« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月30日 (月)

勘違いの元気玉

 

    Photo

 

地球のみんな~オラに元気を分けてくれ~

 

元気ですか?
私はとりあえず元気です。
ピンピンの元気はつらつでテンション高いってわけじゃないけど、
病気もしていないし普通に過ごしているからまあ元気なんで
しょうな。

でもテンションは相変わらず低いです。
なんとなくやる気も出ないし、雨の季節だからでしょうか。
(私の場合年がら年中やる気出てない気もしますが)

私のようになんとなく元気が出ない、とか面白みがない、とか
理不尽なことややりきれないことが多くて仕事や会社やその他
のことに不満がある、とかいうことないですか?

私も含めそんな元気のないあなたのために描いてみましたよ。
こんなもの見たってちっとも元気になりゃしないし有り難くも
ないのは分かっているんだけどね。

元気のなさそうな人が身近にいたりすると心配になってしまう
もので。

 

でもイラストを描いたはいいけど、描いた後で何か違っている
ことに気づきました。
たぶん気づかない人は気づかないのでしょうけど。

上のイラスト、「元気玉」って書いているけど、実はあれは
「元気玉」じゃないんです。

(≧◇≦)え~!そうだったの~

あれは「ドラゴンボール」であって、「元気玉」とは違うのです。
描いた後に違和感を感じて調べてみたらば、やっぱり違い
ましたね~

しかも上の絵、なんだか今からボーリングしようとしている
変な人みたいですよね。(;¬∀¬)ハハハ…

これ↓は「元気玉」じゃなくて「ドラゴンボール」です。

 

         Photo_3

  

ドラゴンボールや元気玉を知ったかぶりして描くとこうなるので
みなさん注意しましょう☆

知ったかぶりしてドラゴンボール描くのは私ぐらい?
しかもドラゴンボール知っている人はそのくらい常識?
すんません・・・

 

で、本当の「元気玉」は実はコレ↓でした。

 

 

    Photo_2

 

 

つたない絵ですみません。
しかも顔コワイし。

    

私のイラスト構想から失敗していました。

「元気を出そう」というテーマでドラゴンボールに出てくる
「元気玉」というフレーズを思い出し(ここで既に勘違いが
始まっていた)、癒し系のイラストを描くつもりだったのが・・・。

「元気玉」は地球上のみんなから寄せられた元気のパワーが
集まってひとつになりオーラのような輝きを放ちながら
頭上で充電されるというかだんだんエネルギー(パワー)を
増しているそんなやつです。
(どんなやつね?・・・文章で説明すると難しいね)

ちなみに、本物の元気玉はこんな感じ↓らしいです。

      Genkidama_4

 

 

なので「元気玉」は実は激しいイメージであり、癒し系の絵柄に
使うにはちょっとアンマッチだったのでした。

イラストも適当な勘で描いたらいけませんね。はい。

そんな勘違いも

ちゃ~ら~、へっちゃら~♪♪ by影山ヒロノブ

なんだか話がそれちゃったね。

 

 ←よかったらクリックをお願いします

今日は少しいじけモードがあってあやうく不快で意地悪な
心が出そうになったけど、なんとか発症を抑えました。
今日は優しくできたとはいえなかったけど自分なりに
明るくできたような気もするからよしとしよう。

  

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2008年6月28日 (土)

かたつむりの憂鬱

     Photo

 

     Photo_3

 

     Photo_4

 

     Photo_8

 

 

     Photo_6

 

 

     Photo_7

  

 

先日雨の日のこと、舗装されていない濡れた道を歩いていて
ふと地面を見ると、足元に小さなかたつむりを見つけました。

何気に見つけたかたつむりだったけど、久しぶりに見かけた
というのもあって、「わ~、かたつむりだ」と拾い上げたものの
持ち帰るほどでもなかったので、そのまま目の前にある
立て看板の上に乗せてあげました。

その時は何気に地面から拾い上げて立て看板の上に乗せた
んだけど、かたつむりにしてみたら迷惑だったかもしれないな
って思っちゃいました( ̄▽ ̄;)

だって高いところに乗せられてわざわざまた降りなくちゃ
ならなくなったわけで。

草木の上ならそこにいる意味は大いにあるわけだけど、
立て看板の上にいたってそりゃ何のメリットもないだわね。

 

わ~shine な~んて見晴らしのいい眺めなんでしょう♪
チョモランマに登った気分よ♪♪

                   By かたつむり snail

 

・・・・・・・ ( ̄へ ̄|||)  ・・・・・

 

そんなポジティブなかたつむりはいないわよね・・

自分がもしかたつむりだったら、高い鉄塔のうえに置き去り
にされたようなものだから迷惑はなはだしい。

ごめんよ~、かたつむりくん。

まあ、かたつむりも怖いとか迷惑だとかそんなことを思うような
高等な生物ではないのだけどね(笑)。
ま、いっか。

何も考えずにひっそりと雨の中にたたずむかたつむりに
なってみたいような気もするな~。

でもあれがナメクジとかだったら感動もわびさびもないのは
なんでだろうね。

むしろナメクジを見つけたら不快なだけよね。
ゴキブリだって、同じ茶色のてかてかしたカブトムシや
コオロギは重宝がられるのに同じ虫でもゴキブリのその
嫌われ方といったらどうよ。

人間の生活に害を及ぼしそうだったり衛生的でなかったり
するところがきっと嫌われる所以なのでしょうな。

どうでもいいんだけどね~ ・・・(  ̄3 ̄)~♪

今日も朝から雨です。
気分も滅入りがちですが、雨の日も過ごし方次第では
悪くはないものです。

まったりと過ごして休息取りましょう♪

     

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年6月26日 (木)

