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2008年4月29日 (火)

懐かしきアルバイト時代②

昔やったアルバイトについて前回はビアホールについて書きました。
それ以外にもいくつかやったのでその続編を書きたいと思います。

ビアホールの次にやったアルバイトはマンガ喫茶

ちなみにビアホールを辞めたのは、母親が再婚により少し郡部の
方に引っ越すことになったので、とりあえず一緒に引っ越すことに
なった私はそのビアホールのバイトに通うことが困難になった
からでした。

引越した後、しばらく郡部から大学に通いましたが不便で
不都合なことが多く、私は大学のそばにアパートを借りて
自由気ままな一人暮らしをすることにしました。

一人暮らしで大学生活というのはお金がかかるので、それまで
父親の分も一人で面倒みてきた母親にこれ以上余計な負担を
かけるのに気がひけた私は、やっぱりアルバイトして自分に必要な
お金は自分で調達するしかないと思い、すぐにアルバイト探しを
始めました。

ちょうどアパートからは少し離れているけど自転車で通えそうな
バイパス沿いに、新しくオープンするマンガ喫茶の店員募集が
あったのでそれに申し込んで雇ってもらうことになりました。

時間帯は確か夕方5時(6時だったかな?)から夜12時(閉店)
まで。
日曜や夏休みは昼間の時間帯に入ることもありました。

そのマンガ喫茶の近隣はスポーツ用品店、本屋、紳士服店が
同じ敷地内に集まった複合型の商業スペースで、私が通うことに
なったマンガ喫茶も単なるマンガ喫茶だけではなく店内に
サーティーワンみたいなアイスクリーム販売も兼ねたスペースを
設けた新しい明るい感じの喫茶店でした。

(それまでのマンガ喫茶が決して暗くて陰気な感じだったとは
 言わないけど)。

開店当初のメンバーは次の通りでした。

・オーナー(社長):
 ひげを生やした熊みたいなオタクぼっちゃん風

・雇われ店長:
 オープンに伴って新たに雇われた。見た目はマスオさんみたい
 (どこかのケーキ屋でパティシェをやっていたらしい)

・私(アルバイト):
 オープンに伴って雇ってもらえた、しがないビンボー女子大生

・他の女子学生(アルバイト):
 
別の専門学校の学生で真面目そうな女の子(美人)

その後、アルバイト生が入れ替わりましたが、私は相変わらず
今のオツボネウーマンのようにしぶとく居続け、辞めるときは
古株のようになっていました。

そこの店で販売するアイスは、パティシェ出身の店長が何種類
ものアイスを自ら作っていたもので、新しい商品が出来ると
店長は嬉しそうに「やすこちゃん!ちょっと味見してみて♪」と
私に感想を求めては鼻歌交じりにせっせとアイス作りに
いそしみ、そんな店長を私は「ひたむきだなぁ~」と思いつつ
正直その当時はちょっと暑苦しくも感じていました。


そんなアイスクリームも売っているマンガ喫茶は、前のビアホール
とは違って平和でのんびりとした雰囲気のお店でした。

 

客も近隣の本屋さんやスポーツ店の店員が日替わりランチを
食べに来たり、外回りのサラリーマンが途中で休憩がてらに
マンガを読みに立ち寄ったり(その割には1時間以上平気でいる)、
アイスを買った客が店内で食べていったりと、様々でしたが、

やっぱり「マンガを読む」「休憩」に来ている人が多かったですね。

ビアホールや居酒屋は追加オーダーで常に忙しいけど、
マンガ喫茶は、コーヒー一杯出せばそれで終わりとか、適当な
軽食を出せばそれで終わり、とかで、しかも少し忙しい時間帯を
除くと客もそれほど多くはないのでとても楽でした。

 

   Photo

 

ちなみに、私は「キャベツの千切り」が得意です。
これはここのアルバイトで身につけました。
軽食用の下準備として毎日こつこつとキャベツの千切りを
していたので。

客もいない閉店間際(11時すぎ)の時間には自分も
カウンターに座ってマンガを読みふけったり、店長たちと
おしゃべりしたりしてのんびりした平和なアルバイトでした。

  

   Photo_3

 

 

このバイトで最も印象に残っているのが、マスオさん似の
お人よしなパティシェ出身の雇われ店長。

この店長は、真面目で何事にも一生懸命だったのだけど、
特に自分の得意分野であるケーキやアイスを作ることには
人一倍こだわりを持った人で、いつも私にお菓子作りへの
思いを熱く語ってくれました。

   

それでいて、ユーモアがあって(?)面白くないギャグを
言っては周りを和ませようとする人情派の優しくて明るい
茶目っけたっぷりの店長でした。 

そんな店長は時に厳しくもありました。
仕事(バイト)で私が至らない部分があったりすると
「ここはこうした方がいいよ」とか「それはしない方がいいよ」
とか店長は私にアドバイスをしてくれるのですが、当の私は
そのアドバイスの聞き方がすごく悪かったんです。

店長は私の仕事の失敗とか不注意とかについては厳しく
叱ることもほとんどなかったのですが、私の「人への態度」
については親身に注意してくれました。

「やすこちゃんは人から注意を受けたときにすごく嫌そうな
 気持ちが顔や態度にとても出るね。
 それはあまりいいことじゃないし、とてももったいないことだよ。
 そんな風な態度をとることでやすこちゃん自身が損をして
 いるように思うよ。」

私はその時は店長の言うことを素直に受け入れられません
でした。
でも店長の言うことは自分もよく分かっていました。

そのときの私もまた指摘にあるように大人げない幼稚な態度を
とっていたと
思うのですが、あのときの店長の助言はとても
大事なことだったと今では思います。
(あの時も心の奥ではしっかり認めていたのだと思います)

店長はいつも優しく私たちや他の人のことを気にかけて
くれていました。
気を使ってくれていました。

それが分かるだけに、店長の言うことは決して自分の不快な
感情から人の悪さ加減を指摘している、攻撃しているのでは
ないと思えました。

本当に私のことを思って言ってくれているのだという優しさ
からくる厳しさと忠告だったのだと素直に思えました。

父親を知らずに生きてきた自分にとって、店長と一緒に
仕事をして、
「お父さんというのはこんな風に優しく厳しいものなのかなぁ」 
なんて知ることのなかった父親像を店長に重ねてみたり
したのでした。

 

「優しさ」とは、その行動のことではないのだと思います。
当たり前のようですが。

「相手を思う気持ち」「相手のためを思う気持ち」なのだと
思います。

「行動」はその気持ちがもたらす結果(行為)。

相手のためを思う気持ち、相手のことを思う気持ちが
もたらす行動は、時に厳しくもなり得るし耳の痛い言葉を
発することにもなるのでしょうね。

だから私は少なくとも自分にとって好きな人、大事だと思う
人には態度ではなく気持ちの面で優しくありたいし、人から
受ける言動についてはその人の真意を察することが出来るように
なりたいと思っています。

ということは同時に自分の心は人にも見抜かれて当然でも
あるので、自分勝手・自己都合だけの、言動や態度は
謹みたいな~なんて思うのだけど・・。

親と子、上司と部下の関係でもそうなんだと思います。
(前にも書いたっけ?)

親や上司の言うことは子や部下はしっかり見抜いているし
それが自分を思う優しさからくるものと分かっていれば、
たとえそれが耳の痛い言葉であろうと、その時ばつの
悪い思いを
していようと、心の奥にはしっかり届いている
のだと思います。

でもそれがしっかり届くためには、単に唐突の優しさを
もってしても難しく、常日頃の信頼関係を築いておく必要も
あるのだろうと思います。

「この人の言うことは本物だと信じられる」
「だからこの人の言うことは受け入れようと思える」

ような関係。

これがなかなか難しいんですよね。
自分に当てはめると。
こんなに年をとっても未だに大人になりきれないし、未熟な
部分は変わっていないのよね。

あらあら、気づけばまた長くなってしまいました。(´▽`*)

ということで、今「あの人に会いたい」の番組企画とか
「探偵ナイトスクープ」で人を探してもらえる企画にもし応募
するなら、私はあのときの優しい店長に会いたい思います。

今でも大人げない行動や態度をとったり、表情に感情がうっかり
出てしまったりするし、全然成長しないのだけど、あの人の
言葉が今も私の心にしっかりと刻まれていて時々警笛を
鳴らしてくれています。

 

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2008年4月27日 (日)

1度見ただけのホカベン

いつもいつもじめっとばかりしているわけではありませんよ。
(何を唐突に・・・)

こう見えてもドラマは結構見るんです。
でも欠かさず見てるというほどの徹底ぶりもないのだけど(汗)。

ドラマといっても平々凡々な私が見ているのは民放ドラマぐらい。

世の中いろんなドラマがありましょうが、なにせ私は気まぐれだし
夜の早い時間なのにうっかり寝ちまって見過ごしたということも
あるので、私の「ドラマを見ている度」はほんとにたいしたもの
ではありません。
(前フリ長いんですけど・・・)

ということで、タイトルにあげた「ホカベン」も初回の1回しか
見ておりません。(≧▽≦)ヘヘッ

ホカベンは日本テレビ系の水曜10時から放送されているの
だけど、何やら見るに上戸彩演じる熱血新米弁護士の話の
ようですね。
ベタなことを言うようですが、「ホカホカの弁当」のことでは
ないのは確かです。はい。ヽ(`Д´)ノ ワカッチョルワイ!

で、これを見てここに記事にするぐらいだから、何か言いたい
ことがあるかと言うと、特に大げさな感想は何もないのだけど
(なら言うな)、な~んか上戸彩ちゃんの弁護士役というのが
私にはしっくりこないと思いまして。

きっと、回を重ねてみる毎にそれがしっくりふさわしく見えて
くるのかもしれないですけどね。
初回見た印象はそんな感じでした。

ちなみに北村一輝もワル役のイメージがありすぎて
「弁護士」という職業にはちょっと濃いような・・・
(所詮そんな感想しか抱かないのは凡人所以?)

上戸彩ちゃんは元気があって情熱タイプのイメージがある
からそういう意味では適しているのかもしれないけど、
「弁護士」という、普通の人でもそれを職業にするには
かなり知的ハードルが高い職業イメージの役とは
少し掛け離れているような気もするのだけど。
(彼女にはちょっと失礼なんだけど)

じゃあ、誰がふさわしいか??というとちょっと閉口して
しまうけど、「新米」「弁護士役」「若い」「知的」に結びつく
というところであげてみたら、どうだろう?

ひと昔前だったら、深津絵里がキャスティングされそうな・・。
他に知的なイメージとか賢く気丈なイメージの売れ筋の
女優さんで言えば

竹内結子、仲間由紀恵、松嶋奈々子、松たか子とか??

