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2007年12月30日 (日)

プレ 年末のごあいさつ

  Photo_3

今年も1年があっという間に過ぎてしまいました。
ほんとに1年経ったのか?
もしかして半年ぐらいしか経ってないんじゃないのか??

なんて時間を疑ってしまうほど。

だってこの前まで私、うらわかき10代の乙女だったんだもの。

・・・・・・・・・・・?

(ヤッコさん、時間とめすぎ 戻りすぎ・・・)

少なくとも1年前に年末のことやお正月のイラストを描いたのが
ついこの間のように思えます。

「地球温暖化」もそうだけど、「地球時間高速化」という現象も
起こっているのではないだろうか?と思えてきます。

ただ単に歳をとったからなのかもしれないですけどね。

今年もいろいろありました。
笑って泣いて、ちょっと悲しかったり寂しかったり不愉快だったり
でも楽しいこともあったり嬉しいこともちょっとだけあったりで
一年の季節のように、一日一日のお天気のようにいろいろ
代わり映えのあるようなないようなそんな毎日でした。

来年もまた同じような1年を過ごすのかもしれませんが、
よくないことが大きくなければ、ひどく悪いことが起きなければ
それはそれで人生の許容範囲ということで。

ということで、今年のブログ更新はもしかしたら今日が
書き納めかも知れません。

また数日後から始まる来年も変わりなく元気でお会いできると
思いますのでよろしくお願いします。

みなさん体に気をつけてお過ごしくださいませ。

いつも読んでくれてありがとうございます。

それではよいお年を~♪ (^ー^)ノ

 

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2007年12月29日 (土)

納まらないおしごとウーマン

昨日で今年最後の出勤日でした。

仕事納めの昨日、「今日は仕事納めだから午後からは片づけをして、
仕掛かっていた仕事の整理やファイルの整理などをしようか」と
思っていたのですが・・・。

少し前から別拠点の工場でトラブルが起こっていたのですが、
それが日を増すにつれ、状況が分かっていくにつれ大きなトラブル
になっていき、最終日の前日(木曜日)の夕方にドカーンと火を
噴いたのでした。

それから翌日の昨日は朝から少しずつバタバタしだし、午後も
大変でした。

私のグループが担当している金属材料に欠陥があったことが
発覚し、それは明らかに材料メーカーの責任なのですが、その
材料を使って組立てた社内の製品が顧客にまで出荷されている
かもしれないとのことで、うちの課長を含め品質管理部門や工場や
メーカーと緊急で電話会議やTV会議などを行って最終日にも
関わらずずっとバタバタしていました。

まあ、材料の不良の混入率やその不良モードからすると
客先での不良に至る可能性は低いと思われるのですが・・。

その間、私はその不良が含まれている可能性のある材料を
メーカーに返却するということで、その処理にずっと追われて
いました。

3工場あるのですが、それぞれの管理部門との調整、返却可能な
ものの数量把握、リスト作成、メーカーへの連絡と電話やメール
での指示etc・・・

電話をかけては状況を説明してお願いして電話を切って、
別のところへ電話をかけては状況を確認してその次の処置を
お願いして電話を切って、電話がかかってきては応対して・・・・

  

私の状況はまるでこんな感じでしたよ。

   Photo

おまけにバタバタするものだから化粧もえらく落ちてきて
その日の夕方には綺麗なお顔がオイリーでテッカテカ♪

最終日ということもあり、どの拠点の日勤スタッフも昨日まで
だったので、仕事を翌日に持ち越すこともできず、私を含め
実行部隊のそれぞれが超スピーディーにナイス連携&協力
してくれました。

私もふだんはだらだら仕事しているくせに、火事場の馬鹿力の
ように

 ウオーーーーッ!!

と慌てながらも機敏に対応してました。
(いつもこんな調子だったらもっと仕事もはかどるのにね)

 

それにしても、
品質不具合は製造業であればどこにでも起こりうることです。

「ものをつくる」以上、顧客にお金を出してそれを買ってもらう以上
品質は同じものでなければならないし、品質はよいものでないと
いけません。

・不良を作り出さないように、安定した良い品質を保てるように
 作り方に工夫をする(条件や材料など)。

・そしてその品質を維持できるように条件や材料を管理して
 製造ラインを維持する。

・不良品が社外へ流出しないように確実に検査でつかまえる。

・不良が見つかった場合は、その原因を早急に究明し対策をうつ。
 その場合の影響が社内、社外へどれくらいの大きさで波及
 するのかを早急に把握する。

うちの会社も製品を作っているし、うちの製品に使う材料を
供給しているメーカーも同じくその「材料」を作っている同じ製造業。

品質に関して言えばたったこれだけのことですが、これがとても
難しいのです。

昨日、会議で顧客での影響の有無や大きさを話し合っていました。

部門長や製品の事業部や品質管理部門など同席のもと
それらのトラブルの影響にについて、出荷について、代替品の
対応についてなどを話しあいます。

今年は「偽装事件」「品質管理の不備」「ごまかし」などで
いろんな業者や会社が批判されていましたね。

まあ、それらは常識を超えるような、批判されるに値する質の悪い
ごまかしや裏切り・詐欺行為だったのですが、やはり「ものをつくる」
「ものを売る」以上は「顧客満足」が基本で、最低「顧客を裏切る
ような行為」
はしてはいけないのでしょうね。