1、2、サーン周年

6月26日でブログ3周年を迎えました。
ワーワーパチパチパチ♪ヾ(*´∀`)ノ

今に至るまであっという間でした。

ブログを始めて1年経ったときも同じことを思い、2年経ったときも
同じことを思い、3年経った今回も全く同じことを思って、それだけ
1年というそれぞれの周期がとても短く感じられるということなの
でしょう。

最近の私のブログはなんとなく元気がないですよね。
自分でも分かります。

なんといいましょうか、喪失感といいましょうか、虚無感といい
ましょうか、日常においては普通にそれなりに元気なんですよ。

冗談を言ったり笑ったりもしますしね、信頼できる上司のもとで
仕事ができる職場や愚痴を聞いてもらえる同僚もいたりして
環境的には恵まれているとも思いますし、とりわけ体調が悪い
ということもないし、自分なりに人間関係を学んだり反省して
いくうちに自分も人に対して許容できるようになったし人からも
優しくしてもらって有り難いことだと思います。

何で元気が出ないのか、恵まれているはずなのにそう自覚して
いないことがいけないことのようにも思え、満ち足りていないと
思うことが贅沢なのではないかと自分を戒めながら立て直そうと
しているところです。

たぶん、自分がどこにいてどこに向かっていこうとしているのか
現在位置や進む方向が見えなかったり、現実から逃れたいとき
があって抜け出したいけども、かといって抜け出してもどこへ
行くあてもないだとか、先が見えない不安やあるいは逆に先が
見えてしまって希望がだんだん失われていっているとか、そんな
モヤモヤした思いを抱くことが多くなったのかもしれません。

ただあれやこれや思いながら、ここにこうして全てではない
けれども心の中をさらけ出すことができることは私にとっては
有意義なものでありました。

でもそれによって人を傷つけたりしていたところもあったかも
しれません。

そう思うと今までも言葉をそれなりに選んで書いてきたことも、
もう少し配慮して言葉や気持ちを綴るべきなのだろうなと思います。

何も成長してはいないけども、相変わらず自問自答の毎日で
迷うこともためらう事も嘆くことも自己嫌悪になることも多いけれど、
自分なりに毎日を過ごして、小さくても楽しみや喜びを見つけられ
たらそれだけでもよしとしようか、なんて思っています。

自分の世界は狭くてちっぽけだけど小さいなりに自分の視野と
感性をもって自分の大事な人やいろんな人と関わり続けて
いきたいです。

こんなひねくれ者の私だけどこれからもよろしくお願いします。

←よかったらクリックをお願いします

ちなみに、今日で3年経ったのだけど、これまでの記事数は
ブログペットの投稿(約40強)含めて、751記事
コメント数は自分の分も含めて、2739コメントでした。

皆さんいつもありがとうございます。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年6月24日 (火)

エコ ヤッコ

        4koma_eco

 

エコのようなエコでないような・・
そんなヤッコです。

 ←よかったらクリックをお願いします

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年6月21日 (土)

紫陽花の詩

          紫陽花を  濡らす雫は  わが心

       

            潤んだ瞳に  かたつむり

   

 

          Dvc000122

  

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008年6月17日 (火)

ファーザー・コンプレックス

この前の日曜はたしか父の日だったのかな。

母は私が生まれてすぐに離婚しているので、私は父親の存在を
知らずに今まで過ごしてきた。

そして実の父親は私の知らないところでもう既に他界してしまった
ことを後々になって知った。

会うことも話すこともなかった父親。

かといって、父の日を特別恨んだり、特別苦痛に感じたことはない。
みんなと違って自分には関係ないのだという少々の寂しい
気持ちは正直あったけど。

物心ついたときから母親だけだったのでそれが当たり前の暮らし
であり、それが私の家庭なのだと思っていたから、途中から父親を
失ってしまった時の様な悲しみや寂しさというのは私の中では
存在しなかったし恋しいと思ったこともなかった。

だけどもやはり父親への憧れはあった。
父親へ娘として甘えてみたかった。
父親の大きな懐の中に抱かれて眠る幼い自分を想像しては
父親への憧れを膨らませていった。

私も歳を重ね大人になり、そんな子供の頃に抱いた憧れも
薄らいできたし父親のことを考えることもほとんどないけれど、
時々「お父さんってこんな風な感じなのかな」とか、
「こういうお父さんだったらいいな」とか相変わらず父親像を
自分の中に描いてみることはある。

職場の私の今の上司である課長はとても優しい。
その前任の課長は反対にとても厳しかった。

今の優しい課長と前の厳しい課長。

対称的ではあるが、両課長とも私にとっては自分が勝手に
描いた父親像と重なるものがある。

どちらの課長も部下思いで、部下の成長を考えてくれ部下の
様子をいつも気にかけてくれるという部分は両者共通しており
それが優しい態度や温和な口調で接するのか、厳しい指導で
部下の成長を促すのかの表現方法の違いだけである。

責任逃れ的で頼りないとか、自己中心的で感情的に怒り
まくっているとかではないことは十分に解る。

そんな今の上司、前の上司に自分が抱いている父親像を
重ねてみたりするのだが、実際は子から見た父親というのは
どういうものなのだろう。

人によって環境によって性格によって、親子の関わり方も違うので
様々だろう。

私が理想として頭に描いているようないつも仲の良い円満な
父子(親子)関係というのはむしろそれほど多くなく、何がしか
不満や衝突があったり確執があったり場合によっては憎しみ
あったりしているところもあるかもしれない。

私の身近な人たちの父子関係はどうだろうか。
ここを見てくれている人たちにとって父親とはどんなものだろうか。
父親に対して皆どのような思いを抱いているのだろうか。

私のように父親を知らずに大人になった人もいるかもしれないし、
成長の過程で、あるいは大人になってから父親を無くした人も
いるかもしれない。
父親を憎んだ人もいるかもしれない。

