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2005年9月30日 (金)

カエルのつぶやき

Kaeru2005_2_1

 ・・・ちょっと手抜きかな。

 ブログを始めて3ヶ月が経ちました。
 コメントいただくようになってとても嬉しく思っています。
 
 いろいろ思うこと考えることがありますけど 
 これからも私なりに なんとかやっていこうと思っているので 
 またよかったらブログにお付き合いください♪

 

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2005年9月29日 (木)

今日は だらだらブログ

なんだかねー、やたらに元気がなくなる時ってありませんか?

何もしたくないというか、やる気が起きないというか。
何かに特別落ち込んでいるわけでもないけど、何だか気が滅入ると
いうようなこと。

仕事も今ひとつ面白みがない(面白みはなくて当たり前なのだろうけど)。
毎日が単調。

学生時代のときは、一日の過ごし方も日替わりで違っていて
例えば大学などで受ける講義も、朝いちからあるときもあれば
午後の講義しかなかったり、そういう時は昼近くまで寝ていたり
バイトも夜毎日だったり、土日フルで出たり、短期間のものを
いくつかやってみたり、今思えば毎日が同じ、ということはほとんど
なかったように思えます。

そういえば、合コンなどもよく行きましたねぇ~。
私の場合、合コンから彼氏に結びつくような成果は一度もなく、「未満」に
終わってしまった経験が何度かあった程度です。
気が合いそうで合わなかったんですよね。

あ、話が横道にそれてしましましたが、とにかく社会人になる前の
学生時代というものは、それなりに変化も刺激もあって、
それに加えて 生活する上でのプレッシャーはなくて、バイトもそれほど
責任や任務という意識付けはなくて、気楽なものだったように思います。

今思えばね。

それが、社会人ともなれば 更に何年か経験を積んで中堅以降になれば
余計に新鮮度もなくなって、生活も変化がなくなり単調な毎日を過ごす
ことになって、なんだか無気力感や虚無感でいっぱいになるときが
あるんですよね。

毎日残業ばかりで仕事に追われてそういうことも考える余裕もない
くらいに慌しければそう感じたりしないのでしょうけど。

だからといって、毎日残業ばかり仕事ばかりも疲れ果ててしまうの
ですけどね。

だから仕事と私生活の ほどよいバランスと変化というものは必要
なんだなあーって思います。

何か大きな心配事があればあったで苦痛だし、何もなければないで
たいくつで面白くなかったりするし、時間がなさすぎても余りすぎても
どっちも不満だったりするし。

人間というものは油断するとすぐ「負」に吸い寄せられちゃうんですよね。
やっぱりそれだけ欲深っていうことなのでしょうか。

私もここのところずっと低迷中なんですけど、職場にも調子の出ない人が
いて、私としては なんだかちょっと心配だったりもします。

確かに面白くないんですよね。仕事とかその他いろんな面で。
分かる気がします。私もそうですから。
うちのグループの仕事自体もちょっと低迷気味ですからね。

そして、私なんて特に 大勢の仲間とどわーっと騒ぎたい! とか
スポーツやアウトドアしたい!というタイプではないし

お酒を飲みに行くとしてもやっぱり 大勢でバカ話して騒ぎたい派!
ではなく、気心知れた人と少人数でしんみり飲みたい派。。。
なので スカーッと発散できるわけないのかもね。

今となっては異様に高いテンションを要するイベントものは
ちょっと苦手になってしまいました。
昔はそういうノリも結構嫌いじゃなかったんですけどね。

あ、でもお笑いは今でも大好きなんですけどね。矛盾してますかね。

また横道にそれてしまいましたが とにかく
なんだか くさくさするとき うだうだするとき ってありませんか?
おまけに イライラ ムカムカ モヤモヤ クヨクヨ なんてのも・・  

ありますよね?
ないですかね?
ホントにないですかね?
あるんじゃないかなぁ~?(無理やり自分に同感させようとしてますね)

・・・今日はそんな テンション下がりまくりの
    だらだらブログでした。

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2005年9月28日 (水)

遅ればせの敬老の日

この二週間、連続で3連休のところは結構多かったのではないでしょうか。

なので、週明けに会社に出てみると、なんだか真っ黒に日焼けしている人
が多いこと。特に男性ね。

ゴルフに、レジャーに、運動会に、夏が終わっても秋の始めの方は
屋外に出かけることも多く、日差しもまだ強かったりするので
かえってこの時期日焼けして、季節はずれの「夏男」が増えてます。

私は連休といっても、いつものごとく自慢できるようなイベントはなく、
ショボイお休みでした。

あ、そうそう、でも、先週土曜日(24日)には、またばあちゃんに会いに
行ってきました。今度は従妹のみーちゃんも一緒に。

ちょっと遅ればせの「敬老の日」だったのですけどね。

みーちゃんは、ずいぶん久しぶりにばあちゃんに会ったようで
「ばあちゃん、私のこと知ってる?」と聞くと
 ばあちゃんは、ちょっとだけ考えた様子だったけど
「うん、しってるよ。みーちゃんでしょ」
 と笑顔で答えてくれたので、私とみーちゃんは
「おー、すごいねー、よかった~」

などと言って、あたりまえのようなことに感嘆したりして
なんだかほのぼのと、ゆったりとした時間を過ごしました。

みーちゃんが
「ばあちゃん、いくつになった?」と聞くと
ばあちゃんは
「ん? 八十八歳だよ。八十八歳。」と答えてました。

この間、私が遊びに行ったときは
「ん?九十歳だよ。」と答えてたのだけどね(笑)。

それに米寿のお祝いをしたのは、もう何年か前だから 
九十を超えているのは確かなんだけど、そんなのいちいち気にする
理由は何も無く、何か都合が悪いわけでもなく、誰に迷惑かけるわけ
でもないから、ばあちゃんは今日は八十八歳ということでいいのだ。

   私もいっそのこと「あたしは二十歳だよ」なんてたまには
   言ってみようかな。
   かなり無理がありますけどね(笑)。

小高い丘の上にある、日当たりのいい老人擁護施設グループホーム。
名前は「グリーンヒル」。

入所者10人弱のおじいちゃん、おばあちゃんたちが集う清潔で広くて
明るい共用のリビングルーム。
大きなガラス窓から見える秋の木々や草花。窓から入り込む暖かで
穏やかな日差し。
親切に面倒見てくれる優しい笑顔のヘルパーさん。

そして、リビングでテレビを見たり、テーブルやソファで会話をしたり、
自分の部屋でなにやら呪文のようなものを唱えてたりして 
面々に好きなように過ごす おじいちゃん、おばあちゃんたち。

その中にいると、時間の流れる速度が いつも過ごしている時間の感覚と
全く違うので、ちょっとした異次元にいるような錯覚に陥ってしまいました。

そして、その中でばあちゃんはゆっくりと時を刻んでいるのだなあと。

頭の中も、私たちのように あわただしくめまぐるしく考えたり思ったり
悩んだりせずに、ゆっくりと 空白のスペースを保ちながら 
一時停止しながら コマ送りしながら 時を刻んでいるのだなあと。

帰りにはまた一緒に写真をとりました。今度はみーちゃんも一緒に。

私たちが来たことはまた直ぐに忘れてしまうのだろうけど、
私たちの存在はいつまでも忘れてほしくないからね。

「ばあちゃん、またくるからね」といって帰ろうとすると、
 ばあちゃんは、
「またおいでね、またおいでね」といって
 私たちの手をとり握手をしました。

その手の力強かったこと。

ちょっと乾燥気味で 筋力がすっかりなくなってしまった ふわふわの手
だったけど、握り締めたその手の力強さは、そんな老いとは全く正反対の
ばあちゃんの生命力のようなものを感じました。

次に会うときは、ばあちゃん何歳になっているんだろう。楽しみだな。

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2005年9月27日 (火)

続・会社組織って

会社組織について私のイメージ、ドラマでもよく描写されてたりする
会社組織のイメージ、そして自分の会社の中にいて感じたことを前回
書きました。

そして、それに対してコメントをくれた人たちの内容を読んでまた
さらにいろいろと思ったので、調子にのってほんのちょっとだけ続編を
書くことにしました。

私の会社は割と規模は大きいのですが、大きいがゆえに、何かあるたび
に組織編成がしょっちゅう繰り返されていて、今はなんだか余計に複雑
でまとまりのない組織になってしまっているようです。
やたら管理職のポストが多いし・・。

でもコメントでもらって共感したのが、小規模のファミリー経営的な会社。
私の身近でもそういう親族で会社経営しているほんとに小さい会社に
勤めている人がいるのだけど、それはそれでもう公私の区別がついて
いないところが同じですね。

「社有車」という名目なのだけど、社長一族の誰かがマイカー同然で
乗り回しガソリンなどの維持費はあたりまえのように「経費」。

そんなのはごく一部。そうゆうのって、なんだか感覚が麻痺してしまって
ますよね。

そして、それは社長を始め偉い人や地位や権力のある人、その人個人の
性格がどうこう、っていうより、その地位や立場にいることがそうさせている
のだろうって思うのです。

だから、社長さんやその他お偉いさんたちは、当たり前だけど利益重視、
その中でも、私利私欲が最重視、になってしまっているように思えてすごく
嫌悪感抱くのだけど、もしかして、自分も万が一、そういう地位のある立場
についたら、もしかしたら同じように私利私欲に冒されてしまうかもしれない
汚れたことや少々不正なことも平気になってしまうかもしれない、そう思っ
たりもします。

だから私は偉い人になりたいだとか、大金持ちになりたいだとかは
思いません。

そこそこ、ほどほどの領域にいられたらそれでいいと思ってます。
偉くなってしまったら、大金持ちになってしまったら自分の人間性が
変わってしまいそうですものね。

まあ、でも心配するほど、自分の身分が高くなることは絶対あり得ない
ですけどね(笑)。

どんなに仕事に熱い人で、「いいや、俺は理想の会社を作ってみせる」と
嘘偽りのない気持ちで夢を描いたとしても、いざ社長とか経営者とか
最上部の地位を得てしまったら、やっぱりその尊い精神は少々崩れ去って
うす汚れていくことも結構あるんじゃないかと思ったりもするのです。

だから、私たちから見て本当に「理想の会社」なんてほとんどないんじゃ
なかろうかと私は思います。

大手企業だろうが中小企業だろうが、株式会社だろうが有限会社だろう
が製造業だろうが流通業だろうが、店舗経営だろうが、従業員に心底
誠実で従業員のためを思う優しい会社なんてほとんどないんじゃないかと。

たとえ悪意があるわけじゃなくても、会社として生き残りがかかっている
から、従業員にも痛みが伴うのは当然だったりもするから、従業員に
とって100%満足のいく理想の会社なんてあるとは私には思えません。

あとは、そういう何らかの欠点がある会社に、自分がどこで折り合いを
つけて、どう割り切ってその会社と自分が付き合っていくか、なのかも
しれません。

人によって、重視する価値観が違いますので、給料重視だったり、休日や
福利厚生重視だったり、仕事の内容重視だったり、人それぞれ会社の
良し悪しを判断する基準は当然違うと思います。

なので、会社に対して不満はいろいろあってもそれが妥協できる範囲の
ものか、どうしても我慢できないものなのか、給料さえ毎月もらえれば
あとは不問だ、とかいうのは自分で慎重に判断するしかないのかも
しれません。

だって、理想の会社なんて、たぶんどこにもないと思われますから。

今の時代、こんな景気の良くない時代、公務員が一番いいよね、
という声も聞きますが、さてそれはどうなんでしょうね。

将来的にはやはりいいのでしょうかね。

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2005年9月26日 (月)

会社組織って

会社の中って 組織の中って ちょっとした政治の世界に似てる

“派閥”とはっきり確定づけるものはないけど
それによく似たものが存在したりする

そしてこんなところもなんとなく似てるような

駆け引き けん制 批判 地位と名誉 思惑 野望 競争
ごますり パフォーマンス 癒着 表と裏 本音と建前
根回し ぬけがけ

「日本をよくするため」「国民の幸せのため」という政治

「会社の利益をあげるため」「会社の生き残りのため」
「世の中に貢献するため」という会社組織

偉大なる誇り高い目標をかかげながらも、せっせといそしむのは
自分の立場と地位を守ること

全部が全部そうじゃないけど そういうのを感じさせるもの結構多い
組織が大きければ大きいほどそんな世界を感じるのかも

少なくとも 自分のいる会社に対しては そう思うことがある

上層部 いわゆる私たちの知るところのない管理職やお偉い方たちの
間ではいろんなものが とぐろをまいているのだろうか

結局は 自分が勝つか負けるか 上にたつか お払い箱になるか

それだけの重圧と任務を背負っているのだから 
私たちにない世界があって当然のこと

だけど なんだか うす汚れた世界に見えるのはなぜ
嘘とだまし合いが見え隠れしてみえるのはなぜ

たとえ自分の立場を守るためであってもいい
たとえ自分の利益だけを求めるためであってもいい
私もそういう部分は少なからずあるから

だけど ご立派で偉大なるスローガンと実際の思惑との
ギャップが大きすぎるから 末端の平民である私たちにとっては
それが うさんくさく思えたりするのね

その偉大なる目標のために 皆一丸となって努力し合い 尊重しあい
協力しあい 時にはぶつかり合いがあっても 
それが真剣なるものであれば それはそれで 素晴らしくも思える
立派にも思える

でも実際は 自分の立場やテリトリーやプライドを守るために
批判しあい 協力することを拒み 外面のよさだけを保ち 
自分の限られた守備範囲と地位が安泰であればそれでいい
面倒なことや 自分の立場が脅かされるようなことには 目をそむける
そして次元の低い事柄だけに固執し 平は皆振り回される

そういうちっぽけな部分が大半を占めている それが大組織の現実

政治家や組織の上層部になればなるほど
今いる場所が 高くなればなるほど 転落しないように
あるいはもっと頂点をめざして せめぎあう
地位と名誉とプライドと引きかえに何か大切なものを忘れつつあっても 

悪いところばかりじゃないんだろうけどね
彼らも必死にやっているんだろうけどね
生活もかかっているから仕方ないんだろうけどね

私からみたら なんだか それが滑稽にみえたりもするんだよね
会社の中の現実社会を垣間見たりするんだよね


所詮わたしなんて組織に対して無力なんだけどね
なんだか やるせないことが 多いのよね

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2005年9月25日 (日)

heavy な私

私って重いよな・・って思うことがよくあります。
重いって、体重のことではなく、(でも最近ちょっと増加気味ですがね)
内面的に重いような・・・そういう自覚。

吸湿剤に水分がたまったとき、スポンジに水を含ませたとき
重くなるでしょ。とってもウェットで重い感じ。あれみたい。

かといってそればかりかというとそうでもなく、おもしろおかしいユニークな
ものも大好きで、笑いのセンスもすごく重要だと私は思ってるのですが、
基本的にやっぱり私は重いのかもしれません。

これは性分なんですね。きっと。

子供の頃からそうでした。

私は母と二人で過ごしてきたせいか、最初から父親の存在なんて
知らないままだたせいか、物心つきはじめた頃周りの友だちと比べて、

“うちは何か違う”、“もしかして私の境遇は一般的な家庭環境と違う?”

などと感じるようになりました。
子供ながらにいろいろとあれやこれや考えるようになりました。

ちょっとしたことでも敏感に感じ取るような、過剰に反応する
ような、そんな風に、私は周りと自分を常に比べている子でした。

その昔は「離婚」とかはまだ少なかったのだと思いますが、どこも両親
そろっているところがほとんどで周りには「片親」なんていう境遇の子は
あまりいませんでした。

今は「シングルマザー」とかいってその響きがちょっと柔らしくなりました
が、私の頃は「片親」「母子家庭」という、ちょっと差別まじりの表現で
しか存在しなかったので、余計にコンプレックスを感じていました。

でも、そんな 世間一般的にみたら「可哀想」「暗い」「寂しい」ように見える
自分の環境を、周りからそっくりそのままそう思われるのが嫌だったので、

そしてそういう自分の環境を、そっくりそのまま自らそう認めたくなかった
のでだから学校では、友だちとおもしろおかしいことを言って笑って過ごし
て自分の「引け目」を打ち消していました。

おもしろおかしいことのおかげで、その瞬間だけは幸せを感じることが
できるので、いつも友だちと訳もなく笑ってはしゃいでいました。
嫌なことや家での淋しさもすっかりその瞬間は忘れることができました。

だけど子供の頃の写真を見ると、心底楽しそうな笑顔の写真はひとつも
ないことに後で気づきました。

ですが、たとえそうであっても、私にとっては「笑い」「ユーモア」は
重要なアイテムであり、今もそういう感覚が私の中にあります。

先日、吉本ばななの本「TUGUMI」があいにく本屋になかったので
代わりに「キッチン」を買って読みました。

なんだか共感することが多くて、ちょっとじんときました。
私の場合、小説のような とりわけ綺麗なものでも、はかないものでも
ないのだけど、言葉の表現とその感覚というのは私に通じるものでした。

  『本当に暗く淋しいこの山道の中で、自分も輝くことだけが
   たったひとつ、やれることだと知ったのは、いくつの時だろうか。
   愛されて育ったのに、いつも淋しかった』

  『彼女たちは幸せを生きている。どんなに学んでもその幸せの域を
   出ないように教育されている。たぶん、あたたかな両親に。
   どちらがいいのかなんて、人は選べない。
   その人はその人を生きるようにできている。幸福とは、自分が
   実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ』

自分が悲劇のヒロインになった気で感傷にふけるつもりはないのだけど
やっぱり今の自分が何かと「重い」のは、そして「笑い」にこだわるのは、
子供の頃の影響なのかもしれません。

こういう私の「重たさ」が人を重苦しくさせているのかもしれません。
のしかかられると重たいから避けられるのかもしれません。

私はすぐに気持ちが増して、増量して、膨らんでいってしまうので
やっかいなのです。自分で自分の気持ちを持て余しています。
そんな私に困っています。

自分の中の重たさをもって人にのしかかる。
決して自分が軽くなろうとしているつもりじゃないのに。
そんなつもりじゃないけど、無意識にそうしているのかな。

重たいのが苦手な人、ドライな軽いテイストが好きな人、
辛気くさいのが嫌いな人、私にのしかかられると困る人、

「重い私」でなんだかごめんなさいね。

そして記事がめちゃくちゃ長くなっちゃってごめんなさいね。

勝手にあやまりたくなっちゃいました。heavy級のyaccoでした。

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2005年9月24日 (土)

バカ女

私はバカ女です

バカ バカ バカ バカ バカ バカ・・・・

そう思うとき  時どき

そして

私はダメな女です
あーダメだ  ダメだ ダメだ ダメだ ダメだ ・・・・

そう思うときも しばしば

いえね、自分のことは大切にしているつもりですよ

でもね、自分のことを ときに思いっきり 
愚ろうしたくなる時があるんです

自分のことを 思いっきり 
さげすみたくなる時があるんです

思いっきり泣いたら ちょっとだけすっきりするように
思いっきり自分を愚ろうしたら ちょっとだけ落ち着くのです

そうやって自分が楽になるすべを きっと知っているのでしょう
人は自分が楽になるすべを 本能で知っているのでしょう

だから自分のことを バカだ ダメだ と思うことで
もしかしたら自分を慰めているのかもしれません

でもホントに 
私って 何だかバカみたいよね なんてバカなんだろう
って思うことがあるんですよね
虚しくなるときがあるんですよね

何やってるんだろうってあきれることがあるんですよね

仕方ないですけどね 

そうゆう時もありますよ

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2005年9月23日 (金)

はるか下の方に 炎の海

私は 高い場所に立っている

下を見下ろすと 炎 
火の海 燃え盛る炎
真っ赤な 熱く 煮えたぎる炎

ごうごうと わらわらと 燃える炎の海

何もかもを 飲み込んで 燃やし尽くしてしまう
何もかもを 炎で包んで 焦がしてしまう 溶かしてしまう

熱い熱い 熱気が 私の足元まで 押しよせる たちこめる

下を見下ろすと 炎の海 
どろどろと 炎は勢いを増し 燃えつづけている
とどまるところを知らず 弱まることもなく 
盛んに 真っ赤に 激しさを増し

こっちに飛び込んでおいで と
その炎は 無情にも私をそそのかす

私は高い場所が嫌い

落ちそうで怖いから 
落ちたらどうなるんだろうという衝動に駆られるから

だから
今 ここに立っていると
熱い炎の海に 落ちてしまいそうになる
足をすべらせなくとも 
燃える火の海に 自ら飛び込みたい衝動に駆られる

私は怖い

炎の海が怖いのではなく 
飛び込みたい衝動に駆られることの方が怖い

燃えて溶けて焦がされるのは分かっているのに
熱くて痛くて苦しくなるのは分かっているのに

足もとの はるか下のほうにある 熱い火の海に 
引き込まれそう 吸い込まれそう 
炎に包み込まれてしまいそう

私の中の 炎の海

はるか足もと下のほう
私は立ち尽くし それを見下ろしている
足もとに 漂う熱気が すでにとても熱い

ここから離れなくては

でも熱い炎に惹きつけられて 一歩も動けない

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2005年9月22日 (木)

ひとりよがりの応援団

ひとりよがりの応援団
勝手に応援団をつくってる

団員? 応援団といっても団員は私だけです

誰の応援団かって? それは

友だち 家族 親しい人
ブログ上で支えてくれている人たち
悩んでいるひと 自分と闘っているひと 
思わず応援したくなるひと 
いろいろ  みんな 

そして何より 私が大切に思う人 好きだと思う人

元気のないときには 元気づけてあげたい
困ったときには 助けてあげたい
悲しい気分のときには そっと見守りたい  一緒に泣きたい
何かに怒っているときは 私が吸収してあげたい
倒れそうになったときは 私が受け止めてあげたい

私には 応援することぐらいしかできませんから

そんな勝手な応援団   団員は私だけ

だれからも頼まれてないのにね
あんまり度がすぎるといけないから

さりげなく応援するよ さりげなくね

   でもわざわざブログで書いているところが
   あつかましいかもね

そして そんな余裕をみせる私でも
ときにはちょっと弱くなるから
いいえ、ホントは弱いとこばかりだから

私がSOSを出したときには
どなたか助けてくださいませ

ひとりよがりの応援団 yacco でした

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2005年9月21日 (水)

せつない気分のときは CHARA

最近いつもよく聞いている音楽は 「ゆず」と「ケツメイシ」。

いつも前向きな気持ちでいたいと思っているから、これらの曲を聴くと
なんだか前向きな気分になれます。ちょっと元気になったりもします。
切ない気持ちとか共感できる部分もありますけど、基本は前向きなところ。

私は気に入ったものを、飽きずに繰り返しそればっかり、というたちなので
毎日通勤途中の車の中などで聞いているのはいつもそれオンリー。

でもそれ以外に、たまに、ときどき聞くお気に入りの音楽というのもあって
気分屋の私は、気が向いたら「セカンドお気に入り音楽」に変えてみたり
します。

そのひとつがCHARA。

なんだかここ数日無性にCHARAが聞きたくなったのです。

CHARAは“可愛い色気”というものがあって、キュート。
それでもって、せつなさがあふれています。

こんな私でも、まだ乙女ちっくな部分や子どもじみた部分があって
なんだかせつない気分のとき、とっても&すごく甘えたい気分のとき、
女の子になりたい気分のとき(ちょっと無理があるけど・・)などは 
私はCHARAを聞きます。

夜眠るとき普段音楽は かけないけど、ゆうべはなんだかとっても
センチメンタルで眠れないワタクシでしたので、枕もとにCDラジカセを
置いて、久しぶりにCHARAを聞きながらようやく眠りにつきました。

でもねぇ やっぱりなんだかせつない時は感傷的になってしまって
CHARAの歌声とブルースな曲調が余計にせつなさを増すというか。
またもや涙がでちゃいました。感傷的になりすぎですかね。

でもそんな気分のときは思いっきりそんな気分に浸ってもいいかな、
なんて都合よく思ったりしてね。

せつなさでほろりときちゃいそうになりながら、ほんのり甘い気分に
なりながらCHARAを聞いて、そんな自分にすっかり酔いしれちゃった
のでございます♪

なんだかこんな自分のことが我ながらおかしくなるんだけどね。

たまにはいいのよ。

たまにはいいよ♪ CHARA。


   そういえば、昔はシンディ・ローパーも好きでよく聞いていたな。

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2005年9月20日 (火)

朝から なぜか 涙

わけもなく涙がでます
いいえ、わけは自分でなんとなく分かっています

なんとなく分かっているけど 涙の方が先に出てしまいます

なんとなく分かっているのだけど 自分でもよく分からない と
言ってしまった方が 手っ取り早いのです

夜のほうがしんみりしがちなのだけど
今日は朝から会社へ行く車の中で なんだか 涙がでました

車の中で鳴る音楽が 余計に私を憂いに誘う

音楽を聞くことで まぼろしを見る 
思いは遠く空の向こう
その思いが まるごと虚しさに変わる

空の向こうだから 届かない
手を差し伸べても 届かない

すべてがまぼろし

これが現実

自分の気持ちが空回りしています
虚しく空回りしています

だから涙が出たのでしょうか


だけど 会社に着いて仕事を始める頃には
そんな思いも 心の引き出しにきちんとしまって 
一時的に忘れることにしましょう

涙のわけを 忘れることにしましょうかね

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チワワとおやっさん

うちの右隣のおうちに住んでるおとなりさん。

ちょっと体格がよくて濃いコッテコテのおやっさんと、人当たりのいい
小ぎれいな奥さん。
そして高校3年のお姉ちゃんと、その下には男の子と女の子の双子の
兄弟。

そのおとなりさんが最近犬を飼い始めました。
とってもとっても ちっちゃい チワワ。色は茶色。

しかもまだ子供だから とってもとっても とーってもちっちゃい。
CMで見るのとまるで同じで 瞳としぐさがとってもキュート♪

おとなりさんは そんな可愛いチワワを家族全員でとっても
可愛がってます。

夕方も、私が6時すぎに仕事から帰ってくると、家の前をお散歩。
体がちっちゃいから、たぶん家の周りを一周するだけで十分な
運動量になりそう。飼い主は楽かもね。

今日は休日。
 (またも日付かわっちゃったけど・・更新が12時すぎたりして遅いもの
 だから・・・)

平日よりちょっと遅い起床でまだテンションの上がらない私は、
洗濯物を干すためにベランダに出たのですが、そこでふと家の前の
道路を見下ろすと、おとなりのおやっさんが目につきました。

おやっさんは楽しそうにチワワを連れて家の前で戯れていました。

そしてそばには背の高いノッポの息子くんもいて、楽しそうに
おやっさんと一緒にチワワと遊んでいました。

休日の朝のすがすがしい太陽の光のもとで、とってもとってもちっちゃい
キュートなチワワと戯れる大柄のコッテコテおやっさんとノッポの息子。

なんだかその光景が微笑ましくもあり、そのギャップが愉快でもあり
洗濯物を干す手が思わず止まっちゃいました。

男の人もすっごく動物可愛がるんですねぇ。やっぱり日常のストレスが
多い分、動物によって癒されることが往々にしてあるのでしょうね。

私も子供の頃から犬や猫などの動物は大好きだったので、そういう
光景を見るとやっぱり欲しくなってしまいます。

でも私の場合仕事でずっと朝から夕方まで家にいないので、動物を
飼っても幸せにしてあげられないような気がして断念しています。

寂しい思いさせちゃうからね。きっと。犬とかは特に感情持ってるから。

それにしても あのおやっさんだったらチワワよりブルドッグっていう
イメージなんだけどな(笑)。 失礼かな。

Tiwawa

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2005年9月19日 (月)

さりげなく 秋

もう 秋のおとずれですね。

まだまだ暑いときもあるけれど 朝夕は少し涼しげで
心地よい風を感じます。

今日は ちょこっとドライブに行ってきました。(日付かわっちゃったけど)
山の方へ。

いつものお気に入りの場所を越えて。

そして そのまたずっと、もっと奥の方へ。

狭い山道。 林のトンネル。

狭いアスファルトのぐねぐね道を MYチョロQ号で スイスイ♪
ときにはヨロヨロ・・・ 対向車にいきなり出くわしてヒヤヒヤ。

しばらく続く狭い道の林のトンネルに 差し込む木漏れ日。
車の中に入り込む ひんやりとした 秋の匂い。

林のトンネルを抜けると フロントガラスからまぶしい光が降り注ぎます。
世界がぱぁーっと明るくなるように 私の心にも キラキラと、ぱぁーっと
光が差し込んだような気分になります。

ん~  秋だねぇ~♪ 気持ちがいいねぇ~♪♪

そして ぶらーっと 散策。

ちょこっと見つけた さりげない秋を 
シロウト&なんちゃってカメラマンのyaccoが収めてきましたよ。

彼岸花です。赤いのがたくさんありました。
白いのはたまたま見つけました。

    050918higanaka_1

  050918higansiro

  くりです。いがぐり。つんつんしたいげが『クリ』だね。

    050918igaguri

  かきです。木になっている青い柿。

    050918kaki

  秋とは関係ないけど、きりかぶ。年輪がきれい。

    050918kirikabu

  これまた秋とは関係ないかもしれないけど、何の花?実?
木にたわわとなってました。

    050918akaimi

  これまた秋とは 全くもって かけ離れた 場違いの写真なのですが、
私の愛しのチョロQ号の後姿。
どうでもいいですね(笑)

    050918tyoroq

  前回はうっかり日付が入ったいかにもシロウトな写真でしたけど
今回は日付をちゃんと外しましたよ。
ちょっとだけレベルアップ?

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2005年9月18日 (日)

いじ

いじ 

「維持」

維持することは難しい

普通を維持することは 難しい

気持ちを維持することは 難しい

壊れないように 壊さないように 維持するのは 難しい

人は 刺激を求めて 安らぎを求めて オアシスを求めて
もっともっと楽しいものを求めて

普通では物足りないから
今 この現実から抜け出したいと思うから
寂しかったり 辛かったりするから

普通でないものを 求めたりするのかも

だから 維持することは 難しい

普通で居続けることは 難しい

普通の中に幸せがあるのかもしれないのに

でも気持ちは普通でいることの方が少ないから

それを維持することは難しいのね

生活が 壊れないように 壊さないように
自分の心が 壊れないように
自分の心が よそへ行ってしまわないように

維持することは 難しいのね

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2005年9月17日 (土)

ノロバナで ごちそうさま♪

私の職場の同じ課の男性がめでたく結婚することになりました。

以前記事に書いた「初婚にして二児のパパになった同期」とは
別の男性です。

彼は30代後半。前回の同期とは違って(?) ちょっと、いや結構
オタクな男性。

彼女がほしいとかなり以前から異常に切望していて、合コンという
合コンには足しげく通っていたようです。

合コンでの結果については詳しく聞いたことはなかったけど、今まで
彼がずっと独身でしかも彼女なしでここまできたことでだいたいの
察しはつきますが。

その彼がついに結婚。

彼になかなか彼女ができない、いや彼女は絶対無理だろう、と周りから
言われていた彼が一足飛びに『結婚』。

しかもその“彼女”とやらが写真で見せてもらったけどすごく!
綺麗な人!!ほんとに綺麗!

だから、そりゃあもう、職場中、よその部門の関係者皆の衆の間に
一大旋風が巻き起こりましたよ。

最近は『電車男』がブームだからそれにあやかっているのだろうか
などとみんなの反応は様々に著しくビックリ仰天ものでした。
まさしく彼女は“エルメスたん”ですよ。

彼は、彼女のことを話したいにも関わらず、結婚式の招待状を
配るまでは秘密にしていたようで、結婚を公表してからはそれはもう!

ダムが関をきったみたいに彼女との話をたくさんするする。とめどなく。
ナイアガラの滝のように。大規模。ドドーッと。

それからは毎日がノロケ話。
略して『ノロバナ』。(隣の席のアイツがそう言ってた)

そのノロバナをする彼の表情ったらもう幸せそのもの♪
ニッコニコの満面の笑みで嬉しそうに、こっちが聞いてもいないことを
自分から事細かに話してくれるから、つられてニヤニヤしちゃうのよね。

隣の席のアイツも最近よくニヤニヤしてるから、「あー、さては
向かいの席の彼からノロバナ聞かされてるな」とすぐに分かるのね。

まあ今までいろんな人のノロバナは聞いたりしたけど、彼ほどの
アツアツ、ラブラブのピンク色のオーラが実際に見えるようなノロバナは
めったにないなと感心するほど、幸せいっぱいバラ色の人生を彼に
感じました。

結婚を公表してから、かれこれもう2週間ほどになるのだけど
ほぼ毎日彼はいろんな人に彼女のノロバナをしています。
さすがに最近は周囲もちょっと聞くのにも疲れて、ノロバナ聞かされ
ながらちょっと顔が引きつりぎみ、苦笑気味。

それにしても、こんなにラブラブで嬉しそうな彼を見ていると
日本は平和だねぇ~としみじみ思っちゃいました。

「ごちそうさま♪ おなかいっぱいでございます」 って感じかな。

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2005年9月16日 (金)

届きましたでしょうか

届きましたでしょうか

私が伝えたかったこと  とても伝えたかったこと
私が言いたかったこと  もっと言いたかったこと
私が思っていること  抱えきれないくらいにたくさん思っていること

遠い遠い空づたいに 夕暮れの空づたいに

風にのって 雲にのって 境界線をこえて

丸いオレンジの夕日にこだまして

少しでも 気持ちが届くといいな
いつか 気がついてくれるといいな
ちょっとでも 元気が出るといいな

思いは 空を越えるかな

私はいつでも応援しているからね

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なごりおしい

名残り惜しい

ほんのちょっとだけ名残り惜しい

もうちょっとだけ 話ができたら

もうちょっとだけ 一緒に笑えたら

夕暮れ時 人のにぎわい 車の流れ

家へと帰る分かれ道 パン屋の前の交差点

心の中でつぶやいた

バイバイ 気をつけてね

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真夜中の夢

真夜中に夢を見ています それもリアルな夢

違う世界にいる夢  これってアブナイですか?

違う世界の誰かと話している夢  これって誰ですか?

私の分身が近くにいて 分身と語り合っているような夢

やっぱりこれってアブナイですか?


夢なのでしょうか

夢なのでしょうね

夢とは思いたくはないけど

真夜中の夢だから

はかない真夜中の夢だから

朝になると消えてしまうから 光と入れ替わりに闇が消えていくから

その一瞬の 夢のひとときを 大事にしたいのね

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2005年9月15日 (木)

雨上がりの朝

雨上がりの朝

湿った透明の空気
草の匂い
乾きかけた水たまり
朝日を受けてきらきら光る夜露のついた草むらと地面
秋の始まりを感じる涼しさと朝日のぬくもり
ふわふわ飛ぶトンボ

いつもより流れの速い 会社敷地前の川

わけもなく ちょっとだけ泣いた後の翌朝は
こんなに透明な状態じゃないけど
きらきら輝いた感じでもないけど
 
でもほんのり湿った匂いと雰囲気は同じだね
乾きかけた水たまりの感じは同じだね

そして水かさの増した川の流れが
木々や草やごみや泥や何もかもを
一気に流してしまうように

悲しみや憂いや不安や苛立ちも
一緒に流れ去るのを期待しながら
雨上がりの透明な朝の光の中を歩いていく

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2005年9月14日 (水)

そのままで

誰もが強いわけではなく 弱い部分はたくさんあって

男だろうが 女だろうが 子どもだろうが 大人だろうが

弱い部分は誰にでもあって だから時には涙することもあって

皆かかえているものはいろいろあって 
心に秘めていることはいろいろあって
大切にしまっている思いも 悲しい過去も 切ない現実も 

誰もが持っている デリケートな部分 壊れそうな部分 弱い部分 

そして痛み

背負いきれなくて 倒れそうになりながらも
悲しみが大きすぎて 押しつぶされそうになりながらも

人前では何事もないかのように 
涙をみせずに 弱音をはかずに 必死に前だけを向いて
思いを胸にしまって 大事にしまって 

あたりまえの笑顔をつくる おどけてみたりする 
とりとめもない話題で心をまぎらわす

だから

弱い人間でもいい 強くなるのは難しいけど
弱い部分が優しさにかわる 痛みがいたわりへとかわる

そんなに強くなくてもいい 
悲しみや過去は捨てなくてもいい 無理に忘れようとしなくてもいい
むしろ 大切に心にしまっておけばいい 
引出しの奥に大事にしまっておけばいい 

それを含めた自分が今ここにいるのだから
過去や悲しみを全部ひっくるめたものが今の自分だから

強い人間でありたい そう思うだけで十分 願うだけで十分 
その深い思いが優しさとなり そして見えない強さになるのだから

泣きたくなったら 泣きましょう
つらくなったら 思いっきり泣きましょう 
ひとりで抱えきれなくなったら 誰かに甘えましょう
悲しみの波が押し寄せてきたら そのまま身をまかせましょう

こんな私でよかったら いつでも支えてあげましょう
こんな私でも ちょっと弱くなるとき ちょっと寂しくなるときがあるから 
そのときは ちょっとだけ 甘えていいですか

涙は止めようとしても 止まらないものね
弱い部分は そう簡単には すぐには 強くならないものね

そして自分のいる部屋が寂しさで充満してしまったなら
怖くて寂しくて震えて凍りついてしまいそうになったなら

外へ出て 星空をながめましょう 青空を見上げましょう
寂しさに震える心も きっと次第に落ち着いてくるでしょう

だから 弱くても 悲しくても 寂しくても 泣きたくても 
それが今の自分なのだから それを否定することはない

今の自分のありのままに 今の自分の気持ちのままに

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2005年9月13日 (火)

眠りにつくとき

眠りにつくとき

何を考えるのだろう 何を思うのだろう

今日あった出来事のこと

社員食堂でのランチ時に話題になったあの話
仕事で今日やれなかったこと 終われなかったこと
失敗したこと 嫌だったこと ムッとしたこと 反省したこと
おかしかったこと うれしかったこと ラッキーだったこと
ビックリしたこと
今日ブログに書いたこと

眠りにつくとき

何を考えるのだろう 何を思うのだろう

明日のこと 今後のこと
朝一番に仕事で忘れずにやらないといけないこと
気がかりなことをいつやろうかと考える
明日の天気 午後の予定 夕方の予定
ブログのネタ

眠りにつくとき

何を考えるのだろう 何を思うのだろう

自分の心に思っていること
母のこと 祖母のこと 家族のこと 
あの人のこと この人のこと 大切に思う人のこと
自分の中の迷い 悩み 気がかり 喜び 楽しみ 
秘めた思い 秘密のこと 昔のこと 

眠れないとき考える 考えるから眠れない 
考えないようにしても眠れない
そんな眠れないときがある

思いを広げたいから眠らない 眠りたくない
もう少しこの静かな夜を 穏やかな気持ちですごしたい
誰かと心の中で会話したい
そんな眠りたくないときがある

そして ほとほと疲れてしまったとき
仕事であわただしかったとき ハードだったとき
パソコン使いすぎたり 本を読みつづけたりしたとき
泣きすぎて 目が疲れて重くて痛くなったとき

そんなときは 何かを考えるひまもなく 考える余力もなく 
目を閉じた直後には 即効で寝てしまうのね

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2005年9月12日 (月)

メールとか

私は電話がちょっと苦手です。
それはなぜかと言うと話し上手じゃないから。

運動神経の鈍い私は、人と直接話すときもテンポよく言葉が
出てこないんですよね。
ある事柄についてじわーっと思って感じて言葉にする方だから
会話のキャッチボールがテンポよくいかないのかもしれませんね。

だからなのか自分から電話をすることはあまりありません。
用事がないかぎり。

そして人の話を聞くのは好きだけど、自分の話はうまく話せないから
あまり自分からは話さなかったりします。

人見知りな性格なのか、慣れてしまうまではそうなんです。
気を使いすぎちゃって・・・
慣れてしまえばなんてことないんですけどね。

話がそれてしまったけど、そういうわけだから電話はちょっと
苦手です。

もちろん直接話すのも慣れた人としか気軽に話すことができず
慣れていない人と話す私はかなりぎこちないです。

そういうとき、フレンドリーですぐに溶け込める人って
うらやましいなあって思います。
(すぐうらやましがるクセが・・)

その一方で、最近はすっかり便利になって、言いたいことを
簡単に伝えることができるようになったメール。

メールはいいですよね。便利ですよね。
自分のペースで言いたいことを伝えられるから。
また電話だと相手が都合のいい時間帯なのかどうか
どうしても気を使ってしまうところがあって・・・。

まあでも、私の場合だと交友範囲もそう広くもないし、
たいしていつも遊びに行くような用事が頻繁にあるわけでも
ないからメールもほんとに限られた人とだけ。

メールはもらうと嬉しいです。もらうこと少ないですけどね。

形態こそ変わってしまったけど、それは手紙のようなものですからね。
メールを送る、という手間と時間をわざわざ使ってその人が私に
メールを送ってくれたかと思うと、とってもありがたく思えます。
たとえ、ちょっとした用事やたわいもない内容であっても。

だから私は喜んで返事もできるだけ早く、そしてたくさん書きたいと
思うのであります。(でも携帯のメールはたくさん書けないね)

そんな嬉しい気持ちを詰められる分だけ詰め込んで言葉にして
送りたいのであります。

同僚の女の子は、『私は直接電話で話す方がいい』と言ってました。
人それぞれ性格も違うから好みや考えも違いますね。

ブログを読んでいる人もいろいろ好みや感覚は違うと思います。

ただ、メールは「言葉(文字)」だけになってしまって、その人の微妙な
感情や表情などが分かりにくいから、多少リスクもあります。

そして相手がどう解釈しているかもすぐには分からないし。
誤解されたり不愉快な思いをさせたり、相手がどんな気持ちで
それを受けたかっていうのは分かりにくいですね。

だからメールを書くときはそれなりに慎重に言葉を選びます。
そして楽しく気持ちよく文字での会話ができるように心がけてます。

たまに変換ミスや入力ミスしたり誤送信したりして、
こっぱずかしかったりしますけどね。

それから、文字による言葉はリズムがあるところがいいなーって
思います。

口で話すのとはまた違ったリズム感。俳句や川柳もリズムがあるでしょ。
そして言葉が文字になってはじめて“わび・さび”になるでしょ。

だからね、言葉を文字にして伝えるのもいいなあ 
って思うんです。

最近はメッセンジャーなんていうものでリアルタイムに
メールで会話できるとか。

私は流行りものとか最先端ものには疎いのですが、ブログも始めた
ことだし、ここらへんのものは積極的に取り込んでいきたいなー
と思ってます。

メール中毒になっちゃいけないけどね。
たまのメールもいいものです。

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2005年9月11日 (日)

距離

距離をおいた方がいいときがあります

ほどほどの距離が心地いいときがあります

距離をおきたいときがあります

もっと距離を縮めたいときもあります

もっと近づきたいと思うときもあります

近づきすぎてはいけない と思うときもあります

自分との関わりあるいろんな人

人によって自分との距離はいろいろ

自分の気持ちによって 相手によって

距離をあけたいときもあり

近づきたいときもあり

近づけないときもあり

悲しくもあり 切なくもあり

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2005年9月10日 (土)

カレーと かけて

先日、カレーをつくりました。作り方簡単の簡単カレー。

野菜と肉を切って炒めておなべでグツグツと煮ます。

“あく”がでてきました。
次から次へと表面に湧いて出てくるこの“あく”をおたまで丁寧に
時間をかけてすくい取りました。
この“あく”を取り除かないと雑味となって美味しさを阻害して
しまいます。
“あく”を取り除くことで、ピュアでしなやかで澄んだ味に
なりそうな気がします。

“あく”を取り除きながら、おなべの中でスープとなって
グツグツと小刻みに踊る野菜やお肉たちを見ながら思いました。

人の心もこんな感じ? 私の心もこんな感じ??

んー・・
かき混ぜながらヒマだったので、ただこじつけを思いついただけ
なのですけれども。はい。

最初は硬くとがりのある野菜、血なまぐさくて硬い肉、うまみも何もない
おなべに注がれただけの水またはお湯。

最初の頃は まだ硬くてとがりのある心、なまぐささの強い心、
味もせせらもない味気ない心。

ゆっくり ゆっくり 時間をかけて 煮込まれていきます

ゆっくり ゆっくり 時間をかけて あくを取り除いていきます

すると どうでしょう(ビフォーアフター風に)

あれほど最初はかたくなだった 野菜が、肉が、心が
しなやかに柔らかくなるのです。

あれほど最初は味気のなかった 水に、お湯に、心に
コクのあるうまみが出てきてひと味ちがったものになるのです。

“あく”も取り除かれると心も澄みきった感じになります。

時間をかけて ゆっくりと しなやかで柔らかで澄んでいて
その人の魅力を十分に引き出した心に変化していくような気がします。
もちろん多少の雑味はあるのでしょうけど。

そしてそれは グツグツと 時にはトロトロ、ポコポコと
暖かさを保ったままで。

そして最後に味付け。そして最後にその人のエッセンス。


“カレー”とかけて“人”ととく

そのこころは、

“時間をかけて中味が柔らかくなります”

ん~ すてき♪

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2005年9月 9日 (金)

おかしなきぶん

会社の引き出し お菓子少々

お昼ご飯前のちょっと小腹がすいたときや
午後の眠気覚ましにいただきます

ミルクチョコ、XYLISHガム、キョロちゃんのチョコボール
チェルシーの杏仁豆腐味 etc…

近くの席の同僚の子にもらったり あげたり
隣の席のアイツにあげたり もらったり
そういえば “玄米を食べる飴”なんて変な飴をもらったな

お互い お菓子と一緒に “おつかれさま” の気分をおすそわけ

一粒のお菓子に “がんばろう” の気持ちをこめておすそわけ

ほんのちょっとのお菓子で元気倍増 イライラ解消 空腹解消

そして 詠人yaccoは歌います

『菓子が好き 甘い香りと 恋の味』

なんてね♪

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笑った日

今日はたくさん笑いました。
(日付変わっちゃったけど)

笑顔は上手じゃないけど 可愛くもないけど 
心から笑える素直なスマイルできたかも?

お笑い芸人のお笑い芸も楽しいけど
身近な人の 天然で 素のままから出る笑いのハプニングが
余計に面白かったりして。

本人は決して笑わそうなんて思ってないのだろうけど。
そこが面白いのよね。

「赤っ恥」や「失敗」だったら あまり私も人のこと言えないけどさ。

だから なんでもないことでも 笑いのツボにはまると
おかしくて仕方がなくなってしまうのよね。

仕事だって 黙々とぎすぎすとピリピリとしながらやるよりも
時に雑談しながら 息抜きしながら ハプニング発生で爆笑しながら
仕事した方が 少しでもストレスが増えなくていいよね。
楽しいよね。

緊張感で少し張りつめた気分も 眠さでだらけそうになった頭の中も
ちょっとお疲れ気味で沈みがちな心も
ふとした笑いで 部屋の風通しをしたみたいにすっきりする

だから心にも笑いの風を吹かしましょう

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2005年9月 8日 (木)

誤送信

夜眠れないことがたまにあります。
ストレスで不眠・・という特に大げさなものでもないのだろうけど
なんとなく寝つけない、そんな感じで。

そんなとき、ちょっとだけ電気をつけて本を読んだりするのだけど。

昨日は本を読んだけど目が疲れてきて、それでも眠れそうに
なかったから暗闇の中で携帯電話でサイトを見たりメールを
整理したり。

そしてメールをなんとなくボーっと考えごとしながら操作
してたら、間違って会社の後輩の女の子宛に空のメールを
送信してしまいましたー!しかも真夜中のうしみつ時に!

普段は用件以外にメールやりとりするほどの間柄ではないから
余計に慌てちゃいました。

空のメールといっても正確には標準フォームで設定している
「yaccoです」の文字だけ。

それだけの内容で送ってしまった間違いメール。
送信するつもりは全くなかったんだけど・・・

アララー・・・やばいやばい~どうしよう~。。。

暗闇の中に少々顔面蒼白でおどろおどろしい表情の私。
「さっきは間違って送信しちゃった。ゴメンね!気にしないで!」
とメールを直ぐに入れました。

きっと後輩の子はその頃ぐっすりオヤスミ中で、朝になって
そのマヌケなメールに気づくのでしょうけど。

いつもはそんなメールのやりとりをするわけでもない相手に・・
きっと とっても不可解な行動ですよね・・・
あやしく思われたかも。。。
こんな時間に携帯をいじること自体がおかしいのかな。。。

なんて一人で苦笑しながら。
なにやってんだかねぇー・・・ってね。

現実から抜け出して夢の世界で誰かと語り合いたかったのかも
しれないね。わたし。

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2005年9月 7日 (水)

吉本ばななをもとめて・・・

夏もいつの間にか終わって もう9月。秋のはじまり。
秋といえば読書の秋。

秋じゃなくても本は時々読んでるんですけどね。

本も雑誌からコミック本、エッセイ、マニュアル本など
雑種の私は何の分野でも作家は誰であれ興味あるものは
何でも読みたくなります。

でもじっくり読む時間がないし読むのが遅いから実際に
読んでいる本っていうのは限られるのですけれども。

最近はちょっと小説気味。

角田光代の『空中庭園』を読み終えたので次は何にしようかと。。

吉本ばななの本、面白いよ と勧めてくれた人がいまして
それは早速試しに読んでみようと思い、そう思ったらすぐにでも
本を手に入れたくなる私ですので、足は遅いのだけど急ぎ足で
本屋に行きました。

小説のコーナーをくまなく探すけれども私が探している
そのオススメ本は見当たらず・・・。
吉本ばななの他のシリーズはあるのだけど。
本屋でそのコーナーを3~4往復してみたけど見つかりません。

仕方ない、別の本屋に行くか・・

次の本屋、またその次の本屋に行ってもありませんでした。
角川文庫、新潮文庫、集英社文庫、講談社文庫・・・
どこの出版社からどのシリーズの本が出ているというところまで
覚えてしまったくらいに本の陳列棚をあさりまくりましたよ。

私が行く本屋は近場の本屋ばかりなので規模は小さくもないけど
それほど大きくもないから在庫ないのかな、取り寄せてないのかな
なんて思いました。

そして4軒目の本屋。
やっぱり見つからない・・それまで店員に聞かずじまいだったのを
ここはダメもとで聞くしかない。

「あの~・・吉本ばななの『つぐみ』置いてませんか?」
 (遠慮気味に)

男性の店員は
「えっ?あれは~・・・少々お待ちください」 と言って
角川文庫のところの吉本ばななコーナーを探しました。

でも私は心の中で 『角川じゃないよ たぶん。 さんざん見たから』 と
つぶやき。

そして新潮文庫、集英社文庫のコーナーも探していました。

でも私は 『新潮でも集英社でもないよ たぶん。 シリーズに入って
なかったから』 と内心つぶやき。

あまりにも 店員さんがもたもた探しているので たまりかねて
「あの~、いったいどこの出版社から出てるんですか?」 と
ちょっといら立ち気味に聞いちゃいました。(おお~コワイネ)

店員は 「ちょ、ちょっとお待ちください、調べますから」
といって端末のところへ行って調べてくれました。
最初からそうしてくれればよかったのにね。(おお~ウルサイ客ダ)

「お待たせしました。中央公論社からですね」 と言って
その出版社コーナーのところへ行って探してくれました。

「すみません、無いようです・・在庫切れでして・・・」

その店員の言葉にガックシ・・・やっぱりね・・・
ごめんね店員さん、ちょっとワタクシ、ムキになっちゃいました。

ということでお目当ての本はとうとうゲットできず・・。
でもこのままじゃ悔しいから吉本ばななのもうひとつの代表作
『キッチン』を買って帰りました。

ネットで購入することもできるのだろうけど、即日にお金を払って即日に
本を手に入れたい派&本屋をウロウロしていろんな本をブラッと立ち読み
したい派の私は、次回こそはちょっと大きめの書店に行って『つぐみ』を
見つけてやるぞ、と固く決意したのでした。

それにしても流行りからずれてますかね?わたし。

でも無性に読みたくなったんですからしょうがないですよね。

Book_shop

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2005年9月 6日 (火)

優しさってなんだろう

優しさって何だろう

人を傷つけないのが優しさ?
相手に優しい言葉をかけていたわるだけが優しさ?
そっと見守っておくだけが優しさ?
自分にとって心地よく感じるものだけが優しさ?

んー・・・なんかちがう。

相手を思う気持ち、相手のためを思う気持ち、相手を思いやる気持ち。
優しさはそれらの気持ちの強さ、重さ、大きさ、真剣さの度合いじゃ
ないかな。

だから、相手を思う気持ちが強ければ
時にはいたわったり、かばったり、時には厳しくなったり、突き放したり
時には嘘をついたりすることもある。

それが『優しさ』

なんじゃないのかな。

たとえば、誰かのことをすごく好きになって、自分のことを向いてほしい
相手から好かれたい、気を引きたい、そういう気持ちで相手にいろいろと
優しくするのは、本当の意味での優しさとはちょっと違う気がするのね。

だってそれは、相手に好かれたい、という“自分のため”にすることだから。
自分の都合からくる行動だから。

相手のためを思う気持ちから出る行動が本当の『優しさ』
なのかな、って私はそう思うのです。

だから表面上の言葉や態度をそのまま受取ったりしたら、場合によっては
誤解が生じちゃったりすることがあるのかも。

心地のよい優しい言葉を受けたとしても、それはニセモノの優しさだったり、
うわべだけ、見せかけだけの優しさだったりすることがあるかもしれない。

逆に、自分にとって厳しくつらい言葉や態度でも、それが本当の優しさ
だったりすることがあるかもしれない。

だから、相手の言葉や態度をそのまま受取るのではなく、その言葉の
裏側にある相手の本当の気持ちを察すること、相手の本当の気持ちを
受け止めることが大事。

なんじゃないのかな。

なので、相手の本当の気持ちを感じ取れる感性、見抜く力を養って
いきたいよね

そして自分もまた、人を思う本当の優しさを身につけたいな。
自分にとって大切な人には本当の優しい気持ちで接していきたいな。

そう思う今日この頃。

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2005年9月 5日 (月)

嵐のまえのざわめき

台風が近づいてきているようです。

空はどんより暗い灰色の雲
空気は生暖かくて そよそよと吹く“風”というより
木々や草花がざわざわと落ち着きを失い始める“空気の乱れ”のよう
匂いは湿り気と憂鬱な町の匂い

そんな空気の乱れを感じて 気持ちまでもが落ち着かなくなる
ざわざわとした気分になる

会社に出勤すれば まるでそんな憂鬱を感じない 
何ごともないような いたっていつも通りの職場の雰囲気 

蛍光灯で照らされた 明るい 湿度を感じないフロア
いたっていつも通りに仕事を始める

外の世界は ざわざわと 荒れ始めているのに
会社の中は 何ごともないかのように 平静に皆仕事する 
そんなときだけ 外の世界と 隔離された別世界を感じる

家にいれば 外の空気の乱れや草木のざわめきを常に感じる
陰湿で憂鬱な外の雰囲気が 締め切った部屋の中に
どこからか入り込んでくる

一人でいると 子どもの頃の映像と重なる
誰もいない淋しい家の中で留守番をしていたときのこと
ひとりぼっちと不安を強く感じる よどんだ重い空気

そして同時に 家の中にいると“守られている”という
矛盾した安心感もまたあったりする


動物が巣穴や洞穴で嵐や雨風をしのぐように
ここにいて雨風をしのぐ ささやかな安心感 安全地帯

お母さんの胸にもぐりこむ子熊なんかを思い出しちゃうね
激しく冷たい嵐の中の 暖かい親子愛

勝手な想像なのだけどね 
勝手にドラマ化しちゃってるけどね

外の荒々しい凶暴な空気を遮断する 静かな空気を保つ家の中
テレビの音がやけに空回りしているようにも思える
外界と室内のギャップ

嵐がくるときに なんとなく感じる雰囲気

怖くもあり 寂しくもあり わくわく感もあり

とにかく外の空気と同じで ざわざわして落ち着かないのよ

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遠くに

遠くには何があるんでしょうね

  違う国? 違う世界? 違う時間? 

遠くには何があるのでしょう

  自分が探しているもの? 会いたい人? 希望? 未来? 幸せ?

遠くでは何が行われているのでしょう

  いろんな人の暮らし? 戦争? 核実験?
 
遠くには何が見えるのでしょう

  光? 闇? もや?

少し遠く 結構な遠く はてしなく遠く 近いけれどもすごく遠く

遠く遠くに行ってみたい 見てみたい 探してみたい

でも遠いと思っていたのが案外近かったりして
遠くにしかないと思っていたのが すぐ近くにあったりして

「遠く」 っていうのは 「かなわない」「とどかない」 という意味も
含むのかな

だから何だか 寂しげだし切ない感じもするのかな

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2005年9月 4日 (日)

本日のランチは

今日、日曜日のランチはパスタでした。

・・・・・・・・・・・。

“パスタ”っていうと聞こえがいいですよね。

でも実はほら、インスタントのアレですよ。
即席のゆで麺をフライパンで炒めて、トマトケチャップの
粉末ソースをまぶして軽く炒めてできるアレ。

これが結構美味しいから好きなんですよね~♪
冷めても美味しいからお弁当には欠かせないアイテムだったりして。

もちろん、アルデンテが美味しい本格的な本物の“パスタ”の方が
断然美味しいですよ。

でも、cheapでpoorなインスタントスパゲティも庶民的な私には
美味しいと思うのです。安上がりな味覚ですよね(笑)
子供のころから大好きなインスタントスパゲティ。

たまに余裕があれば、玉ねぎ・ピーマン・ベーコンなどを
入れたりして。
でも今日はそのまんま。具なしインスタント“パスタ”。

おまけにそれだけにとどまらず、残った白ご飯を使って
“永谷園のチャーハンの素”でチャーハン作ってしまいました!

まさにインスタントづくし。安上がり。手っ取り早い。

スーパー手抜きともいいますけど。
私ってこれでも女性かしら??女らしさに欠けますかね?
でも女らしさって何? ←開き直りですかね?

“なんちゃってパスタ” と “即席チャーハン”。

こんなインスタント食品の豪華ランチにご賛同いただける方
挙手をお願いします♪

※永谷園の「麻婆春雨の素」も美味しいよ♪
 (永谷園のまわしものみたいね)

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出会いって・・

「出会い」や「縁」って不思議。

偶然なのかもしれないけど
偶然じゃないのかもって気もする。

誰か、それは神様のような、いやそれでもないような
“誰か”というより“何か”・・
その“何か”の力でそれを操っているみたい。
私たちは“何か”によって操られているみたい

だから出会いには何か意味があるんじゃないかなって。
そう思うから余計にそれを大事にしようと思うんだ。

運命、というには少し大げさで、何か うさんくさい響きが
するけど、

なんだろう・・なるべくしてここにきて、なるべくして出会った

そんな感じかなぁ。
仕事で出会った人、私生活で出会った人、
ブログで出会った人たちもそんな感じかな。

 ※でも「出会い系サイト」などというものは それを目的とした
  意図的に作られたものなので神秘な感じは全くないけどね。

再会にしても同じこと。

なるべくして再び出会った。何かに導かれるように。
だから何か意味があるのかも。

せっかくだからそう思いたい。
そしてその出会いや再会を大切にしたい。

別れはつらいけどね。

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2005年9月 3日 (土)

直したいもの変えたいもの

直したいもの

  ・意固地なところ、意地っ張りなところ、素直じゃないとこ
  ・嫌なことがあるともろに顔や態度に出てしまうとこ
  ・ずぼらでいい加減で適当すぎて無神経なところ
  ・そのくせ、些細なことを気にしてくよくよするところ

変えたいもの

  ・消極的で内向的で人見知りな性格(もっと積極的で活発に)
  ・可愛くない自分の声
    (可愛くもなく色っぽいわけでもない自分の声を変えたいな)
  ・古くなった携帯電話
    (いっそ壊れてくれりゃいいのに壊れないから決心がつかない)
  ・古くなったマイカーのチョロQ号
    (でも愛着あって変えられない。私の分身だから)


変えてみたいもの

  ・住む場所 (思い切って海外とか)
  ・職業 (モデルとか・・・無理無理。
      お菓子製造工場なんてのはどう?抜取チェックで食べたりして)
  ・自分の顔(ハセキョー風に。中谷美紀もいいですか?)
  ・自分の人生
   (住む場所や職業、あと自分の顔や性格も変われば人生変わるよね)


もっとこうだったらと思うもの、もう少しほしいもの

  ・身長(自分の身長153cm。 
          ⇒もう少しあったらいいのに。160cmぐらいとか)
  ・すらりとしたスリムな体型 (全体的に細長く、でもバストは豊満に)
  ・集中力、持続力
  ・理系の頭脳 
       (仕事が理数系の分野なので私にはハンディが大きいのね)
  ・運動能力 (オリンピック選手並みとは言わないけど。職場の
          スポーツレクレーションすらおっくうなのね。下手だから)


100%不可能なもの、可能性はあるけど結構困難なもの、
努力次第で可能なもの、すぐに出来そうなもの
いろいろありそうだね。

できそうなものだけでも頑張ってみて自己改革できるかな?
でも努力はなかなかしないのよね。

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2005年9月 2日 (金)

バランス

少しでも優れているにこしたことはない
少しでもお金があるにことたことはない
少しでも要領がいいにこしたことはない
少しでも見栄えがいいにこしたことはない
少しでも多くの人に優しくするにこしたことはない
少しでも生き生きと輝いているのにこしたことはない

でも・・

そんなに優れてなくてもいい
そんなにお金がたくさんなければならないことはない
少しぐらい不器用であってもいい
少しぐらい見劣りしたってもいい
そんなに万人に優しくする必要もない
そんなにいつも輝いていなくてもいい

こんなふうに思うこともある

頑張りすぎず
自分を甘やかしすぎず

頑張りすぎると自分が壊れそうになってしまう
自分を甘やかすのは楽なことだけど
自分のためにはならない

バランスが難しいね

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2005年9月 1日 (木)

反省

最近仕事だらけてる 私。
雑。無計画。無実行。怠慢。

そして何より君にいい仕事させてない。
ごめんね。

きっとつまらないだろうね。たいくつだろうね。
面白くないだろうね。

ごめんね。いい仕事させてあげられなくて。
君は能力高いのに。
ちょっと教えただけで すぐにマスターしてしまう賢さを
持っているのに。

私自身が何やってんだか見失ってるんだよ。

もっと面白い仕事させてあげたい。
せっかく勉強に来てるのだから 質の高い仕事して
いろんなことを学んでいってほしい。

君の大事な勉強の時間を 機会を 私が
無駄遣いしているようで申し訳なく思ってる。

ごめんね。
仕事を手伝ってもらったり 助けてもらったりで
私の方が感謝しないといけないくらいだよ。

私も もっとしっかりしないといけないね。
君がこんなとこでくすぶってたらもったいないよ。

ここにきてよかった と思ってもらえるように
私がんばるよ。 しっかりするよ。

だからここにいる間がまんしてね。
そして もうしばらくお仕事お付き合いください。

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無理をしたらだめよ

無理をしてはいけません。

意図的に無理をしようとしているわけではないから、無意識のうちに
無理をしてしまいます。

いつも全力投球、精一杯頑張っているわけではなくても
自分のペースでやっているはずと思っていても、気づかないうちに
無理をしてしまうことがあります。

そしてそれにストレスが掛け合わさって余計に自分がきつくなる
ことがあります。

そんなときは休むのが一番。

体を休める。
心を休める。
頭を休める。
目を休める。

そして仕事も休む・・っと。

とにかく何でも休ませてしまいましょう。
ブログも休んで休んで!

あまり休みすぎたらそれはそれで
たいくつすぎたり、時間を持て余しすぎてよからぬことを考えて
しまったりしそうだから、(それって私だけ?)
適度に休んで、もう大丈夫かな、リフレッシュできたかな
と思ったらまたいつものペース、いつもの生活に戻れれば
いいんじゃない?

急ぎすぎない程度にね。

ストレスは心身の健康にとって大敵。
嫌なことがたくさんあったり、怒りたいこともたくさんあったり、
言いたいことや、「うぉーーーっ!!」と吠えたいことも
山ほどあったりします。

そして周りとの調和を保つために、人間関係を壊さないように
するために、自分が無理して我慢して自制して犠牲となって
自分を抑えこむから余計に飽和してしまうのです。
自分がどうにかなってしまいそうになるのです。

だからストレスは少ない方がいいけど、こればかりは
当たり前のように自分の中にふって湧いてくるので
上手に消化していくしかないのでしょう。

風邪にしても「風邪そのものを治す薬」はなく、処方されるのは
「その症状を緩和するための薬」。

だから、ストレスをなくす方法はないけど、それを少しでも和らげる
ために生活上の負担を少なくすることも大事ですよね。

睡眠時間をたっぷりとってみるとか、何か自分の好きなことに専念
してリフレッシュするとか、食べたいものを思いっきり食べるとか、
掃除をさぼるとか・・・(違う方向へ行ってますかね??)

豆腐ダイエットをしているヤツもいるようだけど、無理はだめよ。
ほどほどにね。

だから無理はいけません。
休めるときには思いっきり休みましょう♪

って自分では分かっているつもりなのに、それがなかなか実行
できないんですよね(苦笑)・・

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