 

やるべきことを怠ること
やるべきことが守れてないこと
やるべことが不十分であること

それがもとで問題が起こる。
そしてそれが後ろめたいものだから隠そうとごまかす。
ごまかすから客の信頼を損ねる。

そう考えると、問題視され批判されるのは至極当然なことの
ようにも思えてきます。

もちろんそれは全てが悪意のもとでやられているわけでもないし
誰が悪いというわけでもないし、その会社が悪いという訳でもなく、
その体質や組織や運用や管理体制のちょっとした不足や不十分
の重なりが引き起こした結果がそういうことになってしまった、
ということなのかな、とも思います。

それに「顧客満足」などともっともなことを言っても、内情は
そんなにお金をかけれれないし人手もかけられないし、限られた
費用でうまく使って限られた労働力でまかなって維持・管理
していかなければならないから、本音と建前がどこの会社でも
せめぎ合っているのでしょうね。

どこの会社も抱えている問題やリスクは同じなんだなーと思い、
その対応次第で、問題に「なる」「ならない」かが変わってくる
のかもしれないなーと思いました。

まあ、言葉で言うのは簡単ですが
「やるべきことを当たり前のようにやる」というのはとても難しいこと
だと思います。
自分に当てはめてみても。
仕事だけでなく他の事に関してみても。 

その材料メーカーの営業は年末年始、不具合品の再検査と
リカバリーに追われて大変そうです。

営業さんはメールで年末の挨拶も兼ねて私たちの会社の
関係者に詫びの言葉を綴っていました。

営業さんが悪いわけでもないのだけど、と思うとなんだか
可哀想な気がしました。

なんだかんだ忙しくてもトラブルで大変でも利害関係の立場は
違っていても、みな健康だけは気をつけて体を壊さないように
正月を過ごしてもらいたいものです。

いやー、「昨日は仕事納めどころかバタバタして終わったよ」 
ということを言いたかったのですが、なんだかとりとめもない
真面目な話にすり替わってしまっちゃいました。

長くなってごめんなさい。

昨日帰るときに(主任と課長はトラブルの打合せに会議室に
缶詰め状態だったけど)、事務所にもらいもののカレンダーが
たくさんあるからどれかもらって帰ろう~、と思ってカレンダー
やダイアリーの入った段ボール箱を見たら、ほとんどがカス
ばかりで、いいやつは既にいろんな人に持ち帰られていました。

カレンダーもたいしたものは手に入らず、ビジネスダイアリーも
最終日にイマイチなものをもらって(もらうだけ有り難いと思えば
いいのにね)、自分の個人用手帳もまだ買ってないし、ましてや
年末ジャンボ宝くじも買い損ねてしまう始末。

あ~、何もかも全然今年中に納まってないよ~!!

。・°°・(>_<)・°°・。 ウエーン

  

以上、おわり!

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2007年12月27日 (木)

今日のつぶやき

こんにちは。
おしごとオランウータンヤッコです。ウホッ。
(オランウータンがウホッと言うのかどうかは分からないですが)

気づけばもう木曜日ですね。
気づけばもう27日ですね。
気づけばもう12月ですね。←これに気づくのはちょっと遅いですね。

年末だろうが木曜だろうが27日だろうが給料日あとだろうが
いつもと変わりなく仕事しました。
いつものように失敗もやらかしました。

仕事上のミスではないものの、まちがって全然違う人に
関係のないメールを送ってしまいました。

まあ、こんなことはたまにあることです。

自分の発信したメールを使って再度発信するときに返信モードを
使ったりすると自分が送ったメールの送信先が自分になっている
のでまた自分に届くという「ひとりチェーンメール」みたいなことも
日常茶飯事です。はい。

こんなドジ話も聞いたことがあります。 

出張先(メーカー)で人(別の女性)の靴を間違えて履いて帰りそうに
なってメーカーさんや一緒に同行したうちの会社の一同から大笑い
されたぐらいのスットコドッコイな女がいるって聞いたけど、それは
どこのどいつだ~い?

 

 

 

・・・・・アタシダヨ ∑( ̄皿 ̄;;

 ※そんなマヌケな女の赤っ恥談はコチラ

 

 

今年の失敗収めは今日で収めたいものです。
仕事は残すところ一日、私の机の周りは相変わらず書類や
サンプルやら筆記具等でごったがえしているので片付けして
すっきり仕事を終えたいものです。

メーカーさんや取引業者さんからのカレンダーやダイアリーが
心なしか年々少なくなっていっているように思え、やっぱり景気は
よくないんだなぁ~と実感した今日この頃なのでした。

面白くもない今日のつぶやきブログ。ウホッ。

テンションがやや低めだったでしょうか?

 

きゃー!そんなことナイナイナッシングーーー(≧▽≦)ノ !!

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・。

  しーん・・・(¬_¬)・・・・・ウイテル??

 

イラストも最近まともに描いていなくてごめんなさいね(汗)

 

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2007年12月23日 (日)

私からの気持ち

  Photo

 

おしごとウーマンは元気です。

でも今日も自分のことは相変わらず嫌いです。
好きになれるときもあるけど、今は大嫌いです。

子供の頃から内弁慶だったというのもあり、人に自分の思ったことや
自分のことを話したりするのが苦手でした。

思っていることを言って人から嫌われるのじゃないか、嫌に思われる
んじゃないか、全てにおいて自分に自信がなかったというのもあるし、
自分のことを話すのは恥ずかしいし、自分のことを話しても人は
たいして面白くもないだろう、自分はそれほど魅力も長所も取りえも
ないというコンプレックスもあったのだと思います。

嫌なことがあっても自分が我慢すれば揉め事にもならないし、
揉め事になってかえって自分が傷ついたりするのも怖かったし、
だから思っていることを口に言葉に出すのは苦手でした。

でもそうやって我慢したり抑えていてもそれをどこかで消化しきれなく
なってしまって、それを表に出す頃には優しい気持ちや素直さが
なくなってしまっていて、嫌な言い方や嫌な聞き方や愚痴っぽい
言い方になってしまって人を嫌な気分にさせてしまって、相手の
そういう気分やそれを表す言葉にすごく過剰反応してしまい傷つき
結果的にそうさせた自分のことがすごく嫌になってしまうのです。
人を嫌な気持ちにさせてしまったということも含めて。

こういうときに思います。

自分の思っていることがおかしいのか、思っていることを言葉に
出したことがいけないのか、その言い方や聞き方が素直で
なかったから人を嫌な気持ちにさせてしまったのか。

もう少し早いときに、思ったときに、優しい気持ちと余裕がまだ
あるうちに言葉に出していれば話していればもっと素直に
なれたのかもしれません。
人も自分も嫌な思いをせずに済んだのかもしれません。

不器用で素直じゃない私には難しいことなのでしょうか。

そんなことを思うとどんどん自分が嫌いになっていきます。
あっけらかんと楽観的になれる部分はなれるのですが、なれない
部分はいつまでもなれないのです。
歳はとってもいつまでも未熟者の私です。

いつまでもくよくよしている場合じゃありませんね。
気分を変えたいと思います。
元気に笑顔で過ごしたいです。

前フリが長くなってごめんなさいね。
 ( Σ(゜Д゜lll)エッ!?  今の前フリだったんですか?)
しかも前フリとは全然違うことを以下に書くのですが(汗)。

 

子供の頃 サンタクロースにお手紙を書いていました。

何を書いていたのかは思い出せないけど、どうしても
リカちゃん人形がほしくて、そのようなことを書いていたように
思います。

で、封筒の中にサンタさんへの手紙と一緒に自分が持っている
だけのほんの少しのおこづかい(小銭)を入れて枕元において
寝たような気がします。

なけなしの自分のお小遣いをささげてまでサンタさんにお願い
するとは・・・。

大人になって利口になった今、思いました。

 

 

その小遣いをためて買った方がいいんじゃ・・?

( ̄‐ ̄)んー・・ソレモソウダ・・・

 

 

それに金を受け取るサンタがいたらちょっと商売根性入っていそうで
アヤシイでしょ? 

オレオレサンタ?

  

***やっこのイメージ↓・・・***

おー♪オレオレ~、俺だよ、サンタだよ。
このおもちゃやるから金もらっていくぜ~イヒヒ♪

***やっこのイメージここまで(えらく短い)***

  

話が脱線していきそうなので、ちょっと戻して。

で、翌朝ワクワクして枕元をみると、期待していた豪華プレゼントは
なく、代わりにチョコレートが置いてあって、すーーーっごくすごく
ガッカリしていた覚えがあります。

もちろん私が入れたお金はそのまま置いてありましたけどね。

サンタさんが来てくれた、たとえチョコレートでも置いていってくれた
という感激よりも「なんでリカちゃん人形じゃないの・・?」という
落胆の気持ちの方が先にきたような気がします。

なんというありがたみも感謝の気持ちもない図々しい子供だわね。 

 

それでも、そんな欲ばりな子供の私も例に漏れずサンタクロースが
来るのをとても楽しみに待っていました。

 

今となってはもうサンタクロースは私たちのもとへは やっては
こないのでしょうか。

姿はみえなくとも、目に見える豪華なプレゼントはなくとも、
サンタクロースは大人の私たちのところへもやってくるのだと
信じたいものです。

「温かい心」という素敵なプレゼントを配ってまわっているのかも
しれません。

そんな風につい最近まで思っていたクリスマス。

 

今年はサンタクロースも忙しいのでしょうかね。
寒々しいぎすぎすとした世の中だから配ってまわる数も多いので
しょうか。

今年は私のところへは来ないような気がします。

このクリスマス、私は「温かい心」のプレゼントにはたどりつかない
ような気がするので、せめて私からみなさんにここでメッセージを
送りたいと思います。

一足早いですが。

 

Happy Merry Christmas♪

 

みんなが幸せでありますように。
みんなが温かい気持ちでいられますように。
みんなも私も少しでも多く笑顔になれますように。

 

※ちなみに、このイラストは萌え風サンタですが
 決して私ってわけじゃないですよ。
 (そんな風に自分を可愛く描きすぎたらブーイングが
  おこりそうですからね(笑)) 

 

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2007年12月22日 (土)

今日も嫌い

やっぱり嫌いだ

今日も嫌いだ

 

 

自分なんて

 

 

私はバカだ

自分勝手だ

素直になれないいくじなしだ

 

うんざりされることも
うんざりさせる自分も

 
もう 

うんざりだ

 

私はどうすればいいんだろう

 *******************

ごめんね、なんだか。
これじゃこのブログもちっとも楽しくないね。
でもね、どこにも行き場がないから私はここで書くんだ。
大丈夫、すぐに元気になれる。
私はお天気屋さんだから。
 
次はもう少し元気な記事を書くからね。
イラストも描くからね。

 

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2007年12月19日 (水)

好き だけど 嫌い

みんな嫌い

人は好きだけど 
自分に関わる人はたいてい好きだけど

好きでいるけど 
好きになろうとしているけど

今日はみんな嫌いだ 人なんて嫌いだ

悔しい 
やりきれない 
はがゆい 

そんな気持ちでいっぱい

仕事なんて誰もが好きでやっているわけじゃない

なんでみんな自分のことばっかりなんだろう
なんでそんなに後ろ向きなんだろう
足止め食らうことばかり

自分も人のことは言えないし
自分のことを振り返れば思い当たる節もある

それでもなんとかやっているのだが

そんな調子じゃちっとも進まない
牛の歩みだ

そんな景気のいい会社じゃない

帰りの車の中
いろんなことを思いながら帰った

そうしたら涙が込み上げてきそうになった
会社で気張っていた緊張が ここにきて次第に溶けていく

これまで我慢してきたことや抑えてきた他の思いまでもが
ここにきて次第に浮き出てくる

いろんなことにおいて

希望と失望の繰り返し
信頼と幻滅の繰り返し
期待とあきらめの繰り返し
  

そんなこと 分かってはいるけど

    

夜の始まり
帰路を急ぐ数々の車が規則正しく縦横に走る

夜の空気に浮かび上がる信号
前の車の赤いブレーキランプがゆらゆらとにじんで光る

夜の空に見える 星に月に 私の気持ちを聞いてもらおう

誰にも見せられない 悔し涙も寂しい涙も 
やりきれない思いも 醜い嫌な顔も

星や月の前にだけ さらけだそう

だって今日は みんな嫌いなのだから

そして明日は きっとみんなを また好きでいるだろう

  

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2007年12月17日 (月)

どっちでもいいけど

髪の毛も伸び放題で、髪の毛の色も落ちまくってツートーンで。

で、もういよいよ見苦しさも限界になってきたので、美容院に
行こうかと思いまして。

今まで美容院に行って「こんな風に」って自分のイメージを
言うときに考えていたのが

「石田ゆり子」みたいにしたい、とか
「木村カエラ」みたいにしたい、とか
「黒木瞳」みたいな感じで、とか

その時したい髪型をタレントや女優さんに例えていろいろと
考えたりしていました。
(顔まで真似ようとしているわけではないですよ。もちろん
 なれるわけありませんから)

今度もどうしようかと思ってみたりもしましたが、面倒くさいので
無難に適当な表現はないかと考えました。

んーーー・・・ 今回はあんまり短くはしたくないし、かといって
パーマもかけると失敗しそうだし、となるとやっぱり表現的に
素直に「ボブ」??

でもショートっぽくなりすぎたら嫌だし・・。

となると
「おかっぱ」??

イメージとしてはボブとおかっぱの中間・・・?

となると

      Photo_2

   

もしくは

  

      Photo_3

 

 

んー・・・( ̄へ ̄|||) ウーム

 

どっちがどうなの? 

  

イラストにすると全くおんなじですね。はいおんなじです。
(というか、イラストの手抜き)

 

でも、似たような例を考えると男と女でみるとどう?

「男に近い女」と「女に近い男」は全然意味が違うけど
イラストに描いてみたら

 

 

 

      Photo_4

 

  

  

      Photo_6 

 

 

んーーー・・・( ̄へ ̄|||) ウーム

 

やっぱり同じに見える。(というかここでもイラストの手抜き)

ということは、見た目はどっちもおんなじということ??

本当は「女に近い男」と「男に近い女」では見た目も違うと
思うけど・・・

 

そこで私は思いました。

 

すごくくだらないことですね。はい、くだらないことです。

こんなことでブログの記事にするのもどうかと思いますが。
まあ、いいでしょう。

 

ということで、昨日美容院に行って散髪してきましたよ。
カラーも入れなおしてあーすっきり。
結局「ボブに近いおかっぱ」なのか「おかっぱに近いボブ」
なのかは自分でも分からないけど、やっぱり単なるボブ↓
って感じかしらね。

   

   

        Dvc00052_2

     

 

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2007年12月14日 (金)

ウーマンサンタの古着のブルース

    Photo

 

 

流した涙と悲しみはいつか肥やしになるだろう

でも

タンスの中のこれらの服は肥やしにすらならないだろう

ただ単に

衣装ケースや引き出しのスペースを占領しているだけ

うめつくすのならプチプチのエアーキャップで十分

なんのために眠っているの

再び着てもらおうと待っているの

かわいそうね あなたたち

かわいそうよ なんとかしてあげたいわ

でも

それはきっと無理というもの

だって 

もうデザインが ださすぎるもの

そのヒラヒラ フレアースカート

今の私には スカート丈が短すぎるもの

その冬物のタイトスカート

肩パッドが いかつすぎるもの

そのデカイ金ボタン付きのスーツ

  

思い出と呼ぶほどの思い出がつまっているわけでもないのに

引き出しの中にたくさんつまっているのよ

捨てるのがおしいほどの値打ちがあるわけでもないのに

ケースの奥に秘蔵されているのよ

そんな未練があるわけでもない あなたたちなのに

毎年毎年

引き出しや衣装ケースやダンボールを開けてみては

私ったら

名残惜しそうに

まだ着れそうだと はかない希望を抱いて

いつか着るかもしれないと 無駄な可能性にかけて

でもきっと着ることはないだろうと おぼろげに確信しつつも

またそっと引き出しを閉める フタを閉める

見てはいけなかったものを見たような気まずい思いを抱きながら

  

これまでのそんな私に もうサヨナラしよう

貧乏性の私にサヨナラしよう 

未練がましい私にサヨナラしよう

そして あの服たちにサヨナラしよう

サヨナラ ありがとう

その当時は華々しく輝いていた服たちよ

この年の終わりとともに あなたへサヨナラを告げる

 

 

・・・でも・・・・・

やっぱり 全部は捨てきれないの

 

そこのあなただけ ここにいてくれる?

 

ああ 哀愁の古着のブルース

 

****おわり******

おしごとウーマンは元気です。
最近イラストを描いていませんでしたが、忘れちゃいませんよ。

今回は古着がつまった袋をかついでサンタウーマンになってます。

長々と、しょーもないブルースをうたってどう思います??
(というか、これってブルースかね?)

毎年思い切って捨てようと試みるけど、捨てるのは
毎年少しだけ・・

でもどう考えても着ないのは分かっているから古着で捨てて
しまえばいいのにね。

やぶれてしまったり変色してしまったり、その形が明らかに
着られないものになってしまえばあきらめもつくのだけど。

半端にそこそこの程度なんだけど、デザインとかもう流行らなくて
積極的に着たくないやつでもう1~2年以上着ていないやつ
なんかは微妙なのよね。

なんだかもったいないやら可哀想やら。
まるで猫たちをダンボールに入れて手放すときのような心境に
なってしまうというか・・・ ( ノω-、)クスン・・・

潔く処分すればいいだけとは分かっているんだけどね。

  

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2007年12月12日 (水)

人の絆と人の側面

この世で絶え間なく新たなたくさんの命が誕生しています。
それと同時にたくさんの命も失われて消えていっています。

それだけたくさんの命が亡くなっているということは、それらの
命に関係する人たちも多いということです。

その身近な存在、最愛の人の死という大きな悲しみに直面
することはその人にとっては一生の中で数少ない特別なことでも、
世の中ではそれがたくさん存在しています。

身近な人の死は、珍しい経験というわけでもなく誰もが経験
しうるもの。

私も以前から人の死には何がしか関わってきました。
中学時代の友人の死、友人の親御さんの死、叔父の死・・

以前はそういう死についてもちろん「ショック」であり「悲しい出来事」
として受け止めていました。

でもそこで留まっていました。

最近はそのもう少し向こう側の「近い存在の人間の死」に直面した
家族なり、友人なり、恋人なりのいろんな思いや気持ちを強く
感じるようになり深く考えるようになったのです。

ここ最近、仕事仲間のお母さんが亡くなったり、おじいちゃんが
亡くなったり、友人のお母さんが亡くなったり、子供さんを亡くしたり
した人を間近に見ることが重なりました。

「その人の死」だけでなく、その人に深く関わっていた人の気持ち
など、その「死」を通じて、去っていく人と残された人との繋がりや
絆やそれぞれの様々な「思い」というものを意識するようになりました。

私は叔父以外にはまだ近い存在の死に直面してはいません。

母もまだ生きていますし、おばあちゃんも90歳を越えているものの
生きています。

父は私が生まれてすぐに母と別れているので顔も知らないし
どういう人かも知りません。

そんな見知らぬ父を知ったのは皮肉にもこの世を去ったという
知らせでした。
なので、悲しみを感じることすらなかったです。
とうとう父と対面することもなくなった、という落胆があっただけです。

だから私には肉親といっても少ないので経験も少ないです。
じいちゃん(母の父親)も私が生まれるずっと前に亡くなって
いたのでじいちゃんの存在も写真でしか知りません。

父親がいなかったので父方の父母(私からみた祖父母)も
知りません。

そういう肉親の少ない私でもいつかは直面する日がくると覚悟を
しなければならないでしょう。

いつかくるとは思いながらも少しでも近い日でないことを祈りながら。

私も含め、「身近なもしくは最愛の存在の死」は誰もが経験しうる
ことであり、既に経験したことであり。

そんな深い悲しみも過去も、日常では人前には出さずに誰もが
当たり前の様子で振る舞っています。

住宅街で南面に立ち並んだ家々も、正面から見ると太陽の日を
あびて、いたってそれぞれの家が普通の面持ちをしています。

だけど、その家のそばに近寄り側面に立ってみると、家の横の
壁側には光が差し込まれていない影の部分があり、正面から
見ただけでは分からない面持ちをしていたり、雰囲気がその日の
天気や季節や時間帯でも変わって見えたりもします。

また、それぞれの家をある程度離れたところから見ても、
いたって普通の面持ちをして立ち並んでいるように見えても
そばにいって見てみると、裏に回って見てみると、小傷が
あったり古傷があったり色あせていたり部分的に剥がれ落ちたり
して遠くからでは気づかなかった傷みの部分があったりもします。

人というのもそんなものなのかもしれません。

普段は普通に何事もなく他愛もない会話をして笑っているような
人たちも、それぞれの事情があり過去があり繋がりがあり、
悲しみと直面してそれを乗り越えてここにいるのかもしれません。

そして、その人なりの繋がりはたとえ命がこの世から去って
しまったとしても、忘れられることなくその繋がりのある人の心の
中にいつまでも生き続けてその人を支えているのだと、
そう思います。

ブログでの世界も含め、私の日常という世界の中で関わる人たちが
それぞれの繋がりにおいて「死」と直面して悲しみの中にいるのを
みて、私も心がかすかに痛み、でもその人を慰められるような
気の利いた言葉も思い浮かばず、だからせめてここで詩を綴ることで
私の思いも届けられたら、と思いました。

  

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2007年12月10日 (月)

この星空の下

               この星空の下

               この青空の下

              いろんな人がいて
              いろんな命があって
             いろんな想いがあって

                それぞれが

           それぞれに見守られている

                それぞれが

            それぞれを見守っている

 

       大好きなあの人も あなたのことを見ている
        愛しいあの子も あなたのことを見ている

                今も優しい
              かつて優しかった

   母さんも じいちゃんも ばあちゃんも 娘も 息子も 恋人も

             顔も知らない父さんも

       

            いつだって応援している 

              支えてくれている

  

                 それが

   

             生きている人であろうと

        星になって空に上ってしまった人であろうと

   

             あなたを見守っているよ

             あなたに笑いかけているよ

             あなたの中に生きているよ

       流れる涙も 全部受け止めてくれているよ

             雨が大地にしみ込むように

                        

 

                  だから

          

           安心して前を向いて歩いていいんだ

 

 

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2007年12月 8日 (土)

動かざるものナマケモノ

   Photo

 

さ、さ、さむい・・・

寒いのは私のギャグだけではなかった・・。

ずいぶん寒さが増してきました。

「寒さ」が「増す」というのは、まさに寒さの足し算です。

で、この強烈に寒いというのを言葉で表現すると

しょこたん風に ギザ サムユス?(≧▽≦)ノ

やこたん風に まーぅごつ サムカ~ (>ェ<;

質量の単位風に メガサムイ? ギガサムイ? テラサムイ??

まあ、どうでもいいですね。はい、どうでもいいです。

暑いのも苦手ですが、寒いのはもっと苦手です。
要するに根性なしなわけですね。

だからこんなに寒いと動きが鈍くなる虫のような魚のような
必要以上にエネルギーを使いたくないといいますか。
要するにナマケモノなわけですね。

あまりにも寒いのが苦手だから動きたくないし、ちょっと
離れたところに置いてあるモノすらも手が届かないと
あきらめてしまうこのナマケっぷり。

 
そういえば学生時代に勉強していた部屋(といっても
テレビのある居間で勉強していたんだけども)は、こたつの
周りに放射状にいーっぱい自分のモノを置いていたなぁ~。
マンガとか辞書とかノートとかお菓子とか。

ただでさえ寒いからじーっとしているだけで精一杯なのです。

お~、サムイサムイ・・・

 

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2007年12月 6日 (木)

やこたんブログ

   Color

 

なんだか数日更新してませんでした。

いや、理由はあるようなないような。

なんだかここ数日テンションが上がりませんでした。
イラストも描く気になれませんでした。

それにもいろんな小さな理由があるようなないようなだけども
そのひとつに風邪をひいていてきつかったのもありました。

だから夜もテレビを見ることもなく薬を飲んで寝てました。

イラストのように髪もすっかり伸びました。

だから毛先が私のように素直でなくあちこちプイプイ
向いてます。

しょこたんは可愛いです。
ぎざカワユス。

やこたんは髪の毛伸びきった年増女です。
まごカッコわるしす。

しょこたんをマネしてやこたん風につぶやいてみました。
可愛くないですが。
(でもイラストはちょい可愛いめに誇張されてます)

ちなみに「まご」とは、こちらの方言で「とても」の意味があります。
ちょっと変形して「まうごつ」とか「まーぅごつ」とかも言います。
「まいぅ~」とは全然意味が違います。

使用例としてはこんな感じです↓。

「ぶわー このラーメン、まーぅごつ うみゃー」

訳:うわー、このらーめん、と~っても おいしー(うまい)

みなさんも機会があればお試しください。
(どんな機会かね?)

そんなこんなで、風邪をひいてみたり、気がひいてみたり、
髪がばらけてみたり、今朝の車のフロントガラスだけでなく
サイフの中身まで凍ってみたりと私の心の中もビュービュー
寒々しい風がふいておりまして火も絶え絶えになりそうですから、
ここはひとつ暖かくなりたいと思いまして「今日のブログ記事」
という薪(まき)をくべて暖をとりたく思った次第です。 はい。

みなさまも心身ともに温かくして風邪などひかないよう
気をつけてお過ごしくださいませ。

  

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2007年12月 2日 (日)

食育も大事だけど

今日はちょっと真面目路線で。

最近、食育(しょくいく)という言葉をよく耳にします。
食育の意味については以下の通りです。

  

《食育(しょくいく)》

食育(しょくいく)とは、様々な経験を通じて「食」に関する知識と
「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することが
できる人間を育てることである。

「食育基本法」においては、生きるための基本的な知識であり、
知識の教育、道徳教育、体育教育の基礎となるべきもの、と
位置づけられている。

単なる料理教育ではなく、食に対する心構え、栄養学や伝統的な
食文化についての総合的な教育である。

食育基本法は、平成16年の第159国会に提出され、平成17年
6月10日に成立。

             

確かに食育は大事ですね。
ジャンクフードなどがたくさん出回っているこの世の中だからこそ、

本当に「良い食べ物」について、「食材」について改めて教育・学習

する必要があるのだと思います。

周りにも、食育を熱心に推奨している推進の立場にある方や
食育ということで

「いい食べ物・安全な食べ物を子供に食べさせたい」
こだわりをもって健康野菜などをいろいろ吟味して気を使って
選ばれているお母さんとかも結構多いです。

ただ、ちょっと思うのが、「食育」ばかりが流行言葉のように
先行してしまっていて、それにとらわれすぎていて、他の大事な
ことが忘れられがちになっているのでは・・?と思ったりもします。

たとえば、

■はしの握り方、茶碗の持ち方
■食べ物の恵みに感謝する気持ち
  ・食事をするときのあいさつ(いただきます・ごちそうさまでした)
  ・ごはんつぶを残さず食べる、きれいに食べる、など

基本的なことができない、基本的なことを知らない子供が
多いように思います。

「いただきます」「ごちそうさまでした」のあいさつも
食べ物が食べられることのありがたさや、食べ物となる
全ての生き物に感謝する言葉であって、意味がないわけでは
ないこと、どんな意味があるのか、ということを改めて教えてやる
必要があるように思います。

そして、だからこそ食べ物を粗末にしてはいけないということも。
(そういう私も食べ物を結構粗末にしているのであまり偉そうな
 ことは言えませんが・・)

今大食いクイーン、フードファイターで有名なギャル曽根
その大食いっぷりが目立っているけど、彼女は本当に
美味しそうに食べ、そしてニッコリ微笑んで最後に手を合わせて
「ごちそうさまでした~♪」ときちんとあいさつをしているところが
結構礼儀正しかったりもするんだな~って思ったりしました。

あれは若いギャルにしては珍しくお手本となる行為ですね。
まあ、大食いして食べるだけ食べてそのほとんどを身につけず
排出してしまっているであろうところは食べ物を無駄にしている
ようにも思えちゃったりもしますが・・・・・( ̄へ ̄|||) ウーム ・・・
ここでは目をつぶってあげよう。

そんなこんなで、
「食べ物=食べる」に関する教育はもちろん大事ですが、
「食べること」に関する基本的な教育も、食育と同じぐらいに
学校なり家庭なりで
しっかり教えていくべきなのだと思います。

いや~、今日はお堅い話で真面目だったな~。
イラストもないし(汗)
面白みはないよね。ハハハ・・

 

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2007年12月 1日 (土)

愛らしいチッチ

 ~みつはしちかこさんの「小さな恋のものがたり」より~

  Dscn2823_2

 

              私の想いも また

             時の流れのように

            過ぎてゆくものかしら

             思い出は みんな

              死ぬのかしら?

   

             目の前にあるものは

               新しい今日

              見知らぬ明日・・・

         ふりかえってはいけないのかしら?

          もどることはできないのかしら?

 

             いえ、いえ、決して!!

 

            思い出たちは残るのです

             生命をこめた 想いは

              死にはしないのです

 

                 たとえば ホラ!!

            木の葉のきらめきの中に

               空を渡る雲の中に

              道ばたの草花の中に

 

                姿をなくして

             移りすんでいるのです

 

               そして いつも

           あなたには 気づかれずに

           あなたの涙をかわかしたり

           あなたのやさしい微笑みを

           与えてくれたりしているのです

 

             いちにち いちにちを

          たいせつに 生きておゆきなさい

    

            ~わが愛するチッチへ~

  

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

みつはしちかこさんの「小さな恋のものがたり」は、そのシンプルな絵
だけでなく、ところどころにちりばめられた「詩」がとても愛らしくて
私は好きなのです。

全部好きなのですが、上に書いた詩も結構気に入っています。
詩だけでなくそれに添えられた絵も。

そのマンガのセリフや詩はすべて みつはしちかこさんの直筆
だから余計に温かみや親しみを感じます。

時に 可愛い乙女の恋心をうたってみたり
時に 楽しい子供のような弾む気持ちをうたってみたり
時に 切なくてはかない想いをうたってみたり
時に プーっと怒ってみたり すねてみたり

チッチは焼きもちやきで泣き虫。

悲しいことがあると、ワーッと原っぱの中で大泣きする。
でもしばらくすると 大泣きしていたはずのチッチが静かになる。

 

それは、原っぱの中に バッタや綺麗なレンゲの花やちょうちょを
見つけたから。

 

それまで泣いていたチッチは 子供のようにバッタやちょうちょを
追いかけるのにすっかり夢中になって、ついさっきまでの
悲しい気持ちがどこかへ飛んでいって自分がなんでここに来た
のかすらも忘れて虫や花と戯れて遊ぶ。

 

そんな風に自分で自分を自然に立て直すたくましい力を
秘めているチッチがとても愛らしくて羨ましくて見ているだけで
自分の方が元気になれそうな気がします。

悲しみや切なさを無理に閉じ込めず素直に表現しつつ、
それでもそれらを吹き飛ばすほどの希望と、笑いに変えてしまう
ほどの感性。

嬉しいものは嬉しいと、楽しいものは楽しいと、悔しいものは悔しいと
体全体でめいいっぱい表現する素直さと自然体。

そんなふうにして元気に力強く生きていくチッチの姿や
みつはしちかこさんの詩にいつも励まされています。

女であることが嫌だなーって思ったりすることもあるけど、
こんな風に「可愛い女性」だったら「女」も悪くないなーなんて
思ったりもしたのでした。

しょせんマンガや詩の世界といえばそれまでだけど、
マンガや詩や文芸書や音楽や絵画やその他さまざまな創作物は、
そんな「憧れ」や「理想」や「怒り」など私たちの思うところを代弁して
くれていて、そして「本当の大切なもの」や「考えるべきもの」など
一人でも多くの人に伝えたい、という作者の思いが込められている
のでしょうね。

 

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