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2010年9月22日 (水)

父のこと(4)

パークゴルフの主任指導員を始めてからは、好きだった木工も
一時中断して、パークゴルフ一色になっていったようです。

今年7月初めにも、パークゴルフ大会に母と参加していたほどで
病魔に侵されていること、進行していたことなど、母や友人、
いつも一緒にパークゴルフをしていた周囲の人たちも、予想すら
していなかったと思います。

父はその時どの程度体調が優れていないことを認識していた
のでしょうか。
今思えば調子が悪い時は少なくなかったと思いますが、本人は
たいしたことはないと感じていたのでしょうか、それとも母や
周りには言わなかっただけで、少しぐらいは「ちょっとやばいかも」
と深刻に感じるぐらいの自覚症状ぐらいはあったのでしょうか。

そうとは知らず、今年に入ってからは私の方も母や父とは
少し疎遠になりつつありました。

私は私で、自分の仕事や生活があり、日常の雑多に追われる
毎日で、母に電話の一本ぐらいしなくちゃ、と思いつつ、
自分が電話不精だったせいかなんとなく電話をかけそびれて
いました。

母も父と二人の世界、二人の生活が十分築き上げられていたし
母たちも特に電話をしてくることもなかったので、それで事足りて
いると、自分の都合のいいように解釈していました。

だけど、母たちへの連絡が遠のいていることでなんとなく
後ろめたさもあったり、気がかりな気持ちも正直ありました。

そんな矢先でした。

7月の中旬頃、母から久しぶりに電話があったのでした。

それは父の入院を知らせる電話でした。

  P1000850

 

  

 

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コメント

母方の祖母は亡くなる迄の数年間は、空気が綺麗という理由で熊本にいました。それこそ亡くなる直前は病院でしたが、それまでは実家で暮らしていました。
一緒に暮らしていたはずなのに会話した記憶があまりありません。生活のリズムがあまり合っていなかったせいですが、存在が当たり前になっていて空気みたいな感じだったんです。
戦後女手一つで幼子二人、頼る人もいない状態で育て上げた為か、めっちゃ気の強い女性でした。
亡くなっては初めてもっと桜を見せに連れ出してやれば良かったとか、もっと会話すれば良かったとか。。
後悔ばかりです。
今でもその後悔は残っています。
けどきっと祖母は怒りもせず今もそばにいてくれていると信じています。
お父様の思い出たくさん覚えておいて下さい。喜んでいらっしゃると思います、絶対。

投稿: うめ | 2010年9月23日 (木) 00時11分

うめちゃんへ

おはよう。うめちゃんのおばあ様は亡くなる前には熊本で過ごされていたんですね。
うめちゃんやみんなに囲まれて幸せな人生の終わりを過ごせたのではないでしょうか。

その時(過去)の自分というのはその時ではそれが精一杯でそれが通常と思っているから後で思い返してみてはじめて「もっと優しくしてあげればよかった」「もっと話をしていればよかった」「もっと素直になっていたら」という悔やむ気持ちがどうしても残るよね。
ましてその時の自分が今ほど大人になりきれてなく未熟な部分がたくさんあれば、その行為や対応や考えも未熟だったりするよね。
私もその昔は中身が幼かったせいか、血のつながってない父を「父」として容易に受け入れることすらできなかくてもう少し早く素直になっていたら・・って思います。
今でも、もう少し父や母とこまめにコミュニケーションをとっていたらと思います。
失ってみてはじめてその失ったものの存在に気づくんだよね。皮肉なことに。
母のことも大事にして、父との思い出も少しでも覚えておきたいと思います。
ブログにもそんな父のこと、父の最後を見送りながら感じたことを書き留めておきたいと思ってます。
(読む人からすると飽きがくるかもしれないけど・・)
ありがとう、うめちゃん。

投稿: yacco | 2010年9月23日 (木) 08時54分

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