゆ毛犬です↓ 是非是非見てみてくださいませ。

 

  たれ眉毛が似合いすぎてカワイイ犬(Yahoo)

 

   

めっちゃ可愛すぎます~heart04 

   (ё_ё)キャハ~heart02

  

なんですか?この愛らしさは。

目が大きくて黒まなこが左右に離れている・・

あの口元も可愛いし。

棒のようなとってつけたようなまゆ毛がまた似合いすぎますheart04

  

課長犬となんだかかぶる~ (´゚艸゚)ププッ

  

可愛くてすっとんきょーでもう癒されます (*´∀`*)ひょ~

 

私もうまくまゆ毛が描けない時はこんなまゆ毛を貼って
会社にいこうかしらね。

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年2月21日 (月)

今日と違う明日に願いをこめて

毎日は 同じように 繰り返されるけれど

決して 全く同じ毎日ではない

同じような毎日も

今日は昨日とは違う

明日も今日とは違う

小さく違う同じような毎日の中に

突然 やってくる 昨日との大きな違い

その大きな出来事が 今日にもたらすものは

ハッピーなものもあれば

アンハッピーなものもあり

時に 頭と心が 追いつかなくなる

偶然も 必然も 同じものにひっくるまれた

まるで 運命を感じさせるような 大きな何かが

自分に何かを伝えようとしているのか

試練を与えようとしているのか

誰も 知りえることはできない

あるのは ここにある現実と事実

昨日との違いがあるように

大きな違いが訪れるように

少しずつの違いが積み重なって大きな違いになるように

今日との違いが 明日にはあるだろう

それが ハッピーなものに 転じることを 

私たちは信じ

そしてただただ願うのみ

  

 ←よかったらクリックをお願いします

大事な友人の甥っ子ちゃんが突然の病気に見舞われて今は
大変な時期にあるようです。

職場の大先輩のお母様が体調が悪くて入院されたとのこと。

別の先輩も今病気と闘っています。

私の父、祖母のこともあり、「生命」や「生きる」ことは本当に
かけがえのないことなんだ、と強く感じます。

少しでも楽に、元気に、生きることができるよう
何もできない私にできることは幸福と健康を
ただただ願うだけです。

 

  

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年2月18日 (金)

調和

こんばんは。yaccoです。

今週もあっという間に終わりました。

ちょっとしたジレンマを感じた今週でした。

職場の人間関係はいい方だと思います。

いい方ですが、やっぱりいろんな人がいるのは確かで、

自分が嫌な気分になっても、嫌な感じだなーと思っても

いろんな人がいるからしょーがない、と割り切るしかないんですが

いろんな人がいるからしょーがない、と割り切れない人もいるのは

いろんな人がいるからなんでしょうね。

我慢が出来ない人は我慢が出来ないんでしょうね。

嫌なものは嫌だから嫌なものを排除しようとするんでしょうね。

そして自分の思い通りになるように周りを変えようとしたり。

人を変えるのは難しいし、自分も変わらなきゃいけないだろうし

人に求めすぎてもよくないだろうし

仕事が出来ることも大事だけど、集団生活や組織の中では

「調和」することも大事なんじゃないのかなー、なんて

そう思った今日この頃でした。

 

 

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月16日 (水)

うちの課番付

こんばんは。yaccoです。
今日もお仕事しました。

トトロ君は早いものでこの春で入社してから2年が経ちます。
もう3年目になるんですね。
番付でいうと、「序の口」を過ぎて「序二段」といったところで
しょうかね。

でも相変わらず仕事はのんびりしているし受身的で、こちらから
聞いたり言ったりしないと次のアクションになかなかつながらないので、
ちょっとヤキモキしています ( ̄曲 ̄)

私の教え方にもっと改善が必要なのでしょうか?

トトロ君が十両に上がるのはいつなんでしょうね。

同じ課の隣の席の主任は1月末に課長試験を受けました。
論文とかプレゼン資料とか役員面接とか、ものすごく大変そう
だったけども、その甲斐あって受かったようです。
4月に正式に昇進すると思われます。
喜ばしいことですねshine

こちらは「関脇」あたりでしょうか?
(大関の脇をつとめる者、という意味が語源とか?)

ただ主任から管理職に上がるということで、残業代はつかないし
今の状況ではボーナスも減らされるらしいから、年収は今までと
比べるとダウンするかもしれないので(主任は結構残業王だった)、
昇進がいいのかそうでないのかは判断が難しいところですね。
でもやはり「昇格」ということは良いことだと思います。はい。
ステップアップは必要ですからね。

大人の階段のーぼる~up 君はまだシンデレラさ~note by徳永英明

序の口のトトロ君関脇に昇格予定の主任・・とくれば
あとはこの人しかいないでしょう。

   012

 

鵜飼いです。

  

違いました。

  

大関です。

(=うちの課の課長です)

※前もこのイラスト使いました。リユースですね。

この大関課長は毎日見ていて飽きないです。
珍獣の観察日記が書けそうなぐらいです。

特徴を列挙すると

せっかち、落ち着きがない、食べるのが好き、太っている、
餅みたいなやわらかそうな腹、そそっかしい、でも仕事はすごくできる、
判断力がある、たまにデマカセっぽい、誰とでも分け隔てなくしゃべる、
じっとしていない、社服の脱ぎ着が頻繁、食べるのが早い、
せかせかしてるから食べこぼしも多い、「あちゃー」「あー疲れた」
「調子わりー」「あーもう時間がないよー」と後悔系のつぶやきが
多い(同僚のKちゃん曰く)、しゃべりやすい、声がデカイ、
あっさりしてる、何でも早い、頭が良い、などなど。

で、その他に印象深いしぐさが・・

それは

 

鼻をホジホジする

     

です。はい。  ( ̄d¨b ̄) ホジホジ

 

鼻ホジホジ以外にも体をボリボリかいたり、自分の手や指をくんくん
におったり、と、それこそ珍獣を見ているような気になる行動が
多々ありまして、大関課長は私の斜め前の席に座っているので、
私はPCのモニター越しに時々チラ見している次第であります。

[壁]ω ̄) ジー (家政婦は見たの図)

 

鼻ホジホジなんて、普通だったら見ている方は
「嫌だなー」とか「うわー・・」ってちょっと嫌悪感があったりして
ひいちゃうんだけど、うちの課長の場合は、もうその存在が
珍獣そのものなので不思議とそういう気にはならないんですね。

鼻ホジホジしているところを見ても不思議と嫌な気分に
ならないことについて、同課のKちゃんが言うには

「もうそれは もはや
 犬が耳をかいているのと同じにみえる
 のでしょうね

まさにそうかもです。

アニマルな感じなのでそれが犬のしぐさのように
受け入れられるのかもしれません。

本人も鼻をほじることになんの恥じらいもないみたいで堂々と
ほじってますからね。

 ( ̄d¨b ̄) ホジホジ

 

同課のTちゃんの目撃情報だと、

 

「普通に鼻をほじりながら
 こっちにむかって歩いてましたよ!」

 

オオーw(*゚o゚*)w

私も、PCのモニター越しにチラッと珍獣課長をコソ見するのですが
その時にも

 

鼻をほじりながらの課長と目が合った!

 

そんな状態でもそのままスルーで鼻をほじるのを続けてました。
(現在進行形)

おそるべし我が課の大関。

 

Kちゃん、Tちゃんと一緒に、毎日珍獣の行動を観察するのが
ちょっと楽しいお仕事ウーマンズなのでした。

  

 ←よかったらクリックをお願いします

  

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年2月15日 (火)

とりとめもない休日

こんばんは。yaccoです。
今日も寒かったですね。

休日も寒かったりだるかったりであまり活動的ではなかった私です。
ばあちゃんのこともあったから、なんだか気が抜けてしまいました。

録りだめしていた映画やドラマを見たり、近場をぶらっと買い物に
出たりしていました。

いつの頃からか腰をすえて映画を見るようなことが少なくなったように
思います。
歳をとってせっかちになってしまったのでしょうか、時間に余裕が
なくなってしまったのでしょうか。
1日が慌しく過ぎてしまうようなそんな気がして、限られた時間に
あれもこれもしようと欲張りすぎてしまうのかもしれないです。