そういえば昔、松嶋奈々子はNHKのドラマ連続テレビ小説
「ひまわり」で弁護士の卵の役をやっていた記憶がある。

でも彼女らは今となっては「新米」というイメージでは
ひっかかるような気もするのよね。

「若い」でいうと思いつくのは、他に綾瀬はるか、堀北真希、
長澤まさみ、石原さとみ、小西真奈美、・・
あと挙げたくないけど沢尻エリカ。

この他、元気で若くて可愛いということで私が個人的に
好きな女優さんは相武紗季上野樹里かな。

「若い」「知的」どっちつかず・・といった感じでは他に
柴咲コウ、篠原涼子、伊東美咲、菅野美穂、深田恭子
加藤あい、ってところかしらね。

まあ、その役にふさわしいキャスティングをしようとすると
結構難しそうだよね。

主役を務めるとなると、無名の役者さんというわけにもいかない
だろうし。

ホカベンを見て率直に思ったのでした。
たかだか一回しか見てないのに言いたい放題だよね~私。

あ、意外と国仲涼子あたりもホカベンいけそうじゃない?だめ?

 

  Photo

 

 

 

イメージギャップついでに、ホカベンの新米弁護士役に
こんな人↓を採用してみてはどうだろう?

  

 

 

   Photo_3

  

 

 

・・・・・・・・・・・( ̄へ ̄|||) ウーム ・・・・・・・・・

 

どうでもいいけど・・・・似てないね・・・

 

ちなみに、私が今かろうじて奇跡的に見損ねることなく続けて
見ることが出来ているドラマは「ラストフレンド」(木曜10時~
フジテレビ系)
です。

あれはあれで、いろんな「異常性」がmix&凝縮されたドラマ
なんだけど、上野樹里ちゃんがとても綺麗で可愛くて切なくて
かっこよくて、ついつい見てしまうドラマかな。
宇多田ヒカルの歌も今のお気に入りかもしれないです。

 

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冷たくも優しい夜に戸惑う

最近 どういうわけか夜中に目が覚める

3時過ぎに目が覚めて 眠れなくなる

こんな夜を どれだけ繰り返しただろう

ふと目が覚めると 
あたりはひっそりと静かな闇の空気に覆われている

夜のせいなのか 闇のせいなのか
どういうわけか悲しい気持ちにさせる

そんな気持ちを知ってか知らずか 夜は私に語りかける

まだ夜だから安心して眠りなよ
まだ眠り続けていいんだよ 

 

目をつぶった私の頭を 夜は撫でてくれる
まるで子供をあやすように
まだ眠っていいよと私に空気で伝える

 

夜だから 切ないのに
悲しくさせる夜だから 眠れないのに

そんな夜は 安心して眠っていいよと 皮肉にも私に言う

冷たい夜でありながら 
目を覚まして眠れないと訴えたときには優しい

そんな夜は嫌いだと思いつつ 再び目を閉じる私

 

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2008年4月24日 (木)

行ったり来たりでまったりの聖火ランナー

《コミュニケーション》
気楽に過ごせればそれが一番いい。
何も感じない考えない方が気楽でいい。
でも考えてしまう理由はある。
相手のことが分からないから。
分からないから素朴な疑問に思うだけ。

普通は感じない部分でも、分からないからひっかかる。
私だけなのだろうか。
コミュニケーションがお互いを理解しあう為には大事だと
思っているけど人それぞれで感覚の差はあったりで。

分かり合えていたら何も疑問に思うこともないのに、なんて思う私。
さらにそんな自分が嫌だと思う。

《待ったり待ちぼうけ》
小学2年生の頃、2つほど隣町の校区に引越しすることに
なったのだが、転校手続きが整うまでの間、前の学校にバスで
通っていた時期があった。

ある日いつも通りにバス停でバスを待っていたのだけど、
待っても待ってもバスはこない。

子供の私は不安になりながらもひたすら待った。
でも結局バスはこなかった。

その日はたまたまスト日でバスは運休していたのだった。
そんな大事なことを母も祖母も気づいてなかったので私に知らせる
由もなくバスがいつまでたっても来なくて不安になった私は泣いて
家まで帰った。

来ると分かっているものを待つことはそれほど苦にならないけど、
来るのか来ないのか分からないものを待ち続けることの不安は
大きい。

来ないと分かっていたらその時点であきらめがつくのに、来ない
バスを待ち続けていた子供の頃の自分を思い出した。

《行ったり来たり》
相手を尊重しようと思うとき、相手に嫌な思いをさせまいとするとき、
逆に自分の気持ちを抑えないといけないこともあったりで、
その狭間で自分の思いは行ったりきたりする。

人とのよりよい関係と調和を保つために、相手との関係が悪化
しないように自分を抑える方がいいときと、でも我慢していては

窒息しそうだから言いたいことを言って少し楽になりたいとき、
自分がどっちに行っていいか分からなくなる。

嫌な思いをさせてはいけない負担をかけてはいけないと
思いつつもそのために気を使っている自分、自分の抑えている
気持ちも分かって欲しい本当はこうしてほしいのにという
我がままな部分が出てきてバランスを失ってしまう。

そんなことはすごく小さなことだということ、取るに足りないこと
なのかもしれない。

だからそういう自分がすごくバカに思えてきて、そうしたら
悲しいを通り越して可笑しくなった。

自分を傷つけていたのは結局めぐりめぐって自分であったし、
でもそれだけならまだいいけど、私は人も傷つけていたのだ。

だから面と向かっては言えないからここでごめんねといいたい。

《聖火ランナー》
そういえばもう3年になろうとしている。
ブログを始めてから。(正確にはあと2ヶ月あるけど) 

まさに聖火ランナーのようにその火を絶やさずにここまで
走ってきたような気がする。

最初は沿道には誰もいなかった。
ここで走っている私を見てくれる人、私に気づいてくれる人は
最初は誰もいなかった。

でも今は多少なりとも沿道から私を見てくれる人がいる。
応援してくれる人がいる。声をかけてくれる人もいる。

ブログを始めてすぐから私をずっと見守ってくれた人。
途中から応援し始めてくれた人。

時々見ていたけど今では足が遠のいた人もいるだろう。
途中通りすがりに見かけただけの人もいるだろう。

3年という月日は長いようで短くもあり、短いようで長くもあり。

四季が3回巡ったと思うとすごく長い期間のようにも思えるし、
3年といってもたかだか「ぐる ぐる ぐる」とボールペンの
試し書きで円を3回続けて書いたようなあっけなさのようにも
感じる。

そんな短いような長いような時間をずっと見守ってくれた人には
素直にありがとうと心から感謝の気持ちとお礼を言いたい。

聖火ランナーのように火を灯してここまで走り続けている
自分にも少々驚きを感じるのだけれど、今までくじけそうになる
ことも何度もあった。それでも自分を立て直してきた。

さすがに今ではその火が途絶えそうになりつつあり、力を
失いかけそうになっている。

私の走りなど見てもたいして面白くないだろう、最近元気のない
ぶざまな走りの私を見ていてもつまらないだろう、これからも
絶えず見続けてくれる人などいないだろうと卑屈になりながら。

沿道から自分を見守ってくれる人がいる、支えてくれる人がいる
という安心感が私の原動力でもあるはずなのに。

ゴールはどこにあるのか分からない。
どこに向かって走っているのか分からない。
だけど私はひたすら走っている。

今はふらふらと力なく走るだけなのだけど、リタイアしてしまおうか
と思ってしまうこともあるけど、まだ道は続いているような気も
するから、沿道の人が少なくなってもいい、誰も見なくなってもいい、
それでもいいから走り続けよう・・・。

と頭では思うがその気力があるかどうかがちょっと心配。
イラストもなんとなく今は描けないし。
面白いものも書けない。

でも、でも、そんな心配をするぐらいなら、これからも見守って
ほしい応援してほしいと思うのなら、だからこそ元気を出して
走り続けないといけないのかもしれないな。

そして私も皆を応援していきたいと思う。

世界中のみんな、ちょっとずつでいいからオラに元気を~!
(アニメセリフのマネやネタ使いまわしはやめましょう) 

いやー、今日も何を言いたいのかよく分からないブログだったな。
ごめんね。

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2008年4月21日 (月)

ちょっと ご無沙汰ブログ

ご無沙汰です。

ひょっこりひょうたん島に行ってました。

ひょっこりひょうたん島に行ったら何か変わるかな、自分は
生まれ変われるかなと思っていました。

ひょうたん島に行って海辺の砂浜に座っていました。

静かな砂浜に座って穏やかな海を見つめていました。

海は引き潮でした。

少しずつ少しずつ遠のいていく引き潮を眺めていたら
次第に悲しくなってきました。
足元から遠ざかっていく引き潮は私を切なくさせました。

そのまま引き潮を見送ることもつらくなったので
私は海に背を向けました。

海の音だけを聞きながら目をつむり風に吹かれました。

私は何もする気になれませんでした。

鳥さんが私に綺麗な花を持ってきてくれたけど
なかなか元気になれませんでした。

かえるさんが「絵でも描いたら」と紙とペンを持ってきて
くれたけどなかなか描く気になれませんでした。

きつねさんが「好きなものでも食べたら」とアップルパイを
持ってきてくれたけど食べる気になれませんでした。

ぶたさんが「ウォーキングでもやったら」とピンクの可愛い
ジャージを持ってきてくれたけどお尻が重くて立ち上がれ
ませんでした。

ひょっこりひょうたん島に行ったけど何も変わりませんでした。

遠のいていく引き潮を背中で見送り、風に吹かれる自分が
そこにいるだけでした。

 

でも今日は少しだけ書いてみようと思いました。
このブログを。

 
だから少しだけひょっこりひょうたん島に行った甲斐が
あったのかもしれません。

 

一足早い五月病かしら、と思うくらいにちょっと沈みがちの
私です。

 

地球のみんな・・オラに少しずつ 元気を分けてくれ~!

 

あ、そうそう、どうでもいいことだけど(急に現実的口調)、
今日会社のメールで神奈川の本社の人が会議開催のメールを
出していたのだけど、メールのタイトルに「時間変更」と
書くべきところを「股間変更」と書かれていたのが軽く
可笑しかったです。

普通、「時間」と「股間」は間違えないでしょう。
入力キーがそもそも違うから。
何を考えながらそのメールタイトルを書き間違えたのかと思うと
かなり謎です。

 

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2008年4月14日 (月)

ひょっこり&つれづれブログ

 

   Photo     

   

ひょっこり消えてひょっこりひょうたん島に行きたいのは
分かるんですけど、そのひょうたん島って、縦に浮いている
ように見えるのは私だけ??

それって島なんですか??

居心地悪そう・・・

■今日のつれづれ■

《作文公募にチャレンジ》

少し前のことだけど、新聞を見ていて作文募集の記事が
目に留まった。

公募内容とテーマは「まごころメッセージ」。

日頃誰かに伝えたいメッセージや素直な思いを作文にして
伝えてみましょう、という企画。

主催は電力会社と地元新聞社。

伝えたい相手は、家族・恩師・恋人・友人・知人・大切な人、
その他誰に対するメッセージでもいいらしい。

作文の文字数は800~1200文字。
(400字詰め原稿用紙で2~3枚)

最優秀賞の賞金は10万円。
優秀賞、佳作などその他賞金も確か3~5万ぐらいあったと思う。

ひとつ書いてみようかなぁ、と思う私。
もちろん入選して賞金がもらえたら一番嬉しいけど、やっぱり
自分が伝えたいことを文章にしてそれが評価してもらえたら
嬉しいと思えるチャンス。

・・でも誰に宛てたメッセージにするかが問題。

この企画は例年実施されているようで、昨年も公募があったのを
覚えている。

入選作品は新聞紙面で紹介されるが、過去の最優秀賞含む
入選作品はさすがにどれも上出来(私が言うまでもないけど・・)。

文章力もそうだけど、客観的に見ると、入選作品は普通じゃない
人生だったり、特殊な環境や境遇だったり、珍しいとか貴重な
体験をしている人であったりと、既にそこで「特異性」の部分が
あることで大いに人を惹きつける材料を持ち合わせている。

「普通」に生きて「普通」の経験しかしていない私がどこまで
人を惹きつけられるメッセージを書けるだろうか??

普通の私が書いた文章など入選するのはかなりハードルが
高いのでは・・などと思うとちょっと意気消沈するところ。

そんな風に思いながら日にちだけが過ぎていた。
締め切りは5月31日。

人の人生や生活なんて千差万別であって、どこまでが普通で
どこまでが特異かなんてくくることは難しいのだけど。

でもそれに捉われていたら何も書けない。
チャレンジできない。

先にもいったけど、この作文は
「誰に宛てたメッセージで何を伝えたいか」が問題。

数日たまたま漠然と感じていたことが、これに繋がった。
ふと思いついた。

「私が伝えたい人、私が伝えたいこと」。

やる前にいろいろ考えるよりもまずはやってみよう。
入選しやすい傾向がどうとか、有利なテーマや材料はどれ、とか
考えることは無駄。

思いのままに伝えたいことを上手に言葉で伝えられたら
それでよしとしよう。

誰に贈るメッセージなのか、何を書こうとしているのかは
まだ私の中だけに留めておきたいのでここでは言わないけど、
とにかく公募に向けて応募作品を書き始めたいと思う。

めざすは10万円!(やっぱりそれかい・・)。
1200字内に収めるのも結構難しいのよね。

《最近の私

・人を信じていないわけではない。
 ただ人を信じようとする自分に自信がない。

・大事なものがなくなってしまった。
 探してみたけれど見つからない。
 どうにかして探し出そうと必死になって人に聞いたりして
 確かめようとしていた自分。
 でも見つからないものは見つからないんだよ。
 無いものはもう無いんだよ。
 探し物は見つかることもあるけど、見つからないこともあるんだね。

・いろんなことがもう嫌になるときがある。
 人が嫌いになるときがある。
 でもそれはいつもの一時的なものと分かっているから大丈夫。
 みんな ダイスキダヨ。

 

  

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2008年4月12日 (土)

懐かしきアルバイト時代

私の学生時代のアルバイト生活についてちょっとだけ触れて
みたいと思います。

とりわけ特殊なアルバイトをしていたわけでもなく、珍しい
アルバイトをしていたわけでもなく、貴重な体験をしたわけでも
なく、大きな出来事があったわけでもなく、ごくごく普通の
アルバイト生活でした。

そこが平々凡々な私らしい日常生活といえばそうなのですが。

だからここであえて披露するほどのバイト内容でもないし、面白い
話も
とりわけないのですが、そんな平々凡々なアルバイト生活にも
小さな出来事やいろんな人との関わりやプチドラマもあるわけで、
そんな昔のことが懐かしくもあったのであえてちょっとだけでも
書いてみようかと思った次第です。

私が大学時代にやったアルバイトはいくつかあります。
今回はその中のひとつを話します。

大学生になって最初にやったアルバイトは、ビアホールでの
ウェイトレス。

なんでこれにしたのかは覚えていないけど、求人雑誌を見ていて
自給がそこそこよかったのと、通いやすそう、というのがあったの
だと思います。

繁華街のビルの中テナントとして入っていたビアホールだったので
天気に関係なく年中ビールを出していました。もちろんビールの
他にもカクテルもたくさんあって、いくつかカクテルの作り方や
名前を教えてもらいました。

大ジョッキを両手に持ってホールを行ったりきたり。
こんな感じで↓

 

   Photo  

料理の注文を受けては厨房に伝票を持っていき、厨房で料理が
出来てはそれを客席に持って行き、それはもう「バタバタ」の
一言でした。

私が慌てやすくバタバタしているのはそれがきっかけでこうなった
のかしら・・?(いや違うと思うけど)

そんなバタバタのバイト勤務時間でも、バイトが終わった後に
そのままバイト仲間や先輩たちとカラオケに行ったりしてワイワイ
騒いでいたのがとても楽しかったです。

その時のメンバーで思い出すのは、少し年上のちょっと怖い女先輩
(厨房担当)と、ホール担当の明るいシャキシャキとした女先輩と、
沖縄出身のおっとりとしたでもかなりドンくさい女性バイト生と、私と、
ホールと厨房とカウンター(カクテル作り)を兼務で担当する別の
大学生の男子アルバイト生の男の子と、厨房で料理を作る高木ブー
みたいな風貌の男性料理人(若いのかオジサンなのか分からない
年齢不詳の男)。

ちなみにその店のマスターもとても面白いオジサンで、優しくもあり
厳しくもあり。

接客業についていろいろと教えてもらったのですが、なにせ私は
幼すぎて未熟者だったのでその意図や大事な部分というのが
うまく理解できていなかったんじゃないかな~って今となっては
思います。
(今でも自分の仕事や人との関わり方についてはまだまだ
 未熟なんだけど・・)

私はそのアルバイト先のバイト仲間の一人である大学生の
男の子と付き合い始めました。
周りの仲間からくっつけられたような感じだったけど、本格的な
恋愛の最初とも言える真面目で真剣でほろ苦い恋愛でした。

高校生のときは2つ上の先輩と学校帰りを共にしたりちょっと
どこかへ出かけたり(もちろんどこへ行くのもチャリで)と、
なんちゃって交際のような感じで少し付き合ったりもしましたが、
私はその先輩のことを本当に好きだとは思っていなかったように
思います。

ただ、「ペアーで学校行き帰りを共にしたり、デートっぽい感じで
どこかに行ったりカップルらしい行動をする」ということで
“彼氏がいる”ようなつもりの自分に満足していたように思います。

その先輩のことが心から好きというわけではなかったからで
しょうね、それ以上の彼との接触は嫌だったのでいつしか彼を
避けるようになったような覚えがあります。

話が高校時代に遡っちゃいましたが、そんなこんなで大学に
入って初めてのバイトを通じて素直に好きだと思える異性と
恋愛しました。

彼もとても私に優しく私を大切にしてくれました。
彼は不器用だけど真面目で誠実で純粋な感じの青年でした。

でもお互い幼かったのでしょう。
私も今以上に不器用だったのでしょう。
何が原因かは忘れてしまいましたが、次第に気持ちの行き違いが
生じてきてお互いがわがままになりすぎて相手を大事にすることが
できず、何が大事なのかも見えずその恋は終わりました。

最初の頃とても優しかった彼の表情が別れるときはとても冷たく
私には何の感情も残っていないのだと悟ったことをはっきり
覚えています。
ショックでした。

別人のように怖くつめたい表情でした。
それ以来なのか私はそういうちょっとした表情の違いや変化に
敏感になりました。
ちょっとした心無い言葉や表情を敏感に感じ取るようになった
ことでかえって傷つきやすくなったような気もします。

心のすれ違いはすれ違い出したらもう元には戻るのは難しい
ですね。
考え方や癖や自分の悪いところは直そうと努力すればある程度
意識的に直せるかもしれないけど、感情が冷めてしまったら
難しいのでしょうね。

それでもなんとかしようともがいたりするのですが、自分の力では
どうにもならないのです。
あきらめと見切りは時には必要なのです。

失恋で学んだつもりなのに人は同じことを繰り返したりしますよね。
にんげんだもの・・しょうがないじゃない。

 

なーんてまた話が脱線してしまいました。
脱線の女ヤッコです。

そんなこんなで、初めての本格的なアルバイトによって、ビアホール
という大人社会の世界に踏み込み、バイト仲間たちと楽しく過ごす
ことによって高校生のときとは違った自由きままさを覚え、さらに
その当時なりの真剣でかつ幼い恋愛を経験した思い出のある
アルバイトなのでした。

 

この他にも以前の記事で触れたマンガ喫茶のバイトや他にも
アルバイトをしたことがあるので、また近いうちにお話しできれば
いいなと思います。

 

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2008年4月 9日 (水)

元上司の退職に思うこと③

またまた前回、前々回の続きを書かせてもらおうと思います。

≪社会に属する安心感≫

人は生まれたとき赤ちゃんから始まって、幼稚園・保育園で
子供の時代を過ぎ、中学・高校で思春期の時代を過ぎ、大学で
大人の予備軍のようなでも精神面はピュアで未熟な時代を過ぎ、
社会に出てから「本当の大人」の扱いになる。

人はなぜかしら、どこかに属していることで安心感を得ている
ようなそんな気がする。

大人になるまでの時期は「学生」「学校」というカテゴリに
属している。

しかもそれは「社会」のカテゴリに含まれてもいるため間接的に
「社会」に関わっているともいえる。

そしてその時期はむろんそんなことを意識したりしているわけ
でもなく、安心さをわざわざ感じてわけでもなく、それを感じる
必要もなく。

「安心」というのは、言い換えれば
「不安でないときの全ての無意識の状態」 のような気もするから
それを実感することもないのだろう。

もちろん別の意味での不安や悩みは子供でも思春期でも
つきものであるが、「自分が何かに属する」という意味での不安は
あまり感じないのが普通なのではないだろうか。

だけど、子供や大人予備軍の時期を過ぎ、大人になると「自分が
所属するところ」というのはいたってさまざまになり、それを大人は
いつしか潜在的に意識しているように思える。

やはり何らかの形で「社会」と繋がっている自分、「社会」に属して
いる自分に安心を覚えるような。

それか、「社会と属している」人が大半だから、その多数派に
自分が入っていないことが、取り残されているような感じがして
どことなく不安を覚える・・、のかもしれない。

だから「自分が社会に属していない」と思われるとどこか後ろめたい
気分になったり孤独感を味わったり卑屈になったりするし、「自分が
社会から受け入れてもらえない」と感じると、どこか社会に対して
不満や恨みを募らせたりしてそんな自分の行き場のないストレスが
反社会的な行動に出たり、歪んだ価値観や健康的でない生活に
結びついていっているようなそんな気もする。

どこかに属していたい、という気持ちは誰にでも少なからず
あると思う。
属するのが嫌だと思っている人も、本当はできることなら皆と同じ
ように属することで安心したいと思っているのかもしれない。

ただ属することで自分が嫌な思いをしたり不利益なことを被ったり
理不尽な目にあったりして「属すること」に対して嫌悪感や恐怖感を
抱き、後ろ向きになってしまったり臆病になってしまったりして
「属すること」を自分から放棄・拒否しているのかもしれない。

私にはそう感じる。

やはり大人は「社会」に対してどこか繋がりを持っていることで
安心感を得たいのではないかと。

だから定年退職というのは、仕事を勤め終えるという燃え尽き感
に加えて、社会との関わりが断絶されるようなそんな一抹の
不安を感じる人生の大きな節目なのではないだろうか。

≪専業主婦のケースは?社会に属するという面で≫

では専業主婦などの人たちは社会と関わっていないのか?
といえばどうだろう。

私は、かならずしも何かの職業についていないと社会と関わって
いないかというとそうとは限らないようにも思う。

職業についていなくても、自治体や地域の活動に参加していたり
ボランティアや学校関係の活動などに参加することで何らかの
形で社会に関わっていると言えるのではないか。

もちろん専業主婦といっても、片手間にバイトやパートなどの
ちょっとした仕事を持ったりしている人も多いだろうからその時点で
関わりがあるといえる。

余談になるが、今では核家族になり1世帯当たりの家族数も減り、
なおかつ家電製品や便利グッズのおかげで家事を行う手間は昔に
比べずいぶん楽になったのだろうけど、そのはるか昔は祖父母や
身内など同じ屋根の下に住む家族人員も多く、そこに嫁として
嫁いできた人は、農作業や勤め人など外へ働きに出る家族の
代わりに「家の中の事=家事」を「仕事」として一手に引き受けて
切り盛りしていたのだろう。

すっかり話がそれてしまったけど、人はいろんな方面から何らかの
形で社会と関わっているように思える。

社会という世界も、もっといろんな人が交わりやすい世界になると
いいのに・・と、漠然と思うのは私だけなのだろうか。 

そんなこんなで、会社をほぼ定年退職を前倒しで早期退職
していった元上司の課長はどんな心境で今を過ごしている
んだろう。

元気でタフな方だったから、きっと次の人生の土台を着々と
作っているにちがいない。

くれぐれも心身ともに健康でいてほしいと願う。

 *********************************************

以上、つらつらとここまで3回に分けて書いてきた。
「もと上司の退職に思うこと」の記事はこれで終わり。

うーん、何が言いたかったかというと・・・。
とりわけ自分の主張とか結論とかはほとんどない。

じゃあ何だ?と思うだろうけどもここは単なる凡人の
単なるブログなので皆さんの広い心で許していただきたい。

ただ考えつくままに書いていったらどんどん派生していったような
感じだ。

いろんな人間がいる中の一人の人間がこう思うだけであって
それらが必ずそうだと限らないし、皆同じように感じるとは思って
いないし、何が正しくて何が間違っている何が違うということは
一様に言えないと思っている。

だから私の思うことを読んで、「こういう場合もある」とか
「自分はこう思う」とか「それは違うように思う」とかいろんな
感じ方をしたり様々に意見していただければ逆に私も嬉しい。

  

ここまで読んでくれてありがとうございました。

 

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2008年4月 6日 (日)

元上司の退職に思うこと②

前回の続きで、「会社を辞めるさまざまな事情とケース」と

その中に含まれる「定年退職」について私なりに思ったことを
つらつらと書いていきます。

 

≪会社を辞めるさまざまな事情とケース≫

 

バイトも会社も「仕事をやめる」という点では同じであるが、やはり

「会社」を辞めるというのは結構自分にとっての影響度合いや

インパクトは大きいような気がする。

 

しかも勤続年数が長くなればなるほど。

心境面での影響が大きいか小さいかは「収入」の大小の違いも
あるけど、「会社」というのは大人になって
からの人生の大半を

そこで費やし社会人としての自分の身をゆだねる場所でもあり

そこに長く居れば居るほど自分の中でのウエートは大きくなる

ように思う。

 

会社を辞める、というのも事情やケースはさまざまだ。

 

①単にそこの会社において、自分にとっての不都合が生じた為に

 自分の意思で辞める(人間関係、労働条件など)

 

②別の仕事に転職するため、他にやりたいことをやるために

 自分の意思でその会社を辞める。

 

③自分の意思ではないが、家庭の事情で辞める

 

④会社の規定に基づいて自分の意思に関わらず自然の

 成り行きで辞める(定年退職)

 

⑤会社の特別な措置・募集に基づいて自分の意思で辞める

 (早期退職、特別転身制度など)

 

⑥自分の意思に関わらず、会社の都合で辞めざるを得なくなった

 (倒産、リストラ等)

 

⑦なんとなく

 

⑧社風や職場の雰囲気が女性にとって働きづらく、結婚や出産を

 機に居づらくなった。(自分の意思と意思でない部分と半々?)

 

⑨その他いろいろなケース 

 

思いつくままに書きだした。

 

きっと他にもいろんなケースがあると思う。

今回の私の元上司が辞めるのは④+⑤のケースに当たる。

 

≪定年退職のケース≫

 

会社を辞める、仕事を辞めることについては様々なケースが

あるだろうが、今回は私の元上司が辞めるということで定年退職に

ついて少し考えてみた。

 

定年退職は、自分が働き盛りの時期を通り過ぎ、自分の年齢・

老いを客観的に見ると社会の中における自分の存在価値や

必要性が薄れていくような不安があり、家庭においても自分の

役割というものがほぼ終息し、社会においても家庭においても

まさに「完全燃焼」したようなそんな脱力感と虚無感に見舞われ

そうな心境ではないかと考える。

 

さらに収入面・経済面での不安や、健康面での不安が「負」の

心理に追い討ちをかける。

余裕が出来るのは時間のみ。

 

でもその時間を消費するにもお金が全くかからないはずはない。

会社生活から離脱してゆとりある時間を趣味ややりたいことを

やって悠々自適に過ごすにはお金の余裕もないと収入が限ら

れる分、なかなか思い切ったことも始められない。

 

長年会社に貢献した労いの意と今後の金銭面でのささやかな

支援の形として、一時金である退職金たるものが支給される

のであろうが、それもまた限りある資金。

 

ゆとりある時間を別の仕事で、と思っても再就職も厳しい。

今は自分はまだ他人事のようにして遠目で見ていられるが、

いつかはそんな日がくる。定年退職なのか、別の形や別の

事情でなのかは予測がつかないが、いつかは「仕事を辞める」

「会社を辞める」ときがくるだろう。

 

自分がその仕事をその会社で勤め終えて満期になったとき、

今客観的に見ていることが私自身当事者となったとき、

私は何を感じているだろう。

 

    Photo

 

 

この続きは・・・どうかな、もう少しありそうなので書いてみようかなと
思うけどとりあえず、今回はこのへんで一旦休憩。

 

 

そうそう、記事とは関係ないけど今日は髪を切ってきました。
「ボブに近いおかっぱ」なのか「おかっぱに近いボブ」なのか
未だに分からないけど、今回も結構気に入った感じの仕上がりに
なりました。

 

 

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2008年4月 5日 (土)

元上司の退職に思うこと①

《元上司の退職》

元上司の課長が早期退職ということで3月28日を最終日と
して会社を辞められた。

ちょっと強引で厳しい部分もあったので誤解されたり、
人によっては敬遠されたりするところもあったが、ユーモアが
ありアイデアマンであり庶民的であり周りに流されたり
惑わされたりすることもなく出世や名声などにはとらわれず、
純粋に「機械設計」や「モノをつくる」ことや「アイデアを考えつく」
ことが単に好きだった職人気質のある、どこか浮世離れした
存在だったように私には見えた。

「図(構造図やメカニズム図)」を描いて頭で「考える」という、
右脳と左脳をバランスよく使うタイプの人で、イラストが
好きな私にも、仕事関係で絵や図を頼んでは私の稚拙な
挿絵や図を積極的に使ってくれた。

だから私にとって親しみやすかった分、なんだか寂しくもあり。
切なくもあり。

この季節もまたいろんなことで感傷的にもなる自分。
(私のおせんち癖はこの季節に限らず年中無休なのだが)

 

≪辞めるということに対する心境≫

それにしても、会社を辞めたあと、ってどんな感じなのだろう。

私は会社を辞めた経験がまだない。

入社してそれ以来ずっと同じ会社で仕事を続けている。
(=しぶとく残っている)

学生の頃バイトをやっていて、どのバイトも割と長く続けた方
なのだけども辞めた後の心境ってあまり思い出せない。

一番長く続けたマンガ喫茶でのバイトをやめるときはさすがに
ちょっと泣けたような記憶がある。

ちなみに、バイト時代については別の記事で近いうちに
紹介しようと思う。

そんなバイト時代については、記憶が薄れてしまった部分も
あるかもしれないが、学生の頃というのは若かったせいか、
あまり何事も深く考えていなかっただけのようにも思える。

だから今の会社に入社してからずっと継続してここに
いるわけで、「辞める」という経験がない私にとっては、
なんとなく察することができるようでやっぱりまだピンと
来ないようなそんな感じだ。

ちょっと長くなりそうなので、今日はこの辺で。
続きはまた次回へ。

 

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2008年4月 3日 (木)

ビバ☆桜 オバ桜

   Photo

 

ビバ!オバザクラ。

ちょっと桜に変身してみました  ヤッコです。

こちらでは桜は今が満開。
今週末がピークでしょう。 

娘盛り女盛りを過ぎても美しい女性のことが「姥桜」なのだそうで。
そんな美しい女性に憧れる、「娘盛りを過ぎたオバ桜」です。

先日何気に見ていたテレビで、80歳を過ぎた桜の匠が言っていた。

「樹齢何百年もたつ年老いた桜、樹皮がしわくちゃになってもなお
 美しい桜の花を咲かせる。
 その桜がまた風格がありとても美しい。
 それが姥桜なのだ。」

今の私はしわくちゃのばあちゃんでもないけど、生きていたらいずれは
そういうときがくるでしょうね。

ばあちゃんになったときにはもはや美しさを放とうなんてことは
思わないだろうけど、女性であれば、いつでもいつまでも綺麗で
いたいと思うのは私だけではないと思います。

オバ桜はオバ桜なりに美しく咲いていたいものです。

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