様々な人間模様、父子模様がある中で、無いものねだりなの
だろうけどやはり父親の存在を知っているということは私から
見たら羨ましいことだ。

父親が健在でいる人はこれからも心の中だけでも父親のことを
大事に思ってほしいと私は思う。

 ←よかったらクリックをお願いします

今日も優しくできたかな。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月15日 (日)

若い彼女たちへのメッセージ

最近に限ったことではなく、いつの頃でもいつの時期でも
あらゆる場所で大きな事件や事故が起こり、その度に私たちは
驚かされそして時に心を痛める。

そんな大きな事件や事故の影に隠れてしまった事件や事故、
あるいは表面化していない、事件や事故の未満領域というのは
この世の中でどれだけ起こっているのだろう、と思うと
ため息がどれだけ出ても足りない。

秋葉原事件の少し前に取り上げられたニュースで、
山梨県甲斐市の私立日本航空学園にある屋外女子トイレで
生後間もない男児の遺体が見つかった事件
が報じられていた。

女子高生が逮捕されたわけだけど、とても悲しく心が痛む。

この世に生まれてきた命がまともに生きる権利を奪われ
あっけなく消えていく。

女子高生もこの先ずっと負い目を抱えて生きていくだろう。
今までも誰にも話せずひとりで抱えてさぞ辛かったことだろう。
苦しかったことだろう。心も体も痛かったことだろう。
10代という未熟な感性や限られた狭い知識と知恵の範囲では
どうすることもできなかったのだろう。

赤ちゃんポスト「こうのとりゆりかご」に託していれば、せめて
命だけは助かっていただろうが、大人になりきれていない
女子高生が誰にも相談することもなく、ひとりで解決しようとして
いたのであれば、「ゆりかご」に託す道すらも程遠かったのかも
しれない。

まだ若い彼女たちには私の声は届かないかもしれないけど
やはり自分を大切にしてほしい、と思う。

自分を大切にすることが、人を大切にすることであり、
人を大切にすることが、自分を大切にすることでもあるように思う。
 (それが簡単にできたら誰も苦労なんてしないのだろうけど)

薄っぺらい男女の関係だったのか、あるいは本物の真剣な気持ち
だったのがだんだん色あせて悲しい結末だけが残ったのか、
その人その人で抱えている事情や重みや理由も違うと思うけど
やっぱり傷を負うのは身体的にも女性の方が大きい。

精神的に強い部分もあるけれど、まだまだ女性は弱い部分や
弱い立場を持ち合わせている。

今は女性も社会に進出してずいぶんタフなイメージがついてきた。

だけども社会にまだ出る前の、守られるべき幼い大人未満
女の子は、身体や見た目は大人のようであっても所詮
「女の子」であり、まだまだ弱い存在であるのだ。

だからこそ、そんな弱い部分や弱い立場であることを彼女らには
しっかり自覚して自分で自分の身をを守ってほしいと私は願う。

余計な傷を負わないで済むように、自分だけでなく周りの人にも
余計な傷や不幸を負わせないで済むように。

だけど皮肉なことに、弱っているときこそ、心が何かを求めて
いたりするときこそ、間違った道に迷い込んでしまったり、
甘い罠にはまってしまったり、目の前の楽な道にふらふらと
導かれてしまう
こともある。

また10代とは粋がりたい年頃でもあるから、「真面目」と
思われる考えや行為は素直に受け入れたくない心理が
働いているようにも思える。

それに、「もう自分は子供じゃないんだ」という、子ども扱い
されることへの反発
もあって大人の意見に耳を傾ける
ことがなかなかできないのではないだろうか。

そんな年頃の心理はなんとなく理解できる。
解らないじゃない。
自分も通ってきた道だから。

だからまだ青々しい彼女(彼ら)たちに私たちの声を届ける
のは難しい。
まさに馬の耳に念仏で「ギャルの耳に説教」である。

※その前に、自分が若い女の子のことを「ギャル」と表現
することで、自分で自分がオバサンであることを間接的に
認めているようでちょっと複雑(爆)。

話は戻って、まずは本人がしっかりすることが先決。

身を守る、といっても危険な目にあったときに、柔道のように
背負い投げをしろとか、プロレスのようにサソリ固めをしろとか
そういうことではもちろんない。

最近は出会い系サイトなどで簡単に見知らぬ男女が知り合い、 
うわべだけの、あるいは危険を含むかもしれない交際
人知れずかつ安易に繰り広げられる。

傷つかないこともあるかもしれないが、出会い系サイトなどの
出会い方はまず危険が伴うことが大いにあるということ、そういう
ものを利用する人には誠実な人はまず少ないだろうし、そういう
のを利用する目的には何か思惑があるであろうことをしっかり
認識してほしいと思う。

女の子たちの幼さや未熟さゆえにそれを逆手に取っている
よからぬ人も多いのだ。

そういう大人の汚れた部分を垣間見るからこそ子供は
大人を軽蔑し失望し、それらへのあてつけのように誤った道へ
進みゆくのかもしれないと思うとまた皮肉なものだ。

本当に自分を大切にしてくれる人、本当の自分を理解して
自分を見てくれている人はきっと周りにもいるはずだし、
今はいなくてもきっと現れるはずだ。

まあ、男女問わず自分を大事にしてほしいものだけど、特に
まだ若い10代の女の子達には

 

「自分を大事にすること」 を念頭においてほしい。

 

自分を大事にすると言うことが具体的にどういうことか
難しいのであれば、まずは

 
「軽率な行動はできるだけ避けてほしい」 と思う。


自分が必要以上に傷つくことがあるのだから。

 

大人になっていく過程であっても、普通に人を真面目に好きに
なって普通に恋愛をしてほしい。

 

ただ恋愛の延長上に失恋なんていうのは大いにある。
好きな人との恋に破れることもあるし、終わりが来ることもある。

 
それは自分が幼かろうと未熟であろうと、十分成熟してからでも
どんなときでも誰でも恋愛をするし失恋するときは失恋する

 

それはとても悲しいことだけども、自分が真面目に相手を
好きになって、相手も真面目に自分のことを好きになってくれて
それがいつの間にかすれ違いや溝が出来てしまってお互い
傷つけあって別れたとしてもそれは現実として受け入れるしか
ないし、そんな失恋の痛手も時間が忘れさせてくれるはずだし
それによって少しずつ学び成長もするものだと思う。

 

「失敗は成功のもと」という言葉があるけれども、失恋もある意味
「恋の失敗」であり、でもそれは次の自分に繋がるはず。
その痛手を自分の肥やしとして次により美しい花を咲かせる
ことができるはず。

 

素敵な恋や恋愛を経験できて、この人と出会って良かったと

思えるような人、いい意味で心に残る人と巡り会ってほしい

そういう人との縁はかならず自分の身近なところにもある
だろうし何かに導かれるように引き会わせられることもある

だろうと思う。

 

話が少しそれてしまったけど、先の事件の女子高生に
どんな事情があってどの程度の人との交際があって、
妊娠~出産を経てきたのか、そして遺棄するまでにどんなことを
思ってきたのかは彼女以外の誰にも計り知ることはできない。

 

独りでそのようなことをやってしまったのだから、きっと人に

相談するにもできずに自分だけで抱え込んでいたのだろうと
察する。

 

どんなに無神経で無情の子に見えても、どんなに遊び人風の
子でも、赤ちゃんを人知れず分娩し捨てるという行為を平気で
やってのけることなんて出来
ないはずでありどんな性格で
あろうと心が痛まないはずはない。

 

彼女はずっとそういう大きな負い目や罪悪感に苦しみ続ける
のかもしれないと思うと心が痛む。
もちろん人の手によって命が簡単に抹消されてしまった
赤ちゃんのことを思うとそれ以上にやりきれなくなる。

 

そんな不幸はいとも簡単に自分が作り出してしまう恐れがある
ことを頭の片隅にでも置いておかなければならないのだろうと
思う。

  

そしてやはり周囲の私たちも、その人が抱えている事情は
分からなくても何か悩みを抱えていそうであるとか様子が
おかしいとか気づくことも大事なのかもしれない。

特にまだ幼くて未熟な未成年に対しては、思春期だからこそ
行動や考えが不安定で分別がつきにくいし、道からそれた時の
軌道修正方法も分からないだろうから、私たちが手を差し伸べる
ことが出来たらと思う。

悪いことをする大人もいるけれど、守ってやれる頼もしい味方も
大人なのだ。

すっかり長くなってしまって何が言いたかったのやら・・・(苦笑)

でも、とにかく
人的被害で傷を負う人が少しでも少ない世の中であってほし
と心から願う私なのだった。

は~、それにしても何だか書いててミョーに自分てばオバチャンくさい
よな~って思っちゃった(笑) ま、いっかー。

  

それからこの記事とは関係ありませんが、岩手・宮城内陸地震の
被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。
 

★赤ちゃんポスト関連サイト★

「赤ちゃんポスト」によせて

こうのとりゆりかご関連

「赤ちゃんポスト」児童福祉の現場から

暮らしの中のニュース解説「揺れる“赤ちゃんポスト”」

   ←よかったらクリックをお願いします。

最近はちょっと堅苦しい話ばかりであまり面白いことを
書いてないね。
イラストも描いてないし。
でも自分の思ったままに気の向くままに自分のペースで
やっていくと思いますのでこれからもよろしくお願いします。

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年6月13日 (金)

コミュニケーション2

少し前に「コミュニケーション」ということで、会社HPよりコラムを
紹介しましたが、今回もその続きを紹介したいと思います。

決して他の文章や人の言葉をネタに使って楽しようとかそういう
わけではありませんのであしからず。

**************コラムより抜粋**********************

「職場のストレスとコミュニケーション」

ある調査によれば、職場の何がストレスかと問われれば、
1位:「人間関係」、2位「能力不足」、3位「仕事が多すぎる」
です。

更に、この調査では、仕事そのものがストレスという のではなく、
‘仕事の失敗’が最大のストレスになるとも言っています。

仕事の失敗が「人間関係」、「能力不足」、「仕事が多すぎる」
といわせているのかもしれません。

偶然の事故や簡単なミスといえる失敗もありますが、
こなしきれない量や質によって仕事ができなかったという失敗も
あるでしょう。

仕事に失敗した時、部下に対して責任を過度に追及することは、
やってはいけな
のです。

担当者としての責任は当然ありますが、組織で仕事をすることとは、
組織で責任を負うということであるはずです。

本人は失敗したことを充分に認識し、次にそれを活かそうとして
いるわけですから、その傷に塩をぬることは避けなければならない
のです。

部下の失敗は、上司がフォローし、組織でそれをカバーしていく
のがよい組織というものです。

しかし、どうしても「叱らざるをえない」こともあるでしょう。
その時には、「怒る」と「叱る」の区別をきちんとつけることです。

「これは君の不注意だ。僕の立場をどうしてくれるんだ!」は
自分のうっぷん晴らしに、我がままで怒っていることです。

「叱る」とは相手の成長を考えて指導することです。
「これは会社に不利益を与えていると思う。原因を追究して、
対策をたて、次はミスを起こさないようにマニュアル化してほしい」
は叱る、です。