2時間たっぷり映画鑑賞に時間を費やしてもそれはそれで
楽しいと思うので、もう少し余裕をもって時間を有効に使いたいなー
と思う今日この頃です。

そういうのもあってか、1時間もののドラマが手軽に感じるんで
しょうかね。

ドラマといえば、日曜日のドラマですが、江口洋介の「スクール!!」は
録画しておいて、草彅君のドラマ 「冬のサクラ」 (日曜夜9時~
TBSドラマ)はリアルタイムでたまに見たりしています。

家庭を持つ萌奈美(今井美樹)が、いろんな事情と経緯から
祐(草彅剛)を好きになってしまうのですが、夫の石川航一
(高嶋政伸)が非常に嫌な奴なのでやはりここは草彅君との
恋を応援したくなります。

せつなくなりますが、私は2人がハッピーエンドになってほしいと
思います。ドラマなんですけどね。

映画といえば、録画していた「デスノート」と「カイジ」を観ました。
たまたまどちらも藤原竜也と松山ケンイチが共演しているんですね。

どちらの俳優さんも実力派だと私は思います。

作品的にはデスノートは割と面白かったですね。
(割と、っていうのがミソでしょう)

「大人向け」と「若者向け」とではなんというか、作風も違うせいか
好みや印象が人それぞれで違いますよね。

そんなだらーっとした休日を送った私なのでした。

あ、美容院に行って髪も切りましたよ。
宇多田ヒカルの髪形もいいなーと思って、なんとなくそれっぽく
してもらったんだけど、なにせ顔が全く違うものですから
宇多田ヒカルの髪形に近くなったのかすらもアヤシイ限りです。

どちらかというと、ゲゲゲの鬼太郎?って感じ?

まあ、短くスッキリしたからそれでいっか。

 

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月11日 (金)

別れ

こんにちは。yaccoです。

少し暖かくなりかけたかと思ったらまた寒さが舞い戻ってきましたね。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

私の最愛のばあちゃんのオルゴールの音がとうとう止まりました。

ばあちゃんのこと、書きとめておきたかったのでここに綴ります。

先週の日曜(2/6)の午後に、ばあちゃんが過ごしている
老人福祉施設グリーンヒルにいつものようにばあちゃんの様子を見に
行きました。

その前週にはいけなかったので、どうしているかなーと思い
ばあちゃんに会いに行きました。

ばあちゃんの部屋に入ると、看護士さんが血圧と酸素濃度を
計っていたところでした。

横からのぞくと、ばあちゃんの呼吸が少し荒れていました。

ばあちゃんの胸の喉が「ギー、ギー」と音を鳴らしていました。

酸素濃度計をちらっとのぞき見ると「85」で、正常範囲を下回って
いたようでした。

「ばあちゃん」と、私が声をかけるとばあちゃんは、私に気づき
こちらに顔と目を向けました。

ばあちゃんの意識はしっかりしていました。
ばあちゃんに「今日はきつそうだね」と話しかけると、
「あ?うん、うん、はふはふ、ふにゃふにゃ」と何か答えて
いました。

前回来たときは言葉もしっかりしていたけど、その日は
聞き取れなかったのですが、それでも何か話しかけると
ばあちゃんはもごもごとしゃべってちゃんと受け答えしてくれて
いました。

前回と違うなーと思ったのは、容態がよくなさそうだ、という
ことの他に、おしゃべりはなんとかできるけど口がまわらなくて
よく聞き取れないということ、それからばあちゃんはやたらと
天井を見ながら目を左右にキョロキョロと動かしていたのが
印象的でした。

天井をキョロキョロと見渡しながら、左手を目前に上げて
しきりに何かをつかもうとしていました。

まるで夜寝る時に横たわったまま電灯のひもをつかむ時のような
そんなしぐさをしきりにしていました。

「ばあちゃん、何が見えるとね?」と言ってばあちゃんの顔に
私の顔を近づけて一緒に天井を見てみました。

天井以外には私には何も見えませんでした。

それでも「ふふ」と少し笑ってまた手をかかげてみたり
お腹までめくってある掛け布団をつまんで手繰り寄せようと
したりシャツのすそをつまんでモゾモゾしたりして、何か
落ち着きのない様子でした。

そして、喉が渇くのか自分の指をしゃぶろうとしたり
手を握った私の手をしゃぶろうとしたり、今までと違う感じの
ばあちゃんだったけども、いつもより体調がよくないから
きついのかな、呼吸が苦しいのかもしれないな、と思いました。

「やすこだよ。分かるね?」と問いかけると、「うん」と言って
くれました。本当に分かっていたかは分かりませんが。

ばあちゃんの左手を前に差し伸べてしきりに何かをつかもうとする
しぐさが今でも印象に残っています。

その日ばあちゃんに話しかけたりしながら1時間ほどそばにいて
少し落ち着いて見えた頃に帰りました。

同日夜、伯母から電話がかかってきて「少し悪くなってきたから
市内の病院に明日また入院させようと思う」とのことだったので
病院で24時間体制で看てもらえるならそれが一番良いと私も
賛成しました。

翌日の月曜(2/7)午後、伯母と母から電話で「入院したよ」
と連絡がありました。

その後少し落ち着いたようだったので、伯母と母はそれぞれ
自宅に一旦帰ったのですが、その後容態が変化したようで
月曜夜9時前に伯母から電話があり

「ばあちゃんの息が止まりかけてるみたい!あんたの母さんに
電話するけどつながらないからあんたからも連絡してみて!
おばちゃんも今から病院に行くけど、病院まで距離があるから
すぐには着かんとたいね・・とにかくそういうことだから!」

と言うので私も驚いて、急いで着替えて病院に向かいました。

病室に入ったとき、ばあちゃん以外にはまだ誰もいませんでした。

その時既にばあちゃんの呼吸は止まっていました。
看護師さんが「呼吸は9時頃止まってます」と教えてくれました。

「ばあちゃん」

と声をかけると、いつもは目を向けてくれるのにばあちゃんは
目をつむったまま口も閉じたまま何も答えてくれませんでした。

顔色もよく、あまりにも眠ったような寝顔だったので、なんだか
「呼吸が止まっている」=「死」と結びつかず、死の実感は不思議と
なく、涙や悲しい気持ちはすぐにはわいてきませんでした。

その10分後、15分後、20分後、と、伯母や伯父や母や
親戚の人や従弟たちが次々に到着しました。

医師が言われるには、最後は苦しむことなく静かに息を
引き取った、とのことでした。

本当にそんな感じだったんだろう、と思えるほどとてもとても
安らかな寝顔でした。

ゆっくりゆっくり奏でていたオルゴールの音色が最後の力を
振り絞って音を鳴らして静かに止まった、そんな感じだと
思います。

伯母は母よりもばあちゃんの面倒をよくみてくれて、ほぼ
毎日のように病院や老人ホームを行き来していたので
ばあちゃんが苦しむことなく大往生できたことに安堵して
いたようでもありました。

11月後半から何度となく「危ない状態」と告げられ、
正月までもつかどうか分からないといわれながらも山場を乗り越え、
回復してはまた悪くなり、を繰り返しながら2月7日まで生きた
ばあちゃん。

私が慕っている人にメールでばあちゃんの死を伝えると
「家族の心の準備が出来るまで、おばあちゃんは頑張って
 くれたんだよ」と言ってくれました。
本当にそうかもしれない、と思えました。

少し前にばあちゃんを見舞いに行った時、あちこちが痛い、
と少しきつそうにしていたのを見て、テレビを見ることもなく、他の
老人たちと集うでもなく、外に出るでもなく、食事もほとんどとらずに
静かな部屋でずっと寝たきりで何をするでもなく長い長い一日を
過ごして、毎日毎日を繰り返し、記憶も定かでなくなっていって
「長生きすることが本当にいいのか」「何のために生きているのか」
とベッドに横たわるばあちゃんを見ていて、何がいいのか分からなく
なったこともあったけども、施設の人なり病院のスタッフなり、
親族なり、最後まで自分を気にしてくれる人がいると思えば、
長生きすることもまんざらではないのかなーなんて気がしました。

ばあちゃんの命が終わりました。
とても悲しいことだけど、前日にばあちゃんの顔を見て話ができたし
それまでも行けるときに言って話をしたし、認知症はあったけども
ばあちゃんの意識や耳はしっかりしていたのでそれなりの会話は
できたし、ばあちゃんの可愛い笑顔やおどけたそぶりで私も
癒してもらったし、そうこうしながら皆心の準備をしていき、最後は
それほど苦しむことなく皆に見守られて眠るようにして人生の幕を
閉じることができたから、不思議と辛さはありませんでした。

幸福感に包まれた悲しみ、そんな感じです。

その後はバタバタと現実的な動きで時間がものすごい
速さでめまぐるしく過ぎていきました。

2/8(火)に通夜、2/9(水)に告別式でほんとにバタバタでした。

ばあちゃんが長く住んでいた伯母の家で通夜も葬式も
執り行われました。

伯母の家は、市内から約40分ほど離れた山の奥にある
すごくワイルドな場所にワイルドに存在しています。

ものすごく急な斜面と急なカーブを登っていったところにあり、
裏が竹山で、まるで崖っぷちか、というところに家があります。

伯母の家から下の道路を見下ろした写真です↓

  

      Dvc00195

 

写真では分かりづらいですが、ものすごく急斜面を上がってきた
ところに敷地があり、家までのアプローチもすごく急斜面なんです。

火葬場に行く前の出棺の際も、霊柩車が自宅まで上がってこれない
から、男衆で棺を抱えてこの急斜面を下りて霊柩車に乗せたほど
です。

口の悪い伯母は、「もー、ほんなこつ、最後まで世話のやける
ばあさんだけん、どんこんならん!」と言って周りがどっと笑い
なんだか悲しみと明るさの入り混じった和やかな出棺でした。

伯母は口は悪いけども愛情のこもった憎まれ口をたたくのが
上手な人なのでかえって温かみを感じます。

久しぶりに伯母&伯父の家に来て懐かしい気分でした。

伯母の家は昔ながらの田舎の家です。

通夜・葬式は自宅で行ったため、組うちの人たちが大勢
どこからともなく集結してすごい手際のよさと連携プレーで
会場準備から煮炊きから何もかもを手伝ってくれて驚きました。
もちろんメインの段取りは葬儀屋がやってくれるのですが。

あまりにも懐かしく、今では珍しい光景なので写真に
納めました。

      Dvc00199

 

なんて言うんでしょう。炭を使うコンロみたいなものに大きな
鍋をかけて、大量の味噌汁や湯を沸かしていました。
ガスや電気を使わない昔ながらの省エネ生活ですね。

 

      Dvc00200

 

      Dvc00201

 

おじちゃん(伯母の旦那さん)は、それこそワイルドでたくましい
人で、昔は大型バイクに乗っていました。
身体は丈夫で、イノシシ狩りもたまにしているようです。
家には猟犬が3匹ほど檻の中で飼われています。

盆栽も好きみたいで、自宅の前には立派なしだれ梅がありました。

      Dvc00194

つぼみがたくさんついていたので、梅が咲いた頃にまた
行ってみようかと思います。

葬儀では、滅多に合わなくなった従兄弟&従姉妹たちと
再会しました。

孫代表で、私と従弟がお別れの言葉を述べました。

棺にお花を入れるとき、火葬場でお祈りする時、その要所要所で
悲しみの涙があふれてきましたが、通夜・葬式は温かく和やかで
賑やかで穏やかで、幸福感に満ちていたような、そんな儀式と
なりました。

温かい日差しの中、懐かしい場所で、懐かしい風景を見ながら
最後にばあちゃんと言葉を交わした日曜日、ばあちゃんは
いつもと違って何度も手を上げて何かをつかもうとしていたり
天井をキョロキョロとしていたりしていたのは、お迎えがそこまで
きているのが分かっていたのかなー、なんてそう思いました。

これまでの長い人生辛いことや嫌なことはたくさんあったと思うけど
その苦労の分、すっかり仏様になって幸せな終わり方ができて
大往生とはまさにこのことかな、と思いました。

今も日常茶飯事的に、いろんな場所でいろんな人生が始まったり、
途中だったり、終わったりしています。

たった一人の人生の幕を閉じることは、この大きな世界の中では
とるにたらないちっぽけなことなのかもしれないですが、その
たった一人に関わった人にとってはとても大きなものを残してくれて
いるのではないかと、そんな気がします。

ばあちゃん、今までたくさんの愛情をありがとう。

大人になってからはあんまり会いに行ってあげられなかったけど
ばあちゃんのたくましくて大きな存在と可愛い笑顔は忘れません。

 

天国でじいちゃんと仲良く過ごしてね。

 

そして私たちを空の上から見守ってください。 

 

  

 

  

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年2月 6日 (日)

異色な相撲界

こんにちは。yaccoです。
花粉症というわけではないですが、今日はなんでかクシャミ・鼻水が
止まりません。( >д<)、;'.・ ィクシッ

相撲界は別の意味で賑わっていますね。

そもそも相撲というのは、「国技」っぽい感じ、「伝統」っぽい感じ
ではありますが、「スポーツ」っぽい感じはしませんよね。

「格闘技」そのものがその種目によってスポーツ色の高い低いが
ちがってくるのでしょうけど。

でも「相撲」の世界は他のプロスポーツや格闘技と違って異色
なのは確かのようです。

どのプロスポーツも1軍、2軍があったり、1部、2部があったり
して昇格・降格があるのは似たようなものですが、相撲の場合は
1対1の個人技であること、個人の対戦結果がリアルに昇格・降格に
反映されること、階級の差=待遇の差が大きいこと、などから
モチベーション向上に効果はあるものの、精神面では不安定に
なったり、金や名誉や手下(付き人)を得ることでいろんなことに
対する感覚が麻痺していきやすいのかなーなんて思います。

他のスポーツのプロ選手達は、それを職業として、
その目的はもちろん「自分のため」「生活のため」「家族のため」
が一番でしょうけど、「ファンのため」にもプレーしてくれている
感じもおおいにあって、そんな動機付けで頑張っている姿を
みていると、よけいに私たちはそういうスポーツ選手やチームを
応援したくもなります。

相撲界の組織下にいる人たちは、そこに浸れば浸るほど
自分の「欲」のためにそれをしているようにも思えてきます。
報道を見聞きしている限りでは。
全てがそういう人たちではないでしょうけど、一度昇進して
おいしい思いをするとなにかが変わってしまうのではないかと
思えてきます。

イチロー選手とは「志」が全く違うところにあるのでしょうね。

ここ数日で取りだたされている八百長疑惑以外にも
野球賭博、恐喝、いじめ、暴力事件、暴力団との交流など
不祥事関係が多すぎですね。

多かれ少なかれ昔からそういうものはあったんじゃないか、と
思いますね。

組織の体制や運営方法を見直さないといけないのでしょうね。
私利私欲、名誉や階級に惑わされすぎないような、健全な精神や
感覚を保つための組織見直しが必要なんでは?と思います。

戦隊ヒーローもののTV番組は歴代続いていますが、
ここらあたりで、ニュー戦隊ものはどうでしょうかね?

 

  おすもう戦隊 

  ドスコイジャー 

  “(*`ε´*)ノ彡☆ごっつぁん!!

  

みたいな?

 

で、敵と戦うときに

 

「ねえ、お金あげるから負けてくれない?」

  

と、交渉して相手に負けてもらって勝つ!

必殺技は 「買収」。

 

で、TVを見ながらお父さん・お母さんが子供に
「こんなヒーローになってはいけないよ」と諭す。

 

もはや それはヒーローではないのだが。

  

ビジュアル的にもいけてないし!

 

あーあ、この先どうなるんでしょうね。
まあ、相撲はもともと興味ないからいいんですけどね。

 

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年2月 2日 (水)

なんとかなるの気持ち

こんにちは。ジュース「ライフガード」の500mlペットボトルの
ラベルがすんごく剥がしにくいの、知ってます?yaccoです。

剥がそうとすると、毛糸のマフラーをほどくかのように
横方向にピリピリピリーと裂けていくんでイラッとするんです。
( ̄曲 ̄) ングググ・・・

もしかして、私の剥がし方がヘタ・・?

 

さて、前置きはこのぐらいにしてっと。

 

いろんなことで躊躇することが多い私です。

仕事においてもそれ以外においても。

「なんとかなる」の精神で一歩踏み出す思い切りがあれば。

人には

「なんとかなるなる~」
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるって」

と励ましてみるものの、自分においてはなかなかふんぎりが
つかずにうだうだ迷ったりためらったりしていることが多かったり
します。

自信がなくても、億劫でも、とにかくやってみることが大事だとは
分かっているんですけどね。

ささいなことでもうだうだ躊躇してしまってたりするんですよね。
やっぱり小心者なんですかね。

 

ま、ヨカヨカ。

明日は明日でなんとかなるっしょ!

 

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »