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2005年11月30日 (水)

おしごとウーマン劇場☆終業時刻

                 【終業時刻】                        

    Goji_11

       Goji_22

   Goji_33

   Goji_44

 5時の終業時間のチャイムと同時に 大声出して叫んでみたい。
 
 そんな やばい衝動にかられるけど ここは おしとやかにね。

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2005年11月29日 (火)

この時期といえば・・・

Blog Petのmomoちゃんがなぜか画面に出てこないくせに
いきなり記事を投稿した件は ひとまず置いといて・・・。

秋もすぎ、いよいよ冬の到来って感じがしますよね。

この時期といえば・・・ 

◆クリスマス◆ 
 やっぱりコレでしょう。
 クリスマスのイルミネーションやディスプレイ、クリスマスグッズなど
 街はクリスマス一色。

 最近は住宅街も庭や塀を綺麗に電飾でディスプレイしてあったりで
 どこもかしこもロマンチックな感じが漂ってますよね。

 ワクワク感は昔に比べてすっかり薄れてしまっちゃったけど、なんだか
 「クリスマス!」って感じがするね。世の中全体がね。

◆スケジュール帳◆
 本屋や文具コーナーに、カレンダーやスケジュール帳が
 たくさん並びだしましたね。

 可愛いのやおしゃれなやつやシンプルなもの、大きいのや小さいの
 たくさんあって目移りしちゃいます。

 そして、中のデザインやレイアウトなんかも、自分の使い勝手にあった
 ものを選びたいですね。

 とかなんとか言ってるんですけど、実際書くようなスケジュールって
 ないんですよね 私の場合(笑)。 毎日予定ナッシングです。はい。

 ま、だから仕事の分も兼ねて使ってます。
 でも、使うのは最初の3~4ヶ月ぐらい。

 後半の夏以降は書くことすらしないのでガラガラ。空白だらけ。
 私には春までの分のスケジュール帳いらないかも(笑)。

◆あったかいたべもの◆
 やっぱり私はこれでしょう。コレ。

 クリスマスでおしゃれに♪ もいいけど、
 あったかいものを食べたい!飲みたい!

 鍋物とかおでんとかシチューとかスープとかホットココアとか
 キムチ鍋も結構好きなんですよね。
 冬に限らないけどラーメンも大好き。

 色気より食い気ですか(笑)?? いや、色気もありますけど??
 でもこの時期は食い気も負けてません!

寒いのは とっても苦手ですけど、あったかいものを食べて心底
温まるというのはいいよね♪

  Tyoppar__inoshishi_1serifu

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2005年11月28日 (月)

Blog Petがよくわからないー!(byシステムオンチ)

休日、ちょっとヒマだったのでBlogPetを登録・設定してみようかと
思った。
最初はあまり興味がなかったのだけど、説明を読んでいると、割と
いろいろな機能がついているから面白そうだと思って。

私は私の言葉で綴りたいと思っていたから、BlogPetにわざわざ
記事を投稿してもらったり、コメントしたりしてもらわなくてもいいと
思っていたのね。

だけど、それ以外にも機能があるみたいだったし、せっかくなので
やってみようかと。

で、やってみたのはいいけど、BlogPetのmomoちゃんが画面に
出てこないじゃない!

Blog Petのサイトのヘルプで調べて必要なダウンロードも
やってはみたけど・・?

自分のブログへの貼り付け方がイマイチ分かってない??
何が分かってないのかが分かってない??

私は 「運動オンチです」 って威張って宣言したけど、実は他にも
あったのね。

「システムオンチ」 「パソコンオンチ」

必要最低限のソフトは仕事上でも使っているから分かっているけど
ハード的なこと、システム的なことは全く分かってないのね。

で、何度やってみても画面にBlog Petのmomoちゃんが出てこないから、

 “ま、いいかー、そのうち時間があるときにでもまたトライしよう”

なんてのんびり構えていたら、いきなり今日の記事に勝手に
momoちゃんが投稿しているじゃないの!!

しかも 「きょうは記念しなかったー。」 なんて意味不明。・・??

せっかくの私のステキなバースデイ記事に、いきなり失礼じゃない??

でも早速 jadeskyちゃんがコメントしてくれてたからそれは
嬉しかったけどね。

momoちゃん、画面に出てないのに勝手に投稿しないでくれる?

それから、誰か知ってる人教えてくれる?
OCNのブログ人でやり方があるの?? 
それともBlog Pet内での設定の問題??

何が分からないのか、ちっとも分からないよぉー!!

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Happy Birthday To ワタシ♪(BlogPet)

きょうは記念しなかったー。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「momo」が書きました。

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スピーチネタに困っています

ノロバナの彼のスピーチネタに困る部長

例のノロバナの彼の結婚式&披露宴がもうあと約1週間後にせまって
きました。

彼は前撮りもすませ、ウキウキ♪
取引会社のメーカー営業さんが来社されたときにも彼は
仕事の話10分、ノロバナ50分話しているそう。(営業さんの話によると)

まあ、そんなこんなで、ひとりバラ色の人生まっしぐらの彼なのですが、

問題が・・・

それは
部長が披露宴で話すスピーチのネタがないということ。
部長というのはまぎれもない あの「右から1・9分けの髪型」の部長

そもそも部長は、今年の夏に私たちの部署の部長としてやってきて
ノロバナの彼とは直接仕事のやり取りをしたわけでもないので
よく知らないとのこと。

そこで、部長からうちの課長・主任に業務命令が下されました。

「彼(ノロバナ君)ってこんなところがあるんだっていう情報を集めてくれ!」

 ◆まじめな一面  ◆男らしい一面 
 ◆意外な一面   ◆おもしろい一面   などなど

なので、部長の指令を受けて
うちの主任が関係者に 『【親展】情報募集!』 と題する極秘メールで
彼にまつわるスピーチネタを募集したのでした。

・・・が、披露宴スピーチに使えるようなネタがまるっきりなく
誰からも返信がない・・・。

返信があっても、「スピーチに使えるようなネタは思いつかない」とか
「変なところしか知らない」とかそういう返答。

確かにノロバナ君はうちの職場では一風どころか、かなり風変わりで
あまり誉めるようなところがない・・・お金にせこい、とか、
仕事に協力しないとか、根に持つとか、職場では正直ちょっと問題ありで
クセのある部分が結構な割合で占める彼。

皆「なにかあるかねえ・・ないよねぇ・・どう良く見積もってもスピーチに
使えるようなのってないよねぇ・・」と困惑気味。

そうこうしているうちに皆からの何の返信もないまま1週間ほど経過。

再度主任から

  「例の件、部長からのトレースも入ってきました。
   何とかよろしくお願いします。」

と切実なメールが入ってきました。

数日前も昼食時に食堂でたまたま部長の隣に座ってしまった
うちの主任は、部長からスピーチネタを催促されたとのこと。

部長もいよいよ困ってきているのでしょう。
仕事にスーパー厳しい部長であるから、各課の課長や主任はその厳しさ
にいつも過度なストレスを抱えているのですが、日常の仕事における
過酷な業務指令とハイレベルな指導に加えて、ノロバナ君のスピーチネタ
の催促という圧力・・・。

課長が
  「コストダウンの資料も考えないといけないけど、
   それよりスピーチネタが優先だ」

と考え込んでいたのがちょっと可笑しかったりして。
プロジェクト会議よりも重要なノロバナ君のスピーチネタ。
部長の業務指令となったスピーチネタ。

スピーチで披露できそうなネタがないだけに周りの私たちは焦る一方。

金曜もちょっとしたミーティングで集まったときに、議題のひとつとして
扱われ、 「彼にまつわる良いネタ」 探しについて話し合いが
繰り広げられました。

結論は・・・・・・・・案の定、でませんでした。

彼も挙式直前でかなりあわただしいのですが、彼の周りの私たちも
彼の結婚に関するモロモロで毎日が珍騒動です(笑)。

  Speach

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2005年11月27日 (日)

恋愛というものを考えたとき

■本当の恋愛■

本当の恋愛ってあるのかどうか。
私は恋愛に本当も偽物も嘘もないような気がする。恋愛は恋愛だもの。

適当な気持ちとか、ほんの遊び程度の類は、そもそも「恋愛」のカテゴリに
属さないと思うし。

だから、自分が割と本気で、真剣な気持ちで相手のことを恋の対象として
好きだったら、それは「恋愛」そのものじゃないかな。
恋愛という感情でみた場合ね。

 (まあそれ以前に、それが「恋愛」の感情なのかどうか
   自分でもよく分からないっていうのはあるけど)

そして恋愛は「季節」に似ているように思える。移り変わっていくもの。

だから、いつの恋愛が、どのときの恋愛が本物とか、本当の恋愛とか
いうのではなくて、どれもどのときも、少しでも本気とか真剣な気持ちが
あればそれは正真正銘「恋愛」なんじゃないかなと思う。

ある恋愛が始まって終わって、次の恋愛が始まって・・
四季のように、そのときそのときで移り変わっていくもの。
四季のようにそんなにたくさんいくつも繰り返したりというのは
あまりないだろうけど。
恋愛の期間というのも長かったり短かったりさまざまであるから。

結婚は、それを意識する時期における恋愛の延長上でそれを「形」とした
ものでもあるけれど、結婚後もずっと恋愛感情が持続していることって
あまりないんじゃないだろうか。

それまで「恋愛」だったものは「結婚」を経て、「家族愛」に変化して
いくんじゃないだろうか。
そんな気がする。

「恋」の対象だった愛が、「家族」を対象とした愛に形を変えていくのでは
ないかなと思う。

だから私が思うに、「恋愛」は永遠に持続するものではなく、なんといえば
いいんだろう、言葉に表すのは難しいけど「通過点」のような「その時の旬」
のような・・

やっぱり私の恋愛のイメージとしては、移り変わる「季節」。

結婚にたどり着いた恋愛は、別の「愛」に形を変える。
結婚にたどり着いた恋愛でも、そのあと別の「愛」に形を変えることもなく、
もしかしたら消滅してそこでピリオドとなることもあるかもしれない。
その結果系が「離婚」だったり。

でもそのあとまた新たな季節が巡ってくるように新たな恋愛が始まるかも
しれない。

恋愛は、他の愛に形を変えていくか、もしくは
終わってまた別物の恋愛を繰り返していくか・・・・
なのかも。

■理想の恋愛■

本当の恋愛は、少しでも本気であれば、どれも「本当の恋愛」といえる
だろうけど、「理想の恋愛」っていうのは、それこそ存在しないんじゃ
ないだろうか。

「恋愛」に理想とかはないのかもしれない。

誰が決めるわけでもないし。誰かがそれを判断するものでもない。
恋愛をランクづけすることは意味のないことのようにも思えるのね。
自分が恋愛していたらそれはそれで充分。

そのときそのときの恋愛を、そのときそのときの好きな人を、
おろそかにしないよう、自分の気持ちを大切にしていれば十分なのかも。

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2005年11月26日 (土)

大切な人の幸せ と わたし

ある人が 言った

『大切な人の幸せが
必ずしも自分の幸せではないことがある』

分かる気がした

頭ではそう願っていても
気持ちがそうでないことがある

大切な人の幸せを願うとき
自分にとって それがちょっと淋しいものであったり
つらいものであったり せつないものであったり
だから 自分の気持ちを抑えないといけないこともあったり

その人を大切に思うのであれば 
今日の日が 少し淋しくても ちょっとだけつまらなくても

その人の時間を大切にしてあげること 
笑顔で送り出すことが わたしができるせめてものこと

わたしは わがままだから ずるいから
それは十分わかっているから
そんな自分がとっても嫌だなーって思ったりする

わがままなんて いえるわけないから
わがままな思いは 許されるわけないから
そんな嫌な部分を 覆い隠して
せめて わたしは いい人でありたいと 思う
ほんとは 自分勝手なところばかりなのに

そして
その人の 気持ちに 負担をかけてはいけないと
その人の 幸せや自由を 妨げることをしてはいけないと
それとは矛盾した 自分の気持ちに 重石をのせる


なかなか バランスが 保てなくて どうしようもない自分

おおげさね バカなのかしら

あー、なんだか しずみがち
 
気まぐれに こういう状態のときがあるから 気にしないで

ごめんね

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2005年11月25日 (金)

とらんぽりんごっこ

高いところは苦手な私ですが、
子供の頃はトランポリン遊びは大好きでした。

(トランポリンがとりわけ高いところ、というわけでもないけど・・・)

しかも運動オンチな私でも飛び跳ねることぐらいはできましたから
大好きな遊びのひとつでした。

ぴょーん ぴょーん ぴょーん!

とはねて飛んで遊ぶだけで面白い。

今思えば、なんという単純な・・・って感じもするけど、
なんであんなにぴょんぴょん飛ぶのが楽しかったんだろう・・?

でも、床や地面で飛び跳ねてもたいして面白みはない。

トランポリンみたいに
びょーん びょーーーん びよよーーーーん
って高く高く飛ぶのがきっと面白かったんだろうな。
ふわっ ふわって 感じも面白くて。

私には兄弟はいなかったけど、従妹のみーちゃんとは
時々トランポリンごっこして遊んだな。

ぴよーん ぴょーん ぴよーーーーん ぴよよよーーーーん!

わー♪ おもしろーい! 高く飛び跳ねてる~!!

ぼよーん ぼよーん ぼよーーーーん ぼよよよーーーーん!!

ワー♪ あはは あはは!!

たのしい たのしい!! もっと もっと~ とべとべー!!

びよーん! びよーん!!  びよよよーーーーーーん!!!

遊び心も頂点にさしかかったとき

「こらー!! なんしよっとかー!! ベッドの上で遊ぶなー!!」

と私のお母さんの怒鳴り声。

そう、そこはトランポリンにみたてた ベッドの上。
すきあらば ベッドの上でピョンピョンやって飛び跳ねてた私。

今思うと怒られるのも当然よね。
子供ってどうして叱られるようなことしかしないのかしらね。
でもおもしろかったんだもの。ねー、みーちゃん。

お母さんに怒られてシュン・・・となってベッドを下りるのだけど
お母さんがいなくなれば 懲りずにまた

ぴょーん ぴょーん ぴょーーーーん!!

子供って無邪気よね。まったく。

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2005年11月24日 (木)

高いところが苦手です

私は高いところが苦手。

昔からなんとなく高いところは怖いので嫌だったのだけど、
遊園地の絶叫マシンだけは大好きだった。

でも今は前ほど乗りたいとは思わない。(単に年とったから?)
そうそう、でも遊園地は久しぶりに行きたいなぁー。

ところで、高いところに関係して苦手なのは

■手すりなどつかまるところがなくて下の見える場所。

  そんなに高い場所じゃなくても下を覗き込んだ瞬間、 落ちそうな
  気分にかられて怖いのよね。

  観覧車は密閉されているから大丈夫なんだけど、あれがもし
  ドアとかがなかったらもう失神よ。 幽体離脱してるかも??

  スキーのリフトとか、観光地や遊園地にあるリフトとかは絶対だめね。
  もってのほか!!

■下の階がまるっきり見えるような階段

  あれ何という名前の階段だろう??怖いというほどではないけど
  苦手だな。
  それに女性にとってはなんだか抵抗があるような・・。
  スカートじゃなくてもね。

■小学校の校庭にある、うんていの上を歩かされること

  身軽な度胸のある子はひょいひょいとうんていの上でも軽々と渡って
  いくのだけど、私はよつんばいになって、足ガクガクさせながら
  ここでも涙目になって体育の時間がんばりましたよ。

  そして渡り終えて降りるとき、体の向きを変えるのがまた
  すごく恐ろしくて・・
  まあ、今となってはそういうことをすることがなくなったから
  いいんだけどね。
  ・・・ここに例にあげるほどでもなかったかも。

■エスカレーター(下り)

  これはもう怖い。降りれないことはないけど怖い。
  子供の頃、ばあちゃんに連れられてデパートに行ったとき、下りの
  エスカレーターに乗ろうとして、足のタイミングが分からずに躊躇
  していたら、ばあちゃんがそんな私に気づかずに先に乗って下って
  いってしまったことがある。
  
  「ばあちゃーーーーん!!」と下りのエスカレーターの前で、
  一人だけ下っていく後姿のばあちゃんに向かって泣きながら
  叫んだのをよく覚えている。

  ばあちゃんは振り向いてみてビックリ仰天。
  ついてきているものと思っていた私がはるか上の方で立ち尽くしたまま
  下りれずに泣いているのだからね。
  
  それから大人になったけど、未だに下りのエスカレーターには
  躊躇する。

  足を出すタイミングを考えるとなぜか緊張感に襲われて、その間に
  エスカレーターの何段かを見送ったあと、ようやく足を出してのる、
  という具合。

  後続の人にしてみれば、はた迷惑な私よね。どんくさいよね。

  先日はショッピングセンターの上りエスカレーターで、上りだからと
  抵抗なく乗ったんだけど、両手に結構荷物抱えてて、それを
  握りなおそうと手すりから手を離したとたん、買い物袋をひっかけて
  いた指と袋の紐がからまった感じになり、それだけでパニックに
  なりました。

  なんだか背中からそのままマトリックスのようにブリッジポーズで
  落ちていきそうな感覚に襲われてしまって・・・。

  だから私はなるべく遠くてもエレベーターを使うのです。

  バカみたいでしょ。

なので、ジャングルジムも一番上まで登ったことがありません。

屋根の上に座ってギター片手に歌を歌うなんて、そんなこと絶対
できません。(そういう光景ははるか昔のドラマだけ??)

なんで怖いんでしょうねぇ・・・。

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2005年11月23日 (水)

笑顔のうら

笑顔の裏には 

たくさんの涙のあとがあるんだね

いつも見せている優しい笑顔には

たくさんの痛みのあとがあったんだね

だから素敵な笑顔があるのかもしれないね

いつも笑顔だから ちっとも分からなかった

悲しみとか苦しみとかいろんなものを
背負って 乗り越えてきた
そうやって 自分を乗り越えた跡だったんだね

わたしも 自分のちからで 乗り越えて
あなたのように すてきな笑顔に なりたいな

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2005年11月22日 (火)

わたしの中の もう一つのアルバム

もう一つのアルバム わたしの中に
だれも見ることもない だれも知ることのない
もう一つのアルバム

ほんのちょっとの時間でも ほんのわずかなひとときでも
大事な時間 大事な思い出 

大した出来事ではなくても 大きなイベントでなくても
そのときそのときが わたしにとっては 記念

そのアルバムは きっと限りがあって
永遠に増え続けていくことは ないだろう

1ページ 1ページ 増えていっても いつかは
終わりのページがくるだろう
それ以上ページが増えることはないだろう

だから わたしは
1ページの中に できるかぎりの たくさんの
小さな瞬間瞬間を 大切におさめたい

たくさんの たくさんの 小さな記念を わずかな瞬間を
1ページにできるだけ すきまなく びっしりおさめたら

その1ページが もっと もっと たくさんのページになるように
1ページでも多く残せたらと わたしは願う 

せめてもの 時と 思いを いっぱい詰め込みたい

そして そのアルバムには 
淡い思いと 甘い涙を 一緒におさめることになるのかも

せつない色の 大事なアルバム
だれも見ることのない 見せることもない
わたしの中の もう一つの 大事なアルバム

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2005年11月21日 (月)

自分の足で前に進むこと

生きていくことはたやすいことじゃない。
生きている時間が長くなればなるほどその実感が強くなる。

マラソンだって登山だって苦しいけど、それに挑む人たちは
自分と戦いながら それでも何とか 自分の足で歩いたり走ったり
登ったりしているんだと思う。

苦しいけど、きついけど、その向こう側には何かがあると思うからね。
そしてそれは誰かと競ったり戦ったりしているわけでもなく、
自分のペースで自分の力で進んでいるということ。
自分自身と戦っているということ。

私たちは誰かを救うことはできないけど、支えてあげることぐらいは
できる。
結局は自分の足で進むしかないけど 支えあうことで 声を掛け合うことで
その足の力の入り方は どれだけちがうだろう。

一緒に進みましょう。
立ち止まってもいいと思う。振り返ってもいいと思う。
休憩だって必要だしね。

立ち止まって ひと休みすると 少しは疲れはとれる。
疲れが癒えたら また少し進もうかと思えてくる。

全速力で一気に走りきってしまう人もいれば 途中途中歩きながら
休み休み自分の体力を考慮しながら行く人もいる。

速さはどうであれ、走り方 歩き方はどうであれ、とにかく
前に進んでいく。
そして向こう側にある何かを得る。

それの繰り返しなのかも。

前に進むのには不安や疲れや苦しみも引き連れていかなければ
ならないけど、それが余計に重しとなって自分の前進の妨げに
なったりもするけど 皆そうやってそれぞれの道を歩いている。

背負うものの重たさや それを支える足の強さは 
人によってちがうけれども それは仕方がない。
とにかく自分の足で歩くしかないのだから

だからせめて人と人とが支えあって
一緒に進む仲間がいると思えば 少しは安心できるのでは
ないだろうか。

歩く道や 目的とするところ 向かう方向はそれぞれ違っていても。

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2005年11月20日 (日)

おしごとウーマン劇場☆私の説明はどうだった?

              【私の説明はどうだった?】

      4koma_he8_11

      4koma_he8_22

    4koma_he8_33

   4koma_he8_44

  ある仕事の中で質問されたので、私は親切丁寧にいきさつを
  説明した。

  アイツはとりあえず私の長い説明をふんふんと聞いていたのだけど
  「へ~へ~」と言いながら、となりにあったプリンターをタンタンタンタン・・
  と叩いたあと
  「今のは8へぇ~ですね」と涼しげな顔で言った。

  予想外のリアクションにいささか困惑したおしごとウーマンであった・・

  

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2005年11月19日 (土)

朝日に魅せられる日常の瞬間

最近は一段と寒さが増してきましたね。
日が暮れるのもめっきり早くなってしまって会社から帰る頃は
もう真っ暗。
会社帰りに夕焼け空を見ておセンチになる・・・
ようなこともなくなってよかったのか物足りないのか・・。

そのかわり、朝日が昇るのを見かけるようになりました。
朝7時ごろ洗濯物を干したりするのですが、ちょうどその頃
東の空がオレンジ色に染まっていて太陽が出かかっている時間。

朝ってすごくバタバタしているのだけど(私がもう少し早く起きれば
いいだけなんですけどね)、そんな朝の太陽と朝焼けの空を見ると
その美しさに思わず手が止まって、しばらく見とれちゃってます。

夕日とは違って、朝日は「これから昇る」「世の中が明るくなる」という
イメージがあるのでそれほど意味もなくウルウルしたり、おセンチになる
ようなことはありません。

朝の冷たくて澄んだ空気の中で、はるか遠い東の方の山の稜線から
昇る太陽。

なんだかエネルギーを感じます。なんだか、「ちょっとした希望」めいた
ものを感じちゃったりします。
朝の光のエネルギーがそう感じさせるのでしょうかね。

慌しい朝の時間の中、ささやかな感動によって一瞬だけ自分の中で
時間が止まります。

昇りたての朝日を見てしばらくうっとりするものの、数分後にはハッ!と
我に返り、いつものようにドタバタと会社に行く準備をして7時45分には
家を出ます。
朝の5分10分はあっという間にすぎちゃいますからね。

化粧も一応しておかないとね。見苦しいからね(笑)。
すっぴんじゃ周りに申し訳ないからね。
迷惑防止条例に触れるとまずいですからね。

でもこんなに慌しい日常だからこそ、ときには一時停止して「無」になる
時間も必要なんじゃないかと思うのです。

       Dscn1228_2

   Asahi_dscn1233

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たくさんの

今日は(日付け変わっちゃったけど)、楽しい時間を過ごせました。

美味しいものを食べておなかいっぱいになりました。

楽しい時間をすごして気持ちいっぱいになりました。

感謝しても感謝しきれないほどです。

こんな自分勝手でつまらないヤツで、私こそ自己中心的で
人のことを考えてないような、まったくずるいヤツなんだけど

なんて言っていいか分からないけど
感謝の気持ちでいっぱいです。

いろんなことや、いろいろ思っていること、いろいろ言いたいこと
書きたいこと、たくさんある。

いろんな気持ちをたくさん伝えたい。
ここに書けないけどでも書きたいことがたくさんある。
言葉で表したいけどなんていっていいのかわからないことも
山ほどある。

だからここには、とりあえずたくさんの感謝の気持ちを
書きとめておくことにします。

ありがとう。

本当に言いたいいろいろな本音の本音は、結局自分の中に
留めておくしかないのよね。

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2005年11月18日 (金)

母性をもち 父性をもとめる

『母性』
私は女 一応ね
だから母性本能ってものがあると思うの

守ってあげたい とか 甘えさせてあげたい とか
抱きしめてあげたい とか わがままきいてあげたい とか
優しさで包んであげたい かいがいしく世話をやきたい

とか
そう思うのね

『父性』
私は女だから 父性ってものは
ほとんど持ち合わせていないのね
だから父性を求める部分があるような気がする
お父さんがいなかったから 余計にファザコンなの

守ってほしい とか 甘えたい とか
抱きしめてほしい とか わがまま言いたい とか
優しく包んでほしい 淋しいときにかまってほしい 
とか 

・・・あら?
母性としてしてあげたいことと
父性として求めていることって
もしかして同じ? 表裏一体?

要は
甘えたいし 甘えられたいのかな
依存したいし 依存されたいんだろうな

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2005年11月17日 (木)

カエルちゃんの片思い

  Dscn1197_kaeru_caple_2

 好きにもいろいろあるんだな。

 淡いのや濃いの、軽いのや重たいの、 鮮やかなのやセピア色の、
 近いの遠いの届かないの、HAPPYなのや切ないの、
 少しだけやたくさんの、 硬いのや柔らかいの、 
 消えちゃいそうなのや強く燃えているもの・・・

 好きなものもいろいろあるんだな。

 あの人この人、あれやこれ、それやなに、どこになに、なんやそれ、
 それそうとう、とうがらし、らっしゃーいたまえ ・・・ん?しりとり?・・

 せっかくの可愛いカエルさんの今日の片思いブログが・・・
 癒されて切なくていじらしくて・・のはずだったのに。

 くだらない終わり方でごめんなさいね。
 

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2005年11月16日 (水)

事故を見かけた朝

今朝通勤途中、バイパスとの大きな交差点で事故を見かけた。

事故直後だったようで、反対車線に白い車が止まっていて
普段止めないような場所に変な向きで止められていたので最初は
不思議に思った。

事故かなと思ったすぐ後に前方に女性とおじさんが、かがみ込んでいる
のが見えた。その2人の足元には、バイクと、倒れて仰向けになって
痛そうに苦しんでいる若い男性が見えた。

おじさんはかがんで男性の様子をうかがいながら携帯で電話をしていた。
たぶん救急車を呼んでいたのかもしれない。
通りすがりの人のように思えた。

もう一人かがんでいた女性は、おそらく脇に止めてある白い車を運転
していた人と思われ、その倒れているバイクの男性と衝突したのかも
しれない。

女性は顔面蒼白でかなり動揺した様子で倒れている男性に必死で声を
かけているようだった。

信号待ちで止まっている車も、私と同じく青信号で直進する車も
何ごとかと、通り過ぎる一瞬の間にあらゆる状況を把握するかのように
でも車をそんな大きな交差点に止めるわけにもいかず止める場所もなく
どうしていいかわからないまま皆、車の流れに逆らえず心配げに
通り過ぎていった。もちろん私も。

その残像が頭に焼きついたまま、恐怖の余韻が残ったまま車を走らせて
いると、救急車が前方からサイレンを鳴らして、私が来た方へ向かって
通り過ぎていった。
きっとさっきの事故の現場へ向かっていたのだろう。

男性の苦しそうな表情と女性のおろおろした狼狽ぶりが今でも脳裏に
焼きついている。

その二人はそれぞれ朝からいたっていつものように、何の変わりばえも
なく、いつもの道を何気なしに通っていただけなのかもしれないのに
予期せぬことで大きな事態に、しかも悪い事態に変わったその瞬間。

朝のすがすがしい時間、一日の始まりのはずの時間が、その人たちに
とっては、最悪の、恐怖の、恨めしい時間に急変する。
その時間のその出来事を境に、明らかにその人たちの明日が一変する。

それがもし自分だったらどんなに最悪なことだろう。
どうしたらいいのか分からずに、ものすごくパニックになっていただろう。
明日からの生活が変わっていただろう。
今日起こった悪夢のような出来事をできることなら抹消してしまいたいと
思っただろう。

いつも通りに時間を過ごせることがどんなに大事なことだろう。
ありがたいことだろう。

いいことはそんなになくても、最悪のことが起こらないだけでも
それだけでもいいことなのかもしれない。
だから少しぐらいついていなくたって、嫌な気持ちになることがあったって
きついと思うことがあったって、最悪なものよりましかもしれない。

それにしても、車やバイクを運転するときは皆さん十分気をつけて。

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2005年11月15日 (火)

おしごとウーマン劇場☆どっちがやる?

               【どっちがやる?】

    4koma_janken1

    4koma_janken2

    4koma_janken3

    4koma_janken4

    なんだか周りのキャラ ネタにしすぎ??
    でもリアルな日常があるからこそ リアルなネタが満載。
    なんでもない普通のことでも 見方を変えれば
    立派なネタに早変わり ・・っと。 
    まるで料理人だね。 しかも大衆食堂の三流料理人ってとこかな。

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2005年11月14日 (月)

こんにチワワ♪

お隣の家で飼われているチワワのまりんちゃん。

とってもちっちゃくてちっちゃくて可愛いの。

今日、買い物に行こうと玄関のドアを開けたら、まりんちゃんが
うちの玄関ポーチにいて、シッポを振りながら私をジーッっと
見つめてました。

私もまりんちゃんのつぶらなまなざしに くぎづけ・・・。
動きが一時停止してしまいました。

ホントにあのアイフルのCMに出るオッサンのよう・・。

ハッと我に返り、「まりんちゃん♪おいで♪」と かがんで
手を差し出すと、シッポどころかお尻を振って小刻みに喜びを
表現して私にまとわりついてきたのね。

そして、寒くなってきたせいか、まりんちゃんには水色の毛糸の
チョッキを着せてあって、それがまたとってもキュート♪

以前は一般的に犬に服を着せてあるのを見ると、「犬に服なんか・・」と
思っていた方だけど・・うん似合う!まりんちゃんは特別似合う!!

ドナルドダックが服を着ているのと同じで、まりんちゃんは
水色の毛糸のチョッキをきた方が余計に愛らしい。

でもよくよく見ると、前足の片方が袖に入ってない。
途中で脱げたのか、着せるときに袖に通しそびれたのか・・・。

まるで 『遠山の金さん』 状態。

しかも袖に通ってなくても全然気にしていない様子。
気持ち悪いとかそういうのなし?? 片足出てるよ。

まあ、子供だって靴を右左逆に履いていてもちっとも違和感なさげに
走り回ったりしてるしね。

それにしても、とっても可愛いまりんちゃん。

「一人でウロウロしているの?」

と犬だと分かっていながら思わず声をかけてしまったのだけど、
お隣りの家の庭先で、おやっさんが

「まりーん、まりーん、おい、どこ行った??ん??どこだ??」

と探し回っていたのを見て、「うちに来てますよ」 と言うと
「おおーっ、まりん!!そんなところに行ってたのか!!」と、
誘拐犯から我が子を保護できた親のような、そんな安堵感いっぱいの
表情で、急いでうちの玄関先までまりんちゃんをお迎えにきてくれました。

おやっさんは

「どうも すんませんねー! ははは!!」 と照れ笑いしながら
まりんちゃんを小脇に抱えて自分の家に帰っていきました。

とりとめもない日常話なんだけど、あまりにもまりんちゃんの可愛さと
服の袖に片足が通っていないのが可笑しくてここに書いちゃいました♪

        Tiwawahensyu

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2005年11月13日 (日)

のろのろ運転でも大丈夫♪

元気がないときだってあるけど
ちょっとでも元気が一番

でもやっぱり
いつも元気ってわけにはいかないのね

むしろ いつもいつも 常に元気だったら
それはそれで怖くない?
疲れたりしない?

Highなテンションはそう続けられるものじゃないよね

私なんて 回転数低めだから 高速運転は慣れてないの
すぐにガス欠
パワーがないの 自分の車と同じでね

だから ときどき休憩 
エンジンを休めて ひとやすみ

Lowなテンションでも大丈夫
低速運転でも大丈夫

のろのろ行っても ちゃんと着くから
だれかがそう言ってたよ

休み休み行っても ちゃんと着くよね
だからそう思うようにしたよ

だから 自分のペースでいこうかな ね?

でも人に迷惑かけない程度にね

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2005年11月12日 (土)

大人になって何が変わった?

子供のころの瞳 
心から笑っていた 澄んでいた 輝いていた
汚れのない瞳だった

子供のころの笑顔
嘘偽りのない笑顔だった
豊かな心を持ち合わせていた

それが

輝きを失い よどんだ瞳に変わっていったのはいつからだろう
嘘と偽りを おぼえたのはいつからだろう
豊かな心に 穴が空きはじめていったのはいつからだろう
夢と希望が 失望と諦めに変わっていったのはいつからだろう
生きていることがHAPPYだったのに 地位と金を得ることが
幸せだと錯覚し始めたのは いつからだろう

こんな歪んだ 矛盾だらけの 社会に 足を突っ込み 
全身どっぷり浸かってしまって
本当の幸せが何かを見失ってる

嘘と偽りだらけの うす汚れた社会に どっぷり浸かったけど
それでも 自分だけは 染まりまい 流されまいと 
心に強く思い 毎日をやり過ごす

そんな汚れた嘘だらけの社会や組織だと分かっていつつ
諦めと嘆きの中で 悶々としながら 生活という土壌の中で
いろいろなものや感情や価値観に固められつつある私は 
現実と自分の信念との狭間でどうにか折り合いをつけて
ここまできている

それが大人になってしまった今の私

子供じみた部分がたくさん残っているくせに 
子供の幼稚さだけを残したまま

そういう大人特有のエゴと偽りと諦めだけは
一人前に身につけてしまった

所詮それも自分への言い訳
そんな言い訳で自分を無理やり納得させ 
今の自分の状態を正当化している

子供から大人に変わりながら 
何か大事なものも変わっていったのだろうか

子供の頃に持っていた 大切なものを 

できることなら取り戻したい

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勝手な大人たち 

子どもたちの瞳 子どもたちの笑顔

いつのときでも どこの国でも
その豊かで愛くるしい まなざしは 世界共通 不変のもの

そんな子どもたちの笑顔に
私たちは 微笑み返しながら

うしろめたい気持ちになる 切ない気持ちになる
やりきれない思いになる 心がつんと痛くなる

あんなに 豊かな心と 清らかな瞳を 持ち合わせているのに

愛に飢えている
食糧に飢えている
病気に苦しんでいる
戦争で肉親を失い 絶望に満ちている
一人ぼっちで食事をしている
体の傷より 心の傷が痛いと叫んでいる

小さな体に そんなにいろんなもの 背負えるはずがない
幼い心に そんなにいろんなもの 耐えられるわけがない

大人は悪いやつ
大人は愚かもの

子どもが 幼くして 
苦しむのは  飢えているのは 心に傷を負うのは

全て 大人のせい
全て 大人のエゴ

そんな自分も 愚かな大人のひとり

守られるべき子どもたちが 愚かな大人たちによって
望みもしない不幸を 背負わされる

そして 幼い心と体は傷を負う

瞳が 輝きから 闇へと変わっていく

それを知りながら 分かっていながら
こんなこと 偉そうに言う 

大人は勝手だよ

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2005年11月11日 (金)

あふれるほど・・感謝の気持ち

昨日は自分の誕生日ってことでブログに書いたけど
なんだかまるで

「今日はyaccoの誕生日です。だれか祝ってください」

といわんばかりに宣伝して、祝いの言葉を催促してしまったみたいで
ちょっと申し訳なく思ったりしてます。 
ずうずうしかったかしらね??って。

でも6月終わりからブログを初めて、せっかく誕生日にまで
こぎつけたから、ここは自分の誕生日について書こうと思ったのです。
多少・・・、1割くらい、宣伝も入ってたのは確かかもしれない(笑)。

いつもは自分から「今日は誕生日よ!!」なんて言って周らないし
だから毎年フツーに、何事もなく、何も世界が変わるわけでもなく
11月10日っていうだけで過ごしてきたのだけど、今年はブログで
記事にしたこともあって、今までになく皆さんからお祝いのメッセージを
もらいました。

それから携帯メールにもメッセージいただいたりして、今年は本当に
嬉しく思ってます。

私はもうピチピチの女の子時代を過ぎてしまったので(自分で言うのも
むなしいが・・)、洋服やバッグとか「これ」がほしい!!というものが
ありません。アクセサリーもとりわけ私には不要だし・・。

いえ、女の子じゃなくても、いくつになっても人によっては、欲しいものが
何がしか、あるのかもしれません。
欲しいものがあるのが普通だと思います。

ちょこちょことした日用雑貨とかで欲しいものは何なりとありますが、
誕生日とかいうイベント時にもらうような「欲しいもの」って、私の場合
ないんですよね。

だから、私にとっては「モノ」よりも「気持ち」の方がすごく嬉しかったり
します。
いえ、きれいごととかカッコつけているわけではなく、本心でそう思います。

こうやってブログを見てくれている人や身近な人や大切な人が
「おめでとう」って言ってくれることがどんなに嬉しいことか。

私なんかのためにわざわざ、ちょっとした手間と時間をつくってくれて
そう言ってくれることが、その気持ちが何より嬉しいのです。

今日も会社で
 「何もあげられるものがないけど、これで我慢してください」
と“玄米飴”をもらいました。

えーーー、玄米飴かよー! しかも一個!!

・・・なーんてことは全然思ってなくて(ホントに)、「おめでとう」と
たったそれだけの言葉がとても嬉しく思えるのです。

大げさかもしれないけど、私にかけてもらえる言葉と気持ちが
とてもありがたいのです。

なにもいらない。 

欲しいものはないといったら嘘になるけど、ほとんどなにもいらない。

しいていうなら 「時間」 「楽しい時間」 「自分だけの時間」。

所詮、無いものねだりなんだけどね。
でも「無い」から欲しいの。 ただそれだけ。

話がそれちゃったけど、そういうことで昨日はたくさんの人から
たくさんの暖かい気持ちを受け取りました。

皆さんの優しくて暖かい気持ちと言葉がとても身にしみて
ありがたく思えます。

感謝の気持ちがいっぱいであふれそうです。

本当にありがとう。
よかったら、これからもよろしくお付き合いください♪

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2005年11月10日 (木)

Happy Birthday To ワタシ♪

今日は誕生日 この世に私が生まれた日

私が ちっちゃなちっちゃな あかちゃんで
お母さんとつながっていたへその緒とバイバイした日

それが 毎年誕生日を重ね 年を重ね
こんなに大きくなりました
こんなに年をとって大人になりました
中味はまだ子供の部分が多いけどね

今となっては 年をとるのも 誕生日を迎えるのも
ちっとも うれしくないけれども

せっかく ブログを始めたことだし
今年は 自分で自分にメッセージ送るよ

この世に生まれてこなきゃよかった とか
この世に生まれてよかった とか
そんな大そうなこと 真剣に思ったことはないけど
多少 いきおいで 衝動で そう思ったことは
あったかもしれないけど

今 こうして改めて思うと
つらいことも 嫌なことも 悲しいことも 苦しいことも
腹が立つことも イライラすることも やりきれないことも
切ないことも たくさんあったりして 
生きていくのは ほんとに大変 

私はこうやって ここに生きているけれど
この世を見せてあげられなかった命のことを思うと
決して消えることのない罪に胸がとても痛む

それでも 毎日毎日 一日一日を どうにか繰り返し
乗り越えたとはいえないけど 
ここまで なんとかやってこれたのは
私の気力 周りの協力 
いろんなものと共存しているという
ひとりだけど ひとりじゃないんだという 
そんな安心感 

そして 
悪いことばかりじゃない ささやかな喜び 楽しみ 笑い
私にとっての 大切な人たちが いるから
こうして ブログで励ましてくれる人たちが いるから

私はこうして いつも通りに 
平凡だけど ごくごく普通の人生だけど
なんとか生きています

これからも 平々凡々に 生きていきます
年はとりたくないけどね

決していいことばかりじゃないけれど
私を生んでくれたお母さんにも感謝しないとね
ごくごくわずかな確率で 
この世に生まれてきたんだからね
何か意味があるんだろうね

よくないこともたくさんあるけど
その分 誰かと解りあえたり 支えあったりして
人の優しさやぬくもりを感じることもできる

だから
よくないことのおかげで 
いいことが生まれたりもするんだ って
そう思うようにしたよ

大変だけどね
これまで どうにかしてやってこれたから
これからも なんとかしてやっていくよ

この世に誕生した この日 11月10日は
記念すべき 私の始まりの日

だから 私から私へ お祝いのメッセージ

Happy Happy Birthday to ワタシ ♪

あーあ、またひとつ年をとっちゃったわ・・・

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2005年11月 9日 (水)

楽しい時間

楽しいと思う時間は
ほんのちょっとで とても短く感じる 
あっという間に終わる

そうでない時間は その反対

楽しい時間が たくさんあると 楽しさが薄れてしまうのかな
楽しい時間が ちょっとしかないから 楽しいと思えるのかな
楽しい時間が あっという間に終わるから 貴重な時間に思えるのかな

楽しくない時間が たくさんあるから
その中から生まれる ほんの少しだけの楽しい時間が 
すごく楽しく思えるのかな

でも 時間の短さだけじゃないかもね

その時間を過ごす人にもよるのかも

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2005年11月 8日 (火)

こどもたち 瞳と笑顔

子どもたちの瞳
心から笑っている 澄んでいる 輝いている
汚れなき瞳

子どもたちの笑顔
生きていることそのものがHAPPY
止むことなき笑顔

どこの国でも いつの時代でも
子どもの瞳の 清らかさは どれも等しく そして永遠

戦争が起こっていようとも 貧困な地に住んでいようとも
子どもの笑顔の 力強さは どんなときでも生に満ち溢れ
そして豊か

そう 心はとても豊か それが子ども 世界中どこでも

その澄んだ子どもたちの瞳は 
私たちに無邪気に微笑みかける 
たくさんの愛と永遠の平和を語りかける

夢 希望 愛 平和 未来 

幸せの象徴

私たち大人は その象徴を 守る義務がある

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2005年11月 7日 (月)

不精ひげに弱いんだな

男の人の不精ひげ

わざとのばしているひげじゃなく
無造作にそのままになった不精ひげ

疲れた感じ 男の哀愁 男の色気 

私の勝手な連想 

思わず ずりずりしたくなる
そんな私は変ですか?

無造作に不精ひげ生やしている人をみると
ずりずりしてみたい衝動にかられるの

これって変ですよね 

もちろん 不精ひげの人に 誰それかまわず ずりずり・・・
なんて そんなことしませんよ

そんなことしたら まるでセクハラ女ですからね 

最近は こぎれいな つるんとした男顔も多いけど

私は やっぱり
不精ひげを不精に生やした顔もいいなと思う

なんだか いつもの よそ行きの顔とは違う
飾り立ててない ありのままの 素の顔を 素の内面を
見ているような そんな感じ

そして なんだか ちょっと 
疲労感ただよう 苦労感 苦悩感ただよう
そんなところに 人生の苦労と哀愁を垣間見るような

苦労をしてきた人は 痛みがわかる 心に味がある

そんな苦労感を感じさせる 不精ひげ

「ひげ」なのに 「かげ」がある?
「ひげ」だから なんか「よさげ」?

かなり大げさだね

私が勝手に連想しているだけ 勝手にドラマをつくっているだけ
男の人にそういうイメージを 求めているだけ

もちろん 何の意味もなく 生やしているんだろうけどね
剃るのが面倒だからそのままになっているんだろうけどね

でも勝手に イメージさせてもらうよ

だから なんだか 男の人の不精ひげには 弱いんだな

でも あまりにもクマのようにボウボウなひげは好きじゃない
カッコつけてわざと生やしているひげは 
ワタシのずりずり衝動気分の対象外

たまたま剃り損ねた さりげない うっすらの不精ひげがいいの 
わがままだね フェチかもね 

男の哀愁と色気ただよう不精ひげ

うーん、マンダム♪ 古いか・・

自分でも 相当変だと思う・・・

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2005年11月 6日 (日)

おしごとウーマン劇場☆だるまおとし

          【だるまおとし(ノロバナバージョン)】

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       4koma_norobana22

    4koma_norobana33

   4koma_norobana44

うちの職場のノロバナの彼、あんまり幸せそうだからネタにしちゃった。

結婚式では厚底のシークレットシューズをはくらしい。

すべてがハッピーだから これくらい 笑って許してくれるよね♪

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2005年11月 5日 (土)

スポコンなワタシ

私は 運動が苦手。からきし苦手。
スポーツコンプレックス。「スポ根」じゃなくて「スポコン」。

子どもの頃の通知表では 唯一体育だけが「2」。
色黒だったから スポーツできるように見えるのか、いつも
「水泳やってそうだね」 とか 「テニスやってるの?」 とか
言われていたのだけど、実は 運動オンチ。ヘタッピ。

逆上がりできない、跳び箱飛べない、走ればビリかブービー
クラスマッチでは足手まとい、水泳の飛び込みは足からバッチャーン
キャッチボールではのび太なみのドンくささ

なんで こんなにできないんだろう。
なんで できる子はあんなにできるんだろう。
同じ年なのに。同じ背格好なのに。

って、いつも思ってた。

体育の授業でバスケットがあったときも
あの動きの早さと、ボールを奪う激しさにはついていけなかった。

たまたま なんでかボールを私にパスされて受取っただけなのに
そのボールを奪おうと数人の子たちが、ものすごい形相で
私めがけて駆け寄ってきて、力ずくでボールを奪い取る・・

人からモノを奪う女の執念を垣間見た感じ・・・・

「ひぃぃーーーー!!」

そのときのボールを奪い取った子たちの形相がものすごく怖くて
ボールをあっけなく奪われた私は涙目になってその場に立ち尽くして
いたっけ・・(笑)。
子どもの頃に経験した、あのときのちょっとした恐怖は
今でも忘れられない。

クラスマッチでバレーボールがあったときも、相手チームの
サーブボールがまずいことに私に向かって飛んできて、
でくの棒のように突っ立っていた私は
「あらら??もしかして私が拾うんですかね??」 と
動揺しながらもレシーブ!

・・・のつもりが、

ボヨォーーーン!!

あさっての方向に飛んでった。

チームのみんなは 振り返って私を見て 『あーあー・・・』
そんな表情。気まずい雰囲気・・。
はるか後ろに虚しく転がっていくボール・・・。


会社に入ってからもスポコンを実感すること少々。
会社のレクレーションとかでスポーツがらみのイベントがあったり
するのだけど、まだ私が入社して間もない頃、全社あげての職場対抗
ドッジボール大会があったりしたときも・・・・。

そのとき、まだうら若き新米のワタクシ、あまり気乗りはしないものの
ドッジボール大会にでることに。。
まあ若さというノリで多少は楽しむつもり、やる気がなかったわけでは
ないけれど・・・

いざ出たら、もう、よその職場のお局系の勝気なオネエサマや、いかにも
元体育会系だったスポーツウーマン方の、ボールを人に向かって投げる
マジ顔とその勢いったら!!

外野のオネエサマたちの間で飛び交う、魂の入ったボールの威力がもう
怖いのなんのって!!

「ひょぇーーーーー!!」

ここでも、邪魔者を排除しようとする女の執念を垣間見たって感じ・・・。

ボールをキャッチするどころか、ヘッポコ姿勢で逃げまどうのが
精一杯のyaccoでしたよ。


こういうとき負けず嫌いで粘り強い性格だといいのだろうけど、
私は小心者だし、臆病者だし、根性もないし、すぐあきらめるし
活発じゃないし、その上兄弟もいなかったせいか、競争という場面には
そんなに慣れていなくて・・

だからこんなになっちゃったのかな。

運動能力、反射神経はもちろんのことだけど、性格的なものも
それに対して適・不適があるのかもしれないね。

逆にそういう、性格的なものを改良することを目的にスポーツさせる
っていう考えもあるとは思うけどね。

スポーツで活躍している人、輝いている人、すごくうらやましいな。
心からすごいと思うな。それこそ自分との戦いだものね。
だから、私自身は運動嫌いでも運動オンチでも、スポーツで頑張って
いる人を見ると尊敬するし応援したくなるんだな。

でも、今は嫌いとかなんとか言ってる場合じゃなくて、もっとスリムに
なるために、健康維持のために運動しなきゃいけないのだわ!

・・・そう思うんだけどねー・・・
思うだけで終わるんだよね・・・

なんてったって 自慢じゃないけど 運動オンチなんだから。

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2005年11月 4日 (金)

私以外のyacco

いつでもヒマ人のワタクシなのですが、今回のヒマつぶしは
インターネットで「yacco」を検索してみました。

ほー、結構あるんですね。

いろいろあったのですが、「yacco」で出てきた主なもの、
私的に印象に残ったものは次のもの。

■YACCO…石油/オイルメーカーの社名
■Yacco…スタイリスト 高橋靖子さん。
       Yaccoは高橋靖子さんが使っているニックネーム
■ヤッコプロ…イラストレーターのヤッコさんのHP。
       これは私としては見逃せませんでしたね。
       ちなみにURLはコレです。
       私ではないヤッコさんのイラストはさすがプロだけあって
       とてもカワユイ♪
       そしてヤッコプロアシスタントチワワの「うに」くんが
       とってもキュート♪♪ よかったら是非見てみてください。

その他は、私のようなシロウトさんが「yacco」というニックネームで
ブログやHPを開設しているものが結構いくつかありました。

うーん、同じブログで「yacco」と名乗っている人が複数いるとは複雑・・。

でも私の下のなまえは 「やすこ」。

小さい頃から 「やっこちゃん」 と呼ばれてきたので、ここはやっぱり
譲れない。

今さら “やっこちゃん” と呼ばれることは、もはや
なくなってしまいましたけどね。年的にさすがにキビシイでしょ。

今ではせいぜい 「ヤッコさん」 か 「やすこさん」、あとは名字で呼ばれる
ぐらいですかね。

そういえば、子供の頃 「やっこちゃん」 以外に呼ばれていたのは
『ちびくろサンボ』。

ニックネームとか言う上等のものでもなんでもなく、ただの「あだな」。
子供の頃は地黒の上に、すっごく日焼けしていて、背も小さかったから
いつのまにか男子とかから そういう風にからかわれていた。

まあ、今も色白じゃないし、背も高くないし、昔の名残は引きずって
ますけどね・・・。
でも今さら 『ちびくろサンボ』 って呼ぶ人はいないでしょう。
今となっては差別用語にもなりますからね。

話がそれちゃいましたね。
「ヤッコ」 は平仮名でもカタカナでもよかったけど、携帯メールアドレス
なんかもずっと「yacco」で通してきたから、どこかの知らない何人かの
yaccoさんとダブっていようと、私はyaccoを使わせていただきたいと
思います。

私以外のyaccoさん、まぎらわしくてごめんなさいね。

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2005年11月 3日 (木)

幸せの象徴

夕暮れ時 おばあちゃんの背中に赤ん坊
ちょっと風が冷たく感じる帰り道

家庭では 夕食準備にとりかかる あわただしい時間
街には 帰宅を急ぐ 車の往来 

そんな中で 
道端で見かけた おばあちゃんにおんぶされた赤ん坊

おばあちゃんの背中はあったかいね
おばあちゃんの子守唄がきこえるね
気持ちよさそうに 眠っているね

まわりが 騒々しくったって あわただしくったって 風が冷たくったって
ちっとも気にならないよ

世の中が 汚れていたって 険しくったって 矛盾していたって
ちっとも気にしていないよ

おばあちゃんのぬくもりの中だもの
優しさと安らぎの中だもの
深い愛に守られているもの

世の中がどういうものか 人生がどんなものか まだ知らないんだもの

おかあさんは もうすぐおしごとから帰ってくるんだろうね
おばあちゃんと 待っているんだろうね

あわただしい夕暮れ時の あわただしい世界の中で

おばあちゃんに おんぶされて安らかに眠る赤ん坊
ふんわり やわらかな幸せに包まれて
いったい どんな世界の中にいるのかな

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変化

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夕暮れから夜に変わる瞬間

闇夜から朝に変わる瞬間

明から暗へ 暗から明へ

空の色が変わる 雲の表情が変わる
景色が変わる 

活動も変わる
人の動きが変わる 車の流れが変わる
街の光景が変わる

そして私たちの心も 
すこしだけ変わる すこしずつ変わる
人の心は流動的

明るさが変化するように 明るくなったり 暗くなったり
温度が変化するように 暖かくなったり 冷たくなったり
静けさが変化するように 騒々しくなったり 静かになったり
鮮やかさが変化するように 華やかになったり くすんだり 

喜び 悲しみ 苦しみ 楽しみ 怒り 憂い 迷い
動揺 困惑 感動 憂鬱 不安 満足 自信 嫌悪 安堵 憎悪

いろんな感情が 入り混じって
そのときどきで 変化して

だから
心は流動的 
心は変わっていくもの 
心は戻ったりするもの

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2005年11月 2日 (水)

気まぐれな自分

私は気まぐれなところがあります。
別の言い方すれば 気分屋?

B型だから?それだけではないと思うけど。
(またまた他のB型の皆様ごめんなさい)

動物に例えてみた場合 ネコかイヌか どちらのタイプか
というと自分ではイヌのような気がします。

気まぐれなんだけど ネコ じゃなくてイヌ。

中には ネコとかイヌじゃなくて 俺はタコ、っていう
人もいるかもね(笑)。

イヌタイプだという根拠はたいしてないんだけど。
少し怖がりで警戒心強い割には ワンワン吠えて
シッポふってるような。
寂しがりだから 人がくると嬉しいのだけど
なんだか警戒して でもシッポふりながら
ウー、ウー、ワンワン 言ってみちゃう、みたいな感じ?

ひとたび なつくと信頼して易々とついていっちゃうところもあり?
そして自分が信頼するご主人様のために奉仕したいという部分を
多少もっているような。自分で言うのも変だけど。
(とはいってもMの方だとかそういう意味じゃないですよ(笑))

なので、「気まぐれなイヌ」タイプとでもいいましょうか。

話がそれちゃったけど、そういう気まぐれなところが
あるせいか、自分のブログを見ていても、なんだか
そのときそのときの気分次第で内容バラバラ。

一貫性がないし統一性もないし路線はいろいろ混じってるし
気分や書いていることもその日その日で全然違うし
よくもまあ、これだけバラバラなものを書くよねーって自分で
思ったりしてます。

これも気分屋で一貫性のない雑種な私の性格からきているもの
なんだろうな。

自分を表現してみると

  『ときには笑いの好きな根暗なオタクでたまに詩や散文を綴って
   みるようななんちゃってカメラマンなんだけど素人マンガ&イラストも
   描きながらブツブツ愚痴や文句を言うエッセイストもどきな
   おセンチ系おしごとウーマン』

みたいな(笑)。 こりゃすごいね! どんな人なんだ?

要はどれも極めていない中途半端な雑種人間?

まぁ、こんなワタクシですが、これからもたぶん
その日その日で和洋折衷なブログを書いていくと思いますが
よかったらちょくちょく見てやってください。
(いつまで続けられるかなぁ・・?)

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2005年11月 1日 (火)

ささやかな願望

不届きものなのでしょうか
ぜいたくなのでしょうか
無いものねだりなのでしょうか
欲張りなのでしょうか
ずるいやつなのでしょうか
愚かなのでしょうか

ちょっと 聞いてもらいたいだけです
少し なぐさめてほしいだけです
今このとき 頼りたいだけです 甘えたいだけです

なにもいらない なにもほしいものはない
そういったら 嘘になるけど

ほんのちょっとだけでいいのです


だから 

眠れない夜は

夜空にむかって 語るのです

夜空に語りかけるぐらいだったら
許されるのでしょうから

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