出来れば、「今回のミスは僕にとっても貴重な経験だった。」と
励ますほどの度量をみせてほしいものです。

怒られればストレスだけが強く溜まり、叱られるのであれば、
自分への配慮と受け取ることが出きるのです。

そのようなよい職場作りをするときに必要な第一歩が、
コミュニケーションです。

朝の挨拶も「おはよう」と声をかけるところから始まります。
通常は「おはようございます」という言葉が返ってくることでしょう。

中には、誰かが「おはようございます」と挨拶をすることを期待する
人もいて、うちは挨拶がないと不満を言う人がいますが、これは
間違っています。

職場のコミュニケーションは、こちらから話すことから始まり
それをリードするのは上司の役割です。

気持ちの良い挨拶が交わされている職場のメンタルは一般に
良好と言われています。

それは挨拶ばかりでなく、職場のコミュニケーション全般が
こちらの‘期待’と相手の‘期待通りの行為’によってつながって
いるからだと考えられます。

コミュニケーションが良いと、こちらの期待は理解されやすく、
相手も期待通りの行為をしやすくなるのです。

その結果、仕事をする上でメンバーに迷いがない職場となって
ストレスが減り、メンタルの健康に貢献していきます。

よい職場つくりをするための上司の役割は大きいのです。
部下を励ますことなく、いわんや文句を言いながら仕事をこなして
いくのはもってのほかというべきです。

「おはよう」 「おっす!」何でも良いのです。
先ず、発声するところからやっていきましょう。

****************以上ここまで************************

会社HPに書かれているメッセージをそのまま紹介していいもの
やらをその都度少し迷ったりもしますが、名前を出しているわけ
でもなく内容に悪意のあるものではないし、自分が共感得たもの
やメッセージを多くの人に知ってもらいたいと思うのでここに
紹介しました。

私としてはどれもうなずけるものだけど、その中でも特に
「コミュニケーションはこちらから話すことから始まる」という
部分に動かされました。

職場に限らずいろんな場面において人と関わる上では大事な
ことなのでしょうね。

私は自分に自信がないし積極的でないし話下手でもあるし
時にひねくれ者だったり卑屈だったりもしますから自分から
人に話しかける、ということがなかなかできずにいます。
(いわゆる人見知り?)

また、私の中では話しかけるのが恥ずかしかったり、相手に
対して話しかけていいのかな?という変な遠慮や、相手の
反応を意識してしまったりするのもあったりもして話しかける
ことに躊躇するときもあります。

でもいつも受身的でばかりいてはきっとよくないんでしょうね。
人から話しかけてもらうのを待ってばかりではなく、自分から
話すこともしないと何も始まらないのかもしれませんね。

自分から話しかけることにためらいがちだった私も、少しは
気の持ちようが変えられそうです。

私のような消極的な人も、たまには思い切って話しかけて
みませんか?
相手との会話が広がると思います。

 ←よかったらクリックをお願いします

今日も優しくできたかな。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月11日 (水)

今日のつれづれブログ

■5月末日締め切りの作文公募にぎりぎりで応募した。
 5月最終週にメールで送った。
 でもあまり見直しも手直しもしなかったから出来はイマイチ。

■最近はこれまで以上に「eco(エコ)」というキーワードを
 よく耳にする。
 ガソリン代値上げ、物価の上昇という背景から
 「環境」を考えるというより「節約」して生活費を抑えるという
 意識が表向きエコを盛り上げているのだろう。

 今年の流行語大賞は「エコ」かもしれないな。
 大賞にはならなくてもノミネートはされるだろうな。
 「ヤッコ」とか「お仕事ウーマン」もついでに流行語大賞に
 ノミネートされるといいのにな。

 それからエコとガソリン代値上げの追い風を受けて
 自転車がこれから需要が高まりそうな気がする。
 特に車使用の多い地方では。
 徒歩やサイクリングというのは健康にもいいよね。

■この前の日曜に小説を2冊買った。
 なぜか目にとまって衝動買いしてしまった。
 「『少年A』14歳の肖像」
 「地獄の季節」~酒鬼薔薇聖斗がいた場所~

   二冊とも新潮文庫 高山文彦著

 以前この少年の父親の手記を読んでいたので、違った
 角度からの実態を知りたくつい買ってしまった。

 ちなみに今読んでいる本は
  「閉鎖病棟」 新潮文庫)帚木 蓬生
 次に読もうと思って既に購入していた本は
  「秘密」 (文春文庫)東野圭吾
  「赤い長靴」 (文春文庫)江國香織

 小説じゃないけど「くるねこ本」の2巻目が6月20日に発売との
 ことで楽しみだ♪
 本が順番待ちをしているなぁ。早く読んであげなきゃ。
 それにしても私の本の嗜好はつくづく幅広いというか一貫して
 ないよね。

 ちなみに、ほとんどの本は読んで面白いと感じたけど
  「となり町戦争」三崎亜紀
 は私にとってはほとんど理解できずに面白いと思えない
 唯一の本だった。
 役場の女性香西さんと形式上の夫婦となって主人公の青年と
 体を重ねる心理も感情移入できないし、日常の中に非日常的な
 戦争を取り入れた物語だが読んでいて矛盾や難解さ(難しいと
 いう わけではなくただただ凡人には理解し難い)だけが残り、
 後味も悪い久しぶりに私にとって心を動かされない本と出合った。

2年ほど前に見た雨の中のアジサイがとても綺麗だったのを
 鮮明に覚えている。
 
雨がとても似合う花。

 しっとりと湿った空気と冷ややかな雨の中に、たくさんの透明な
 水滴を身にまとい控えめに地味な存在をアピールしていた。

 濡れた草木の傍らに、黒っぽく濡れて光るアスファルトの
 道沿いに咲いていたあのときのアジサイをもう一度見たい。

■最近物事をすぐに覚えきれないし、すぐに忘れるようになった。
 小説を読んでいても、少し前までの話のあらすじを忘れて
 「あれ?この人はどうしてこうなったんだっけ?」と思って
 前のページに遡りながらまた進む。

 私の脳は大丈夫か?私のアタマ、ダイジョウブ??
 
きっと老人になったらボケること間違いないという気がしてきた。

 そういえば、今日お仕事したっけ?
 今日昼ごはん食べたっけ?今日化粧してたっけ?
 ヤバイヤバイ・・。

■たいしたことじゃないけど、私がおっ?と一目おいてしまう人は、
 私を笑わせることのできる人

 女は愛嬌っていう言葉をその昔耳にしていたけど、
 
私なんていうのは自慢じゃないけど愛嬌を振りまくタイプではなく、
 無愛想で、気難しく、それこそぶっきらスティック(ルー大柴風)。

 でも表向きはすごくむっつりしているけど実は笑いというものが
 好きな隠れお笑い好き系でもあり、だから自分の中の笑いの
 ツボをくすぐられると、無愛想でぶっきらスティックの私でも
 ガードが外れついついププッと笑ってしまう。

 そんな私の笑いのツボを刺激し笑わせることができる人には
 私から 「ヤッコを笑わせる技をもっているで賞」 を贈呈したい。

 

そんなこんなの今日のつれづれ。
今日も優しくできたかな。
 

 

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月10日 (火)

続かない決意 今日も優しく

最近は毎日朝から意識して心の目標を唱える。

 

「人に優しくできますように」

「人に対して許すことができますように」。

 

子供の頃、母親から

 

「泰子には優しい人になってほしい」

「どんなに顔が綺麗でも心が汚れていたら損をする。あんたは

美人じゃないけど、心や内面だけは綺麗な人でいてほしい」

 

とおまじないのように常に言われていた。

 

だからいつも「私は人に優しくしてあげるんだ」と朝から心に誓って

学校に行っていた。

 

でもそんなことは難しく「今日は友達に優しくできなかったな~・・」

などと朝から心に誓ったことなど簡単に忘れて自分が意地悪な
言動をしてしまった
ことに反省したり自己嫌悪になってみたりした
ものだった。

 

母親に言われていたときは疑うこともなく「心の綺麗な人」を

目指していた。

 

でも大人になるにつれ、心が常に、心が全て美しい人など

いないんじゃないかと思うようになった。

人間には愚かで醜くてずるい心も必ず潜んでいて、だからこそ
苦しむのだと思うようになった。

 

話は戻るが、大人になってみると、自分と関わりの薄い人など
自分にとって「普通」の人に対して優しくすることは意外と

たやすい。

 

そこには相手への自分の個人的感情や関心や思惑もほとんど

存在せず、よって見返りや期待などもしていないからだろう。

(万人に好かれたいという八方美人タイプもあるかもしれないが)。

 

何も思ってない相手には何も期待していないから何か返って

こなくても何も思わないし何も感じない。

 

だけど自分に近い存在、特別な存在であるほど優しくするのは

難しい。

 

本当は近い人にこそ自分が優しくしないといけないのに。

 

そこには相手への自分の感情が介在する。

自分の個人的感情に支配されるから相手からの反応や相手の

態度に期待や望みを抱いてしまう。

それが意に反するとささいなことすら不満に思ってしまう。

 

意識していなくても無意識に見返り(心理的な見返り)を期待

してしまう。

 

自分が本当に優しくありたい大事な人、特別な人には、時に

そんな自分の感情に邪魔をされて相手に優しくできないことが

よくある。

少なくとも私の場合だけど。

 

優しくしたいと思うと同時にだから私にも優しくしてほしい、

優しくしてくれないから私も優しくできない、と思うずるい心が

いつの間にか生まれている。

 

距離が遠い人、特別でない人には普通の範囲で優しくできる。

 

距離が今までより、他の人より近くなった人には最大限に優しく

できる。

例えば知り合って間もなく仲良くなった男女や友達のように。

 

そしてそれを通り越して更に近くなった人やそれすらも通り越して

逆に遠ざかっていく存在の人には優しくできないことが多い。

少なくとも私の経験上で感じたこと。

 

頭では優しくありたいと思いつつ、心がついていけずにその狭間で

苦しくなる。

 

それが分かっているからあえて優しくありたいと心に決める。

 

相手がどうであろうと、相手に優しさを感じられなくても、気持ちは

伝わらなくても、何の反応が返ってこなくても、私は人に優しく

ありたいと思う。

 

優しくできないとそんな自分にまた落ち込んでしまいそうに

なるから。

 

いつか優しくしてくれるだろう、とか、前みたいに優しくしてくれたら

いいのに、なんて期待はもうしないし不満に思うこともやめたい。

 

そんなこと難しいのはわかっているけど。

 

人がそれでよければそれでいいんだ、人がそれを望みそれが

楽であればそれでいいんだ、そう思いつつ、時に湧き出す自分の

愚かな感情なんていっそのこと殺してしまいたいけど、それすらも

かなわず、たぶん一生私の中に共存し続けていくのだろうな。

 

むしろ普通の人に優しくすることがたやすいのなら、「普通の人」に

格下げするとか、関心の対象から外してしまえばいいだけの

ことかもしれない。

そんな自分も格下げされているのかもしれない。

 

話が少しそれたけど、そんなこんなで私は「いかなるときも優しく」を

念頭に一日を過ごし、それができたらそれでよし、できなかったら

自己嫌悪になり相手に対しても申し訳なく思うけど、そんな風に

ならないためにも気を取り直してまた今度こそは優しくしようと

思うことにした。

 

いつも優しくなんてできないかもしれないけど、今日優しくできな

かったら明日は優しくなれるようにと思えばいいさ。

 

 ←よかったらクリックをお願いします

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 7日 (土)

コミュニケーション

会社全体のHP(ポータルサイト)に役員のコラムがあります。
会社役員は結構たくさんいてそれぞれに役員のページが
あるのだけど、ほとんどは書かれている内容が堅苦しくて
あまり面白みがありません。

ですが、その中で唯一ある役員の方のページには面白い内容の
コラムやメッセージが書かれていて私はその役員のコラムだけは
毎回目を通しています。

そのコラムの中から一部をご紹介したいと思います。
「コミュニケーションと質問力」というテーマです。

****************コラムより抜粋***********************

コミュニケーションは重要だ!
だから、ちょいと部下に話しかけてみよう。

そのあげくに、
「調子どう?」
「まぁいいです」
「なんで?」
「ん~、なんとなく」 

こういう会話をしていませんか?
それっきりで、以後の発展がありません。

何故でしょうか?

「どう」とか「なんで」というのは、相手に「論理性」を要求して
いるからです。
論理性はもっとも答えにくいのです。
考えないといけないからです。

よい質問とは、相手の主観に訴え、答えがより定まりやすい
ものです。

では、バスケ部を例にとって展開してみましょう。

「バスケ部をどう思う?」
「わかりませんよ。」
「なんで?」
「・・・(しらねぇよ)」 

あちゃ!

質問を変えて、会話を前に進めます。

「バスケ部をどう思う?」を次のように展開します。
「どう」「なんで」は一切使いません。

1.Yes/Noを入れる

「Cさん、バスケ部のこと好き?」
「好きですよ!」 

好きなのは、分かったのですが程度が分かりません。

2.選択肢を入れる

「Aさん、バスケ部と野球部 どっちが好き?」
「どっちかといえばバスケ部!」 

野球よりバスケ部が好きなのが分かりました。
でも、何が好きなのか?

3.What(When/WhoWhere) を入れる

「Bさん、バスケ部の何が好き?」
「ハンサムな人がいる、ちから強い、カッコいい」

相当に盛り上がってきました。

4.数値化する

「Bさん、バスケの試合に何回応援に行った?」
「毎回行ってますよ!もう10回は行ってます。」 

そこまで好きなんだ。

5.アクション/リアクションにする

「Dさん、バスケ部の人にファンレターを出した?」
「いつも出してますよ」 

バスケ部が好きなのはこれで念入りに確認できましたが、
では誰のファンでしょうか。

6.優先順位付けをする

「Dさん、バスケ選手を好きな順に教えて?」
「ン~ ○○君、△△君・・・・××君」

全部知っているとは相当なファンだ。
今後の期待を聞いてみよう。

7.ミクロ化する(絞り込む)

「Cさん、あの部長にバスケ部の将来を託せると思う?」
・・これでは質問の幅が広すぎます。
「将来」をミクロ化(絞り込み)すると

「Cさん、あの部長で来年の九州大会を優勝できるかな?」
「大丈夫たい!」

最後に

8.例えをいれる

「Eさん、バスケ部は色に例えると何色?」
「ピンクかな!」 

バスケ部の将来は明るい!となります。

この手法を使うとこんなに会話を発展させる事が出来ます。
良い質問のコツは、相手の主観に訴えることです。

よいコミュニケーションには質問者にも回答者にも新たな発見が
あります。

ここでの発見は、質問者にとっては回答者が熱烈なバスケファン
である事を知り、回答者自身にとっては自分が一番好きなのは
○○君であったことを自覚したことです。

最後に
「君のことが好きだ!」
「なぜ私のことが好きなの?」
「それは・・・・・・世界でただ一人の君だからさ」
「・・・・?」
頭を使って、ここまで哲学的なせりふを言える場合は、
上の手法はいりません。

*************************************************

とまあ、こんなことが書かれていたので紹介したわけですけど。
(こんなところで紹介なんてしていいのか分からないけど)

ふむふむ、と納得するものがありました。

コミュニケーションは人と人とをつなぐ大事なものですよね。

いつもなんでも話しあえて解り合っていれば、言葉などなくても
通じるものはあるかもしれないけど、やはり相手に話さなかったり
相手から話をきくこともなければ何も分からないし何も通じない
と思います。

相手が望んでいなかったり、話すことをさほど必要としていな
ければ自分が思っていることや伝えたい気持ちを話すことも
必要ないのかもしれないのですが。

そんな風に相手が何を思っているのか、どう感じているのかを
知りたいと思い、話をしようと思うのは自然のことだと思うけど
コミュニケーションがなかなかうまくいかないこともあり最近は
話をすることにめっきり自信をなくしてしまって
気落ちしている
今日この頃です。

 

は~、難しいね。

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (5) | トラックバック (0)

続・恐怖の抜歯(BlogPet)

yaccoの「続・恐怖の抜歯」のまねしてかいてみるね

奥歯の方が震える)ブルブルブル・・・(今日)かなり力ずくで♪
嫌なものだけど、なんだかコブトリ爺さんみたいです?
それにしても、昨日まで口全体が、午前中は違和感がいたんで鎮痛剤を工夫した糸までの腫れましたせいで終わったのできっと怒りもありすぎで♪
ハンカチでやってみて、麻酔するから弾みではなかったよ!!
皿 ̄;!なので午前中は森林伐採に流して血が切れるまで口全体が大事なリフトアップ効果の立つ出来事が少し腫れ方がありすぎかしらね(また力ずくで愚痴り、自分は会社におさまり(時にドリルでやって腫れぼったい感じたこの顔を貫通しますがふさがっちゃうしないだろう?とか入るんだとか。
皿 ̄;;!なので午前中は?←よかったらどうでしょう?こんな風↓にとうとう行って単純)ガリガリガリー(ココロの立つ出来事が切れるまで切れてくる人の傷口も人の難易度もなく思ったです!
我ながら抜歯当日のですが気にしたり頬の抜歯と頭もし。

*このエントリは、ブログペットの「momo」が書きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 4日 (水)

続・恐怖の抜歯

奥歯の親知らずの抜歯に歯医者にとうとう行ってきました。

1時間ほどで終わったのだけど、どっと疲れちゃいました。

部分麻酔するから痛みというのはないのだけど、なんともまあ
違和感ありすぎで気持ち悪すぎで。

また歯茎に埋まっている歯を力ずくで無理やり取り除く作業な
ものだから顔にかかる負荷が大きいのなんのって。

顔を羽交い絞めされて、

ゴリゴリゴリー、ガツガツガツー (力ずくで歯を押し上げる)

キュウィーーーーーーン (時にドリルで削る)

ガリガリガリー (また力ずくで押し上げる)

ブルブルブル・・・ (あまりの力で先生の手が震える)

私:アガガガガガー、ハガフヒヘー ( ̄皿 ̄;; 
  (ココロの声:早くしてー)

かなり力ずくで何度も何度も外しにかかっていました。

これが抜歯の作業としては標準レベルの難易度なのだろうか?
悪戦苦闘しているわけじゃないよね??と思いながら抜歯とは
森林伐採に似てるなぁ~などとふと感じたのでした。

あまりにも力ずくでやっているから、頭蓋骨にひびとか入るんでは
とか、てこの原理でプルプル抜きかけているようだったから弾みで
手が滑って器具が喉に刺さったり頬を貫通したりしないだろうか??
ってそっちの方が気になって仕方ありませんでした。

まあ喉や頬にも刺さらなかったし、頭蓋骨にも影響なかったから
ホッとしましたけどね(当たり前)。

抜歯直後,、病院で鎮痛剤を飲みました。
麻酔が切れるまで口全体がものすごく違和感があって
腫れぼったい感じもしたのですが、麻酔が切れた後は違和感も
なくなり痛みも訪れず出血もなく思っていたより悪影響は
なかったです。

でも左側の頬下が少し腫れました

抜歯当日の月曜夜から翌日の火曜、翌々日の水曜(今日)も
腫れました。気分は晴れないこともありますが。
なんだかぶざまな顔。

それでもお仕事ウーマンのヤッコは会社に出勤して仕事しましたよ。
我ながら仕事熱心ですね。

いえね、会社を休んでもむしろくさくさしそうだったので。

それにしても左側の頬下が少し腫れているのだけど、なんだか
コブトリ爺さんみたい。

 

    Photo_3

 

どうせ腫れるなら若返るようなリフトアップ効果のある腫れ方
すればいいのにね。

それにしても、少し腫れたこの顔で会社に行く私ってかなり
度胸者だと思うけどやっぱり視線が気になります。

ハンカチで少し隠したりするのですが、パソコンでキーボードを
打つときは両手がふさがっちゃうし。

そんなときに限って主任や課長が出張で不在だったりするから、
いつも以上に人が私のところへやって来たりするのです。

「あの~、これどうなってますか?」
「○○の件を確認したいんだけど」
 とか。

まともに顔を合わせてしゃべりたくないのに・・。

そんな時に対応するには、メイクを工夫してみたりしたら
どうでしょう?

 

こんな風↓にチークを濃いにして視線をそらすとか。

 

    Photo_2

ちょっとオカメインコみたいですかね?

  

あるいはこんな風↓に、頬にシャドウを入れて直接隠して
みてはいかがでしょう?

 

    Photo_4

 

コ、コワイ・・・

 

まあ、ジョークですからくれぐれもシャドウは試さないように
してくださいませ。

 

そんな抜歯翌日の火曜日のことなんだけど、午前中仕事していて
久しぶりにむちゃくちゃ腹の立つ出来事がありました。

人が努力して精一杯のことやっているにもかかわらず、自分の
都合だけで自分は何も努力もせずに平然と苦情を言ってくる
人がいたんです。

仕事や人にこなされてずいぶん温厚&謙虚になってきた私でも
さすがにぶち切れそうでした。

∑( ̄皿 ̄;;ムキー!!

なので午前中はいきり立って頭に血が上っていたので
きっと、抜歯して歯茎を縫合した糸までブッチ切れて血しぶきが
飛ぶのではないかと思ったくらいでした。

きっと怒りでカッカと熱くなったせいで頬の腫れもさらに熱を
もって、歯茎の傷口も再び開いたのではないかと思われます。

ま、でも出張中の主任に電話で愚痴り、人に聞いてもらい
昼ごはんを食べたら、そんな怒りもすぐにおさまり
(はっきり言って単純)プシューッと頭も冷えていきました。

嫌なこともすっかり水に流して、昨日までの嫌な出来事も
人の態度も許すことが大事なんだなーって思いました。

私ってば喜怒哀楽激しすぎかしらね?

 

 ←よかったらクリックをお願いします

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月 2日 (月)

恐怖の抜歯

今日は午後から会社を休んで歯医者に行く。

奥歯の方の親知らずの抜歯。

避けて通れない事態。

麻酔も嫌だし、口内がしびれてフガフガ状態になるのも嫌だし、
麻酔後に切開されてゴリゴリ抜歯をする行為そのものも
もっと嫌だし、麻酔が切れたあとを考えても恐ろしい・・

痛いんだろうな~・・crying

でも心の痛みに比べたらまだ我慢できそう。

抜歯の後の痛みは見舞われたとしても1~2日で
治まるのは分かっているしね。
痛み止めもあるし。

心の痛み止めはないだろうかね。
痛みが治まるまでどのくらい時間が必要なのだろうかね。

まあ、虫歯にしても親知らずにしても何にしても
自分自身に原因があったりするから自業自得なんだけどね。
誰を責められるものじゃないのです。はい。
人に嫌な思いをさせずに自分も傷つかずに済むにはどうしたら
いいんでしょうね。

・・そんなことより今は抜歯のことを考えろ、ヤッコ。
でも抜歯のことを考えすぎて全神経が奥歯に集中したら
それもまた精神的ダメージが大きいよね。

んじゃ、歯医者に行ってきます・・・(涙目)  

オロローン  。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。 コワイヨー

 は~・・ gawk 気絶するかも・・

できるものならスペースシャトルに乗って地球脱出したい・・

 

 ←よかったらクリックをお願いします

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »