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2005年8月31日 (水)

ひみつ

SlowさんからTBで送ってもらった角田光代の小説『空中庭園』を
読んでいる。
「秘密はもたない」というモットーの家庭の中で、家族がそれぞれに
持つ秘密をそれぞれの人物の視点で描いている。

秘密を持たない人なんているのだろうか。
隠し事のない人なんているのだろうか。

秘密とまではいかないけど、胸にしまってあるものはひとつやふたつ
ぐらい誰にでもあるんじゃないだろうか。

そして『秘密』には『嘘』が伴うことが多い。
だから嘘をついたことがない人なんてほとんどいないんじゃないかな。

自慢じゃないけど、私にも秘密や隠し事、胸にしまってあって
誰にも言っていないことは、ひとつやふたつ、小さいのや大きいの、
軽いのや重たいの、こまごまとしたものを含めれば結構ある。

『秘密』や『隠し事』は、それが知れたら都合が悪いこと。
程度の大小に関わらず。

『胸にしまってあるもの』は、それを知られても都合は悪くないけど
できれば触れてほしくないこと。自分の中にとどめておきたいこと。
思い出したくないから心の奥底に封印しているもの。とか。

どんなに親しい友人や家族・肉親にさえ言っていないことがある。
言えないことがある。

これからも言うつもりはない。
それが『秘密』なのだから。
それが『自分の胸にしまっておきたいこと』だから。

とはいっても小説やドラマに出てくるような美しいとか謎めいたとか
そんな大それたものじゃないんだけどね。

でも『空中庭園』のそれは、いかにも普通に暮らす人々の、誰にでも
持ち得るような自分だけの秘め事が家族それぞれに描かれている。
この程度の秘め事は誰にでもあるんだろうな。そう思う。

過去の秘密。
今の秘密。
これからも新たな秘密を持ちつづけるのかも。

胸にしまっておきたいことは消え去ることもなく消せるはずもなく、
これからもずっと引出しの中にたまり続けるのかも。
それなりに美しいまま。悲しいまま。切ないまま。

それにしても、会社に行くフリして内緒で会社休んで一人でのんびり
買い物しちゃったりするのは秘密のうちに入るのかな。

バレてもそう都合の悪いことじゃないから秘密には入らないのかな。
でも『嘘』をついたことになるからそれは都合が悪いよね。

都合が悪いから秘密にするのか、秘密にするから都合が悪いのか・・
んー・・・よく分からなくなってしまったよ。


私の『秘密』は・・・・・・・・・・・・・・・・。


それは秘密です。 

って別に知りたくもないですよね。へへへ♪

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2005年8月30日 (火)

わたしの夜

朝は私にとって一日の始まり。
あわただしいけどすがすがしい。

夜は私にとって一日の終わり。
そして、私にとっての夜は第一部と第二部の二部構成。

第一部は『生活の部』。
夕食、洗濯、お風呂、ドラマ、明日の準備 etc…

第二部は『個人の部』。
主にブログ、メール。

生活の部は、生活のためだから絶対欠かせないもの。
(あ、ドラマも生活の部に入っちゃってますけど・・
 まあ私にとっては欠かせないものであります。はい)

個人の部は、なくても困りはしないけど、私のための大事な時間。

私が私らしくなれる時間。
私が日常のざわめきから解放されて、穏やかな気持ちになれる時間。
“しけ”の海から一転して“なぎ”の状態に変わる時間。

テレビも消して、蛍光灯とパソコンのモニターだけが
ひっそりと静かに私と共に活動する。

日常の雑音も、こまごまとした生活音も一切聞こえない。
聞こえるのはひっそりと活動する電化製品のかすかな音と
ゆったりと自分の時間をくつろぐ私自身がたてる物音のみ。

そこは自分の家であって異空間。
いつも生活している部屋であって異空間。

そんな現実離れした不思議な時間を過ごす第二部。
私が私になれる時間。

でも・・・次の日は眠いのよ。

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2005年8月29日 (月)

欲ばり

今のままでいい
でも少しだけ欲張りたい
ずるい心が芽を出してくる
自分本位な自分が私をそそのかす

これ以上望むことはない
望まないほうがいい

だから今のままでいい

このぐらいがちょうどいい

私はずるいことを考える
身勝手なことを考える
したたかなことを考えてたりする

そんな自分にちょっと、いやかなりあきれる

だからこれ以上野放しにしてはおけない

見えない鎖でつないでいた方がちょうどいいのかも
少し不自由なくらいが 私にはちょうどいいのかも

でもそうやって自分を戒めたり、自分に罰を与えることで
誰かにかばってもらおうとしているのかもしれない
優しくしてもらおうなんて卑しい気持ちがあったり
するのかもしれない

それが私のずるいとこなんだよ

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2005年8月28日 (日)

あ~あ。。たいくつな一日

今日は最高にヒマ人でおまけにイライラ、クサクサした一日でした。

時間があっても、やりたいこともやれずに悶々、だらだら、イライラ・・
天気も昼には良くなって来たのに出かけることもせずクサクサ・・
(スーパーに買い物ぐらいは行きましたよ。サザエさんですから)

「しないといけないこと」はたくさんあって、自分の「したいこと」は
何一つできなかったのでした。

パソコンすら自粛していた状態で。
ようやくさっき立ち上げたところで、今日も終わる頃になってようやく
落ち着きを取り戻したような。

もはや私にとってそれは休日ではないのです。
クサクサしたからといって、いつものように局所的に掃除して
うっぷん晴らし、という気にも今日はなれなかったのです。

何もかもがやる気なくて、だるくて、なげやりで。

唯一、自分のために使った時間は、携帯メールと読書をほんの少し
したぐらいでした。
それだけもよしとする、と前向きに考えないといけないですね。

なんだかね、自分の中にいくつもの風船ゴムが散在していて、
何かストレスや嫌なことや我慢がたまるたびに、そのひとつが
シュッシュッシュッ・・と膨らんで徐々に大きくなっていって、
もっと大きくなっていって、限界を超えたら

“パーン!”ってはじけるか、“プシュー”って一気にしぼんだりする。

そしてその後は、また別の風船ゴムが新たに
シュッシュッシュッ・・と大きくなっていく・・

そんな感じに近いのです。

というわけで、何だか全く、ちっとも、さっぱり、すっきりしない一日
でした。

ドラえもんの“どこでもドア”があったらなぁ。
これって誰もが欲しがるアイテムですよね。私も今回ばかりは
真剣に欲しいと思いましたよ。

別の全く違う世界へワープしたい。
これって単に現実逃避したいだけですかね?

・・・いいストレス解消法って何かないかなぁ。。。

言っておきますが、私スポーツは全然だめなんですよね。

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2005年8月27日 (土)

連休のあと・・・

長い連休の後の、会社でのおしごと生活が始まりました。
22日(月曜日)から仕事再開してようやく一週間が終わりました。

長かったー・・

連休が長かった分、連休明けの一週間もえらく長く感じました。

連休中は実家でゆったりんこと過ごしたりもしましたが
会社ではすっかりだらりんこ。

会社の机でパソコンに向かうと  ・・・・・・zzzz・・・
眠気が・・睡魔が・・・やる気が・・・
家のパソコンでブログを書いているときとモチベーションが違います。

眠さとけだるさでついついこんな感じになってしまいました

Nemuri_1 

給料もらっている身分でけしからんですよね。
でも来週からは気合いれてやりますよ(ホントでしょうか??)

そんな感じで長い一日を、一日また一日と過ごしました。

そんな木曜日の朝一番に、課長に呼ばれて

「ごめん、急ぎで資料を作ってほしいんだ。コレコレこんな感じで。
 前に使ったデータも一緒に追加して。目標10時。お願い♪」

10時まで!?うっそ。

「はい、分かりました♪」

と顔ではひきつったスマイルで涼しげに返事をしたものの・・・。

それまでナマケモノのようなスローモーション的な動きをしていた
私でしたが、一気に眠気も覚め、ハムスターの車輪回し運動のように
機敏にすばやくなりましたよ。
(ハムスターという例えが可愛すぎますけど)

そしてスーパー短納期だったものですから、気分的に焦るし慌てるし
前のデータの保存先を忘れてしまったしでちょっとパニック!
・・でした。

こんな感じで

Aseri

でもなんとか10時すぎに資料ができて、課長に見せると

「うん、これでいい。あとは僕がやりますから。ありがとう」

と無事OKがもらえて一安心。

嵐のような時間が過ぎ去って、それからは
また最初の絵のようなボンヤリ&スローな私に戻って
午後から白目をむいたりしていたのでした。
zzz・・

来週こそは頑張ろうかな。

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2005年8月26日 (金)

たまるもの

ためているもの
 ・コカコーラのクマあたりますシール(私も真似してほしくなった)
 ・セブンイレブンのスヌーピーシール(スヌーピーって柄じゃないのに)
 ・空箱・空袋(とくに綺麗なやつね でもためすぎ)
 ・プリンの空きカップ(何のためかよく分かんないけど・・)
 ・ポイントカードにつくポイント

 ・ストレス (ついついためてしまうのよね)


たまっているもの
 ・コンビニ弁当についてくる割り箸(断りゃいいのに たまりすぎ)
 ・魚肉用発砲トレーと牛乳パック
   (分別するまではいいけどスーパーの回収ボックスに
    持っていくのを忘れるから・・)
 ・会社の机の書類(半端に仕掛ってるから・・処理しなさい)
 ・せんたくもの(着る服がなくなるよ)
 ・雑誌(かわなきゃいいのにね)
 ・レシート(その場で捨てればいいのにね)
 ・ぜい肉(間食しなきゃいいのにね)

 ・ストレス (気がついたらたまってるのよね)

ためているもの、たまっているもの
だから部屋の中は ごちゃごちゃ
心の中も ごちゃごちゃ 
すっきりしてないの

それなのに

たまらないものは  おかね

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2005年8月24日 (水)

コロッケに思いを込めて

実家からたくさんじゃがいもをもらいました
さて、このじゃがいもをうまく消費するには・・・

「手作りコロッケが食べたいな」

という自分の思いつきで久しぶりに手作りコロッケをつくることに
しました。
1年以上作っていない手作りコロッケ。

コロッケといってもあなどるなかれ。
惣菜屋ではたかが50円程度で売ってあるのだけど、これを作ると
なると結構手間がかかるんです。

私の平々凡々なコロッケ製造工程フローは以下のとおり。
まず前工程と後工程に分かれます。

《1.前工程》
 (1)じゃがいもの皮むき …古いじゃがいもなので捨てるところも
                  多かったりする
   ↓
 (2)カットしてゆでる  …何分くらい? んー・・てきとうに長く!
   ↓
 (3)つぶす       …マッシャーで 『おりゃーっ!』と心の中で
                うっぷん晴らし
   ↓
 (4)ひき肉と玉ねぎを炒める …じゃがいもをゆでている間でもOK。
                  玉ねぎはみじん切りね。泣けてくるけど。
   ↓
 (5)まぜる⇒味をつけて⇒まぜる …何のこだわりもない私は塩と
                       コショウと味の素だけ
   ↓
 (6)まるめる …子供の頃の泥団子遊びみたいね♪ 
           中にチーズを入れたら美味しいよ。

****前工程おわり****

《2.後工程》
 (7)小麦粉・とき卵・パン粉を用意 …
        パン粉が切れていることに後で気づいてオーマイガーッ!
        とならないように前もって在庫チェックしておくべし。
   ↓
 (8)まるめたコロッケのもとに小麦粉パタパタ …
        わー白くなってお化粧後の私みたい。
   ↓
 (9)とき卵にくぐらせる  …コロッケが軟くてつかみにくい・・
   ↓
 (10)パン粉をつける …私の指までパン粉がたっぷり。
                まるで指カツね。
   ↓
 (11)油であげる  たぶん温度と揚げ時間にコツがありそう。
            私はテキトーだからいつもちょこっと爆発ぎみ。

****後工程おわり・コロッケ完成(盛り付けは別)****

結構ね、私が普段作っている手抜き&簡単&一品料理(※1)に
比べると、コロッケはかなり工程フローが多くて手間かかるんです。

 (※1)私の手抜き&簡単&一品料理とは…以下のようなやつです。
    盛り付けまでいれてMAX 4工程。
                           
①切る⇒炒める⇒味付ける⇒盛り付け⇒おわり
②揚げる⇒盛り付け⇒おわり
③焼くだけ⇒盛り付け⇒おわり
④皿に移し変えるだけ⇒おわり(究極、しかも料理とは言えない)

横道にそれましたが、コロッケって以外と手間がかかるんで
前工程の、まぜて・まるめる ところあたりで何だかすでに疲れてきて

『んー・・コロッケを作ろうなんて思わなきゃよかったかな』

なんてちょっと後悔ごころもあったりするわけですけど、ここまで
きたら後にもどれないし、このまま丸めただけのじゃがいも団子を
そのまま食べるわけにもいかない。

(食べてもいいけどなんだかコロッケを作るという目的にそぐわないし、
きっと美味しくない)

やっぱり頑張って、後工程のパン粉をつける作業に移るしかない。

そしてまた欲張っていっぺんにたくさんのじゃがいもをゆでた
もんだから、えらく数の多いコロッケ製造作業になってしまいました。
(だれか時給をだしてください)

ころもをつけ終えて、食べる分だけやっとこさ油で揚げて何とか完了。

・・・・・・・。
しまった。つけあわせの野菜ない。

皿にコロッケだけのせても味気ないし、せっかくの手作りコロッケが
引き立たないね。
キャベツの千切りしかないな・・

ようやく全てが かんせーい! 
いただきまーす♪

ちょっと形がいびつで、揚げている途中はしっこがはじけて
しまった手作りコロッケだったけど、食べると我ながらサイコーに
美味しかった♪

途中挫折しそうになったけど
   (コロッケぐらいで情けない)、
嫌になって面倒くさくなって投げ出したくなったけど
   (そのぐらいで・・根性なし)
いつもの料理より苦労が多かったけど
  (いつもの料理が簡単すぎるのでは・・)

最後まで手間と苦労をかけてやり遂げた後は、自分で大満足。
そういう、”ちょっとだけ頑張った調味料”も入った分だけ味も
美味しかった♪

大変だったり苦労に感じたりすることも、その先には良いことも
待っているんですね。

チンするだけのレトルト食品もすごく美味しくて私も普段よく活用
しているけど、やっぱり自分の「苦労」と「頑張り」がちょっとでも
加わると、料理もそうだけど何につけても満足感を得られるような
気がします。

ささやかだけど幸せを感じることができるような気がします。

どんなに料理に手間と苦労をかけても、失敗することも
ありますけどね。まずかったりすることもありますけどね。

ま、それはそれで「失敗は成功のもと」ということで!!

ごちそうさまでしたー♪ あ~、ちょっとだけ幸せ。

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幼きもの

今朝車での通勤途中、会社に到着する直前の交差点手前で
対向車線側に白いものが見えた。
そこを通り過ぎる瞬間、それは道路に横たわる、もう命はないと
思われる小さな白い子猫だとわかった。

通過するほんの一瞬の映像だったのだけど、しばらくそれが
頭から離れなかった。

条件反射ですぐに目をそらしたのだけど、そのとき目に入った
あの子猫の残像が離れない。

通り過ぎて交差点を右折するときには、悲しいというか切ないと
いうかやりきれないような、そんな説明しようのない感情を持った。

車にはねられて、道路にそのまま取り残された猫や鳥などの
動物の哀れな姿を見かけることは少なくない。
これまでも何度か通勤途中や車での外出のときに見かけてきた。

でも今朝見かけた子猫に対してはいつになく悲しい感情が
こみ上げてきた。

たぶん幼い子猫だったからだろう。

人間にしても動物にしても、まだ生まれてまもない幼な子が
傷ついたり、何かに飢えたり、命を失ったりして不幸になるのは
とても耐えがたい。

まだ、けがれもなく、これから未知の未来があり、世の中の
現実に染まっていないあどけない罪のない幼きもの。

子どもは、純粋で無垢で無邪気でいたずらで元気で、
“生きていることそのものがHAPPYである”という象徴であってほしい。

だから、そのHAPPYの象徴であるべき子どもが命を失うこと、不幸に
なることは、とても耐えがたい。
それが子猫であっても、子犬であっても、ひな鳥であっても。

世の中に数多く存在する生物のうちのたかだか一匹のこと
なのだろうけど。

たくさんの瞬間をつなぎ合わせた中の、たまたま見かけたほんの
一瞬の光景なのだろうけど。

それを大げさに思う私自身が大げさなのかもしれないのだけど。

その残像の悲しさが今朝のどんよりした憂鬱な空と混じりあって
余計に切なく感じた。

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2005年8月23日 (火)

「老い」と「記憶」

8/17(水)、ばあちゃんに会いに行ってきた。
私の家から車で30分ほど行った郊外の小高い丘の上にある
介護老人福祉施設「グリーンヒル」。
もう半年ぶりだろうか。

ばあちゃんのことが気になりつつ、毎日やり過ごして
ここまできてしまった。
それほど遠い距離でもないのに、今度今度と思いながら
足が遠のいていた。日常の、目先のもろもろに追われて。

もうばあちゃんには、あまり記憶というものがないらしい。
前回会ったときにはそうでもなかったし、話しているうちに
思い出してくれていたけど、もうあれからずいぶんになる。

かなりそれも進行しているのでは、とちょっと不安だった。

近くの大型ショッピングセンターで、ばあちゃんに似合いそうな
服を買って持っていった。

久しぶりに行くその施設は入所者9名の完全個室タイプ。
その建屋が2棟ほどある。
「こんにちはー」と言って玄関を開けると、多目的ルームに
ほとんどの入所者のおじいちゃん、おばあちゃんたちがいて
『なにごとか』『だれのお知り合いだろう』というような表情で
私を見る。
その中に私のばあちゃんがいた。

ばあちゃんも同じような『だれだろう』といった表情を
していたけど、介護士の方が
「キクエさん、お孫さんのyaccoさんですよ」というと
何だか思い出したようで、表情が和らいで笑ってくれた。
周りのおじいちゃん、おばあちゃんたちもつられて笑顔になった。

ばあちゃんの個室に移って、お茶をのみながらいろんな話をした。
ばあちゃんは、ばあちゃんの割には結構肥満体型だった。
子供の頃はばあちゃんが相撲取りのように大きく感じていたけど
今ではすっかり背中も曲がって何だか会うたびに小さくなって
いっているように思える。

でも意外と普通に会話もするし、耳も達者だ。91歳なのに!
「yaccoちゃんを連れてお寺に行ったのはよく覚えてるよ」と
言ってくれた。
「仕事もたいへんだね」とも言ってくれた。
普通に会話をした。何度も同じ会話をしたりもしたけど。
ばあちゃんと一緒に写真も撮った。たくさんね。

存分に話をした後、「またくるからね」と言って私は家に帰った。
会いに行ってよかった。
「会いたい人にはなるべく早く会った方がいい」
ってブログでコメントもしてもらってたし。
うん、よかったよ。

翌日、母から電話があった。
「yacco、ばあちゃんに会いに行ったんだってね。ありがとうね」

「うん、ばあちゃんのこと気になってたから。でもばあちゃん、
すごく普通だったよ。正直言ってもっとボケてるかと思ったのに」

そう言うと、母は

「うんそうだね。でも昨日yaccoがばあちゃんのところに行ったこと
ばあちゃんは覚えてなかったんだよ。“yaccoがそっちに遊びに
行ったでしょ”と聞くと“いいや、だれも来なかったよ”って。」

そうなんだ。

ばあちゃんと会って話しているときは、目の前にyaccoがいて
昔の話をして、今の話もそれなりに理解して・・。

でも私がばあちゃんの部屋から出た瞬間に、その直後から
ばあちゃんはもう私が来たことを忘れてるんだ。
たった今まで話していたこと、10分前のことがすぐに
消えてしまうんだ。

昔の記憶はどこかにしっかりとセーブされている。
ただロードするのに時間がかかるだけ。
でもたった今の記憶は、次の処理をかけた途端に
自動消去されてしまう。

なんだか、なんとも言えない、言葉にできない思いがした。

「老い」は虚しい、切ない、淋しい。はかない。

でも過去の記憶がどうであれ、今この瞬間、本人が幸せで
あればそれはそれでいいんだろうな。
今、楽しい会話ができればそれでいいんだろうな。
だから、すぐに忘れられてもいいから、これからもばあちゃんの
「幸せな今の瞬間」をたくさんつくってあげたいな。

できるかぎりね。

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2005年8月22日 (月)

昨日の写真で・・

昨日(8/21)のブログで、写真を掲載してましたが、
その中の1枚について私は“ちょうちょ”と書いていたけど、
後で写真をながめてみて
『もしかして、これはちょうちょではなく、蛾(ガ)か?』と
思いました。

その正体は・・・・んー、不明。でもやっぱり ガ かもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ま、いい、いい。どっちでも。

たとえガだとしても、ちょうちょに間違われるってある意味
いいことじゃない?
いや、ガを差別しているわけじゃないけど、やっぱりちょうちょの方が
美しいイメージあるよね。

それって例えていうなら、私を見て石田ゆり子と
間違えるようなものでしょ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・ってそれは絶対に、どんなことがあってもあり得ないけど。

だからあれは、“ガ”であっても“ちょうちょ”だということに
しておこう。
でも、ちょうちょに間違われたからって、当のガさんは
何も感じちゃいないんだろうけどね。

こんな程度のことでわざわざブログに書くかね?

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2005年8月21日 (日)

お気に入りの場所

今日はちょっと山の方に行ってきました。
家から車で1時間ほどのところ。

山の斜面に突きだした白いプロペラの風車。

Dscn06982_2_2   

風力発電事業ののために10期の風車がならぶ。
山に吹いてくる風をうけてゆっくりとプロペラをまわす。

ここはyaccoのお気に入りの場所なのです。

今日は朝から雨で天気もいまいち。
おまけにゆうべはなぜか眠れなかったので今日の気分もいまいち。

だけど、その場所に行く頃には晴れ間が出てきて青い空が。
そしたら私のブルーな気持ちまで少しずつ晴れやかな気分に
なりました。

場所的には特に有名なところでもなんでもないのですが、
山なみと、空と、遠く下方に見える街の景色がとても綺麗なので
大好きなのです。

そこで、なんちゃってカメラマンのyaccoは、写真に収めておきたいと
MYデジカメを取り出してシャッターを切ったのでした。

皆さんの心のこもった、とても素敵な写真にはなかなか
かなわないですけど、「お~♪素晴らしい~」と思ったので
ぎこちないカメラ構えで撮ってみました。

Dscn06942_1 

ちなみに、『立ち並ぶ10基の風車を合計すると年間に、一般家庭の
電力約7,100世帯分をまかない、Co2の削減効果は、乗用車に換算
すると22,000台分に上る』らしいです。

そして、いい気分になったついでに、調子にのって他の写真も
撮りましたよ。

みてみて。

Dscn07332

可愛いでしょ。ちょうちょ。
自分にはないものに憧れるんですよね。

自然の風景っていいですよね♪

なんちゃってカメラマンyaccoでした。

写真に日付が入ってしまっているのがシロウトですよね。

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2005年8月20日 (土)

おばちゃん&イケメン at Beauty Salon

「ワタクシ、がんばります」と意思表示したワタクシは、
とっかかりに、まず髪を切ってきました。

…というのは大げさで、何せヒマ人だったということと、
前々から髪を切りたいと思っていたのを実行しただけなんですけどね。

私が行っている美容室は、家から車で10分ほどの、町の主要道に
面しているちょっとオシャレなような、でも見た目のオシャレ風な外観の
割には客層が幅広い、そして本当のオシャレさん・セレブさんは
あまり来ないような、そんなフツーの二流~三流美容室。

意外と安いというのもあって客層はいろいろ。
若い独身女性をはじめ、主婦、女子学生、男の子(高校生ぐらい?)、
そして意外におばちゃん、おばあちゃん。
周りに住宅街があるというのも加わってか、単に安いからなのか
おばちゃん、おばあちゃん層も結構多いんです。

まあ、でも一応オシャレ風美容室ですから、スタイリストというか
美容師さんもそれなりにオシャレなおねえさん&おにいさんたち
スタッフが結構たくさんいます。

最近は居酒屋にしてもレストランもそうだけど、たとえ一般人でも
その店の店員であるおにいさんたちは、こぎれいでサッパリしてて
イケメンの人多いですよね。
(そんな風に思う私はなんだかババくさいね)

私が行ったその美容室のスタッフにも何人か、可愛いというか
イケメン系の男性美容師が3~4人。
でもその美容室にはおばちゃんの客も多い。

だからコッテコテのおばちゃんと、そのおばちゃんの髪を
シャカシャカとカットしているイケメン美容師との構図。
なんだかちょっと違和感。あまりあり得ない組み合わせ。

私はその隣の隣でファッション誌を見るフリして横目で
その光景をチロッ・・・

そもそもファッション誌なんて見ちゃいない。
なんだか今となっては縁遠いから。
私は芸能ネタ満載の週刊誌がよかったけど、美容師のおねえさんが
「はいどうぞ」とあてがわれたのが「JJ」だったから仕方なく眺めて
いるだけ。(さすが小心者)
ん?「JJ」だったっけ?「cancan」だったっけか?
・・・どっちでもいいや。

コッテコテのおばちゃんとイケメン美容師。
いったいどんな会話が繰り広げられているのだろう。
まあそんな私も若くはないから人のこと言えないんだけどね。

ちなみに、雑誌も飽きたので私はパーマの最中は目を
つぶってましたよ。眠かったというのもあったし。

そして当の私のカット後はというと、ちょっとショートっぽく、でも
ウェーブもほどこしてスッキリしました♪

聞いただけではどんな髪型なのかさっぱり分からないでしょ。
ウフッ♪(←オエッ)

でも前髪を短くしすぎてなんだかヘンなんだよなー。
やっぱり石田ゆり子のようにはなりませんでした。
んー、ざんねんっ!!★ショボイ絵でごめんなさいね!

3_3_5   

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2005年8月19日 (金)

ワタクシ、がんばります。

私にも何だか負の波が到来しているような感じです。
そういう時は何につけても「負」なんですよね。
自分が何もかもそういう風に解釈してしまうところに一理あったり
するのですけど。

でもね、ブログでいろいろコメントやメッセージをもらったり
メールでビタミンもらったりしたことで、とってもありがたいこと
だなあってしみじみ思いまして、「負」負けないぞという
気持ちになってきました。

「負の波」はいつでも誰にでもやってきますよね。
そんなときは何をやってもうまくいかないような気がするし、
何につけても楽しくないと感じたりするし、やっぱりダメだ-と
自分に追い討ちをかけたりしたくなりますよね。
そもそもその波は自分自身が作り出しているのかも
しれないんだけど。

まあでもよく考えてみれば、負の波もずーっと永久的に
到来しているわけではなくて、潮の満ち引きのように
押し寄せてきては引いていくようなそんな感じだと思います。
その波の大きさや頻度は人によっても違うと思いますが。

だから負の波もいつかは引いていくんだと思えば、少々今が
つらくても辛抱辛抱って言い聞かせて何とかやり過ごせば
また穏やかなときが訪れるのではないかと、そう思ったりも
するわけです。はい。

そして波が引いた後に、よぉーく注意して足元などをみると、
綺麗な貝殻が残っていたり、変わった形や色の石を発見したり
することってありませんか?
自分にとってラッキー♪だったりしませんか?

「負の波」だってそれに当てはまりそうだと思いませんか?

「負の波」が引いた後に、新たな発見があったり
何かを手に入れたりできそうですよね。

もちろんそれも、自分がそれを見つける感度、探し出そうとする意思
ってものがないと何も気づかないままなのでしょうけど。

大それた何かを見つけなくても、立派なものを手に入れられなくても
いいと思うのです。
ささいなものでも小さなものでも、自分の中での「新発見」や「拾い物」が
得られれば、それは自分の「正」となる貴重なものかもしれない・・・
私の勝手なイメージですけどね。

んー、何を言いたいのか分からなくなってしまいましたけど、要は
人生、四六時中良いことばかりでもないし、四六時中悪いこと続きでも
ないし、せっかくいろんな人からいろんな言葉をいただいたので
私としては気を取り直して頑張りたい!・・・とそう言いたかったのです。

「頑張る」という言葉は最近、心のケアの上であまり奨励されなくなって
しまいましたが、自分に余力がある限り私は頑張れるときは頑張りたい
と思ってます。「頑張ろう」というプレッシャーを自分にかけることで
「仕方ないけど頑張ろうかな・・」という自己暗示にかかるのです。
私は。単純だから。

でもあくまでも自分に余力があるときだけですけどね。

そんな風に思うことで負の波もいつしか引いていってしまうのかな。

私は運動オンチなのでいうまでもなく泳ぎが下手です。
だからそーゆう人は溺れてしまわないように浮き輪を身に付けて
おきましょう♪

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2005年8月18日 (木)

いい仕事ってなんだろう

「いい仕事」ってやってます?
「いい仕事」って何でしょうね。
質の高い仕事?質って?難しい仕事?
皆の前で大活躍できるようなカッコイイ仕事?華やかさのある仕事?
成果が目に見えて大きい仕事?最先端の仕事?流行りの仕事?
実績がまわりから大いに評価される仕事?
自分が中心となって周りを動かす仕事?

んー・・私にはピンときません。

じゃあ、じゃあ・・

こつこつとデータをひたすらにまとめるだけの仕事、
単調な繰り返しばかりの仕事、地味で目立たない仕事、
雑用ばかりの仕事、皆に文句言われてばかりの仕事、
体力ばっかり消耗して疲れる仕事、
労力ばかり大きくて成果は小さい仕事、面倒くさい仕事、
自分がこつこつとしたのに他人の成果/実績に持っていかれる
ような仕事

それっていい仕事とはいえないのかな。
つまらない仕事なのかな。価値のない仕事なのかな。

でも実際自分がそういう仕事しているとそう思ってしまうよね。
面白くないよね。
それに加えて、周りの人が活躍しているのを見ると「自分は・・」
なんて卑屈になったりしちゃうよね。
活躍している人が羨ましくなる、うらめしく思う、やっかみたくなる。
焦りと不満が募る、そしてそういう自分のことが嫌になる。

いい仕事って何だろう。
自分が満足する仕事って何だろう。
華やかな仕事をしていても、地味な仕事をしていても、
人間は欲張りだから何をしてても常に不満や焦りがつきまとったり、
自分とは違う仕事をしている人が良く見えるんじゃないかな。
立派に見えるんじゃないかな。

・・って私がそう思うだけなのかもしれないけど。

地味な仕事ばかりでも、雑用ばかりでも、成果は小さくても、
こつこつと地道にやっていれば誰かは認めてくれるはず。
その、つまらないと思える仕事でも、やれば誰かが口にはしないけど
感謝してくれるはず
どこかで役に立っているはず、無駄なことではないはず。

ただ、人と比べるから今の自分の仕事はつまらない、
価値のないものと思えたりもする。

でも・・
頭ではそう言い聞かせているんだけどね。
気持ちがついていかないんだよね。

それと、いい仕事というのは単に質の高い仕事だけじゃないと
思うんだ。
人と人との関わりの中で、お互いに気持ちよく仕事ができれば
ちょっと気分がいい。
自分が助けてあげて、自分が困ったときには助けてもらう、
そんな協力関係があればうれしいし、充実感がちょっとだけ得られる。


いい人間関係の中で仕事をするのも大事な条件。
いくら華やかなカッコイイ仕事でも、人間関係がよくないと疲れてしまう。
満足のいく仕事ができなくなってしまう。
そんなに大それた仕事じゃなくても、協力し合って、
ときにはぶつかり合って、同じ目標に向かって、いろんな人同士
歩み寄れば十分いい仕事と感じることができるんじゃないかな。

たいした仕事じゃなくてもそれに精通するほど極めれば誰かが
自分を頼りにする。
あの人じゃないと分らない、あの人に聞けば大丈夫、とあてにされれば
気持ち的には嬉しいよね。
自分が役に立ってるという実感得られるよね。
仕事やってる甲斐があったって少しだけでも思えるよね。
自信が持てるよね。


きっとそんなものかも。

周りと調和を保ちながら、目立たない仕事でも真面目にコツコツ
やっていればそのうち報われるときがくる。
自分もそれなりに気づかないうちに進歩する。

・・そう信じて、自分を慰めて、自分でねぎらって、
自分を励ましてあげよう。

  ※ほらっ、また自分に都合のいい解釈してる。
   自分を甘やかしてるよ私。

面白くなくてもつまらなくても、そういう時ばかりじゃない、って
思うことにしよう。
いい仕事と感じるかどうかは自分の気持ちの持ち方次第。

・・とはいっても、面白くない時はなかなかやる気でないのが
現実なんだけどね。

それが自分の中の葛藤なのです。

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2005年8月17日 (水)

勇気

勇気があったらいいのにな、って思うこと たくさん。

洋服を買うとき、“これ似合うかなあ、どうかなあ・・”
でも、お店の人がヒマそうにしている横で試着室に入る勇気がない。
(ただの小心者なだけ?)

雑談はおおいにやるけど、仕事に関しては会議の場で発言する勇気が
なかったりして何も言えない、言わないとき。
(ただやる気がないだけ?)

子供の頃、お母さんと大ゲンカして、“家出してやる”と思ったのに
家出をする勇気がなかった。ぐれてやる勇気がなかった。

あの人にもう一度やり直したいと言う勇気がなかった。

仕事がつらくなったとき、嫌になったとき、家のことと仕事のことで
自分がいっぱいいっぱいになって限界を感じたとき、仕事を辞める
勇気がなかった。
今この状態が嫌だと思っても、新しい生活を選ぶ勇気がなかった。

ケンカ、ストレス、我慢の限界で、このまま家を飛び出そう、
一人になってもう一度、一から始めたい と泣きながらそう思ったけど
家を出る勇気がなかった。一から始める勇気がなかった。

でも私は勇気がなくてよかったのかもしれない、って思うこともある。

だってあのとき勇気がなかったから私は今こうしている。

決して満足できる今の状況じゃないけど、でも史上最悪のものでもない。
史上最悪なんて思ったら、あのとき勇気がなかったことが悔やまれる。
そんなふうに思わないほうがいいんだ。きっと。

決して今が幸せな状態ではないけど。不満もたくさんあるけど。
楽しいこともそれなりにちょっとだけあったりもする。

あのとき勇気がなかったから今の私がある。
あのとき勇気があったら今と違っていただろう。
違う私がいただろう。違う生活をしていただろう。

それが今よりいいものであったかもしれないけど
もしかしたら今よりもっと悪いものだったかもしれない。
それは分らない。

でも私は今よりもっと最悪になるのが怖い。
今より最悪になったら自分を立て直す自信がない。
あのとき勇気をだせなかった。

しょせん、弱虫で臆病者のいくじなし。

勇気とエネルギーを費やして、もっと大きな喜びを得ることが
できたかもしれないけど、いくじなしの私にはそれができなかった。

今の私は史上最悪のものではない。
最悪だとは思わないようにしている。
だからこれでよかったんだと自分に言い聞かせよう。

勇気はあった方がいい。

でも、なくてもいいんだよ。


・・・これって自分に都合よすぎるかなあ。

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2005年8月16日 (火)

会いたい

会いたい と思うときがあります。
会いたい と思う人がいます。

《会いたい と思う人》
 ■ずいぶん長いことあっていない人
  ・遠く離れたところに住んでいる友だち
  ・幼い頃おとなりに住んでいたヒロコちゃん
  ・まんが喫茶でバイトしていたときに いろいろ私に
   助言・忠告をしてくれた情の厚いおちゃめな雇われ店長

 ■会ったことはないけど、会ってみたい人
  ・顔も知らない、会ったこともない私のおとうさん
  ・私が生まれたときにはすでに他界していたおじいちゃん
  ・すごく有名な人(トヨタの社長とか、ゴジラ松井とか)
  ・イメージだけの人

 ■たまに会う人、いつも会う人だけど、
  会いたいとそのとき素直な気持ちで思える人
  ・おかあさん
  ・ばあちゃん
  ・その他のいろんな「好き」な人

《会いたい と思うとき》
 なつかしく思うとき
 どうしているだろうと思うとき
 どんな人だろうと知りたくなったとき
 自分が弱くなったとき
 悲しくなったとき、つらくなったとき、淋しくなったとき
 会いたくなったとき
 どうしても会いたくなったとき
 会いたくても会えないとき

会いたい人 いろいろ。
会いたい時 いろいろ。

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2005年8月15日 (月)

スマイル

笑顔のステキな人、いいですね。
こっちまで幸せな気分になります。つられて微笑んでしまいます。
うらやましいです。

大塚愛のような可愛い笑顔、憧れます。
男の人の笑顔も結構いいですよね。

私は笑顔が得意ではありません。
もともと無愛想な顔つきに加えて、素直さの足りない性格に育ったせいか
自然な笑顔が出ません。

笑顔をつくろうとすると、無理するせいか何だかとっても変。ぎこちない。

鏡を見て笑顔の練習。

・・・・・・・無理がある・・・・・。

そんな私の練習風景もかなり変。

笑顔の多い人、笑顔のステキな人には自然と人が寄ってくるんですよね。
綺麗で甘い蜜の香りのする花にミツバチや蝶が寄ってくるように。

だから憧れます。どうしたらステキな笑顔が出るのでしょう。
何で私には自然な笑顔が出ないのでしょう。

きっと私がすれているからでしょうか。
やっぱりひねくれ者で素直じゃないから?
コンプレックスが多くて自信ないから?
心から笑えるようなことが少ないから?
お母さんがこんな無愛想な顔に私を産んでしまったから?

そんなこといろいろ考えたって始まらないよね。

とにかくスマイルスマイル♪

最初は無理があるかもしれないけど、きこちないかもしれないけど、
慣れてくれば自然な笑顔になると信じて、なるべく スマイル心がけたい。

私の近くにいる皆の衆、私がつくり笑顔で変な雰囲気かもし出していても
顔が引きつっていてヘンでも気味悪がったりしないでくださいね。

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おうちでゆったりんこ

実家に行ってきました。

たぶん・・いや、きっと、太りました。

ごちそうに腕をふるう母。
それを食べる私。

あまりお酒強くないけど、ちょっとくらい いいか。ビールをグビグビ。
御煮しめは子供の頃嫌いだったけど、今はとても美味しく感じる。

お刺身もプリプリしていてとっても美味しい♪

もう少しビールをゴクゴク。

調子にのりすぎたせいか、頭がぐるぐるしてしまいまった。

親戚の初盆でも飲んで食べてウトウトして zzzzzzzz・・。

でもこんな時代になっても女はこうゆう時は結構大変。
食事の用意もそうだし、ビールを飲んでほろ酔い気分でも
後片付けは女の仕事。

酔っぱらい女に食器洗わせたらあぶないと思うんだけど。

まあ、いいか。お食事代ういたことだし、せめてこれくらいは
親孝行しなくちゃね。

網戸全開にした縁側横のたたみの上で横になって
夏の風とセミの声に、キンチョールのような「日本の夏」を
感じながらお昼寝してゆったりんこしました。

ちょっとだけ心やすまったかな?
でも体はちょっとだけ太ったかも。

さあ、連休後半何しようかなあ。
あんまり長いのもヒマ人には困ります・・・。

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2005年8月12日 (金)

「連休」そして「家族」

世間一般では明日からお盆休み。
私の会社も明日からお盆の連休に入ります。
今年は例年になくちょっとだけ長い休み。

今日は何だかみんなそわそわ、わくわく。
「今日一日頑張れば明日から連休だねー」
「楽しみー♪♪」
みんな浮かれ気分で楽しそう。

私は、うーん・・楽しみとか、人に自慢できるような予定とかは
これといってないのが淋しいけど、せめて少しでも気分を
リフレッシュできればいいなあ。

前半は、親戚の初盆とかもあって実家に帰省する予定。
実家は海のすぐそばなので8月の連休は ”夏” を
感じる風景をたくさん味わえる。
後半は・・・予定がないので、たぶんSMAPの歌のように
”うだうだ”過ごしそう。

職場でとなりの席に座っている仕事無熱心なアイツは
両親と兄弟で家族旅行に行くと言っていた。

いいね。「家族旅行」。
子供の頃に親と行く旅行もいいけど、大人になってから親と
一緒に旅行するのもおつなもの。
子供と大人の家族旅行は世代や感覚が全く違うから
親は結構大変だったりするけど、大人だけの家族旅行って
世代間差が縮まるから同じ感覚で楽しめそう。

恋人同士で行く旅行も素敵だけど、大人同士の家族旅行も
すごくいいね。
何より親が喜ぶよね。

君は親孝行だね。ダディとマミィは幸せ者だよ。

たとえタダで旅行ができるというセコイ理由であっても
暇つぶしだからという理由であっても、
大人になっても一緒に旅行に行ってくれる息子たち娘たちが
いると親はきっとうれしいもの。

君はいい息子だよ。
旅行楽しんできておいで。お土産よろしく。

私は幼い頃から母と二人だったから ”家族”という響きに
憧れていた。”きょうだい”がすごく欲しかった。
両親・兄弟そろっての家族旅行は、この上ない”幸せの象徴”
のように思っていた。今でもそう思う。

こんな大人になってしまってから言うのも大人げないけど
自分の兄弟が欲しい。そして”団らん”とやらを
自分が子供の立場で味わいたい。私自身が甘えてみたい。

私は大人になってしまったけど、まだ中味は子供だし
子供になりたい部分も持っているし、子供のままでいられたら
と思うことだってある。
童心に戻って思いっきり甘えてみたい。
自分の両親と兄弟と家族皆で笑い合いたい。

それは私にとってはかなえられないことだけど。
自分が親という立場になって”家族”を味わうことは
できるのだろうけど。

だから親や兄弟は大切に。
親や兄弟との”みずいらず”の時間を大切に。

一緒にいられるだけでも親孝行なのだから。
たまにか帰れなくても、帰れただけでも
家族にとってはきっと嬉しいのだから。

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2005年8月11日 (木)

ちょっとお疲れ・・

疲れましたー。今日は。ほとほと。ぐったり。げっそり。

今日はおしごとでMYチョロQ号に乗って高速道路走ってきました。
さすがに日頃の疲れがたまってか、夕方の帰りの高速は
疲れました・・・

日頃の疲れって、そんなに何かを頑張っているわけでもないけど、
毎日をだらだら過ごしていると余計に疲れた感じがするのね。

私は車を運転するのが好き。(別に走り屋ってわけではないけど)

でもさすがに一人で黙々と運転するのも今日だけは疲れました。

帰りの高速道路に乗る直前、コンビニに寄ってお茶を買い
ついでにお菓子も・・・ (おいおい太るよ)
おにぎりも美味しそう・・・ (ガマンガマン)
そうそう、お土産も買っていこう (なんでコンビニでお土産?)

いいのいいの。
気持ちがこもっていれば、どこに売ってあるものでも
特産品じゃなくても、出先で買ったものは ”お土産”に
変わりないから。

帰りの高速はいつもよりちょっととばして100~105km/h。
エンジン大丈夫かな・・
でも今日の私はちょっとワイルドハート♪
運転もなんだか雑だぞ。

ウーウー パトカーのサイレンが遠く後ろから聞こえてきた。

あら?あたしどうすればよい?
車けっこうたくさん走ってんですけど。よけるの?
止まった方がよい?それってあぶなくない?
どうすりゃいいんでしょ。

おろおろしながら走っているうちに、前方で
点滅灯をつけたワゴンが路肩に止まっている。
その車を通り過ぎたあと、遠く後ろから来ていたパトカーも
その車のそばで止まった様子。

あーよかった。・・・でもあれは何だったの・・?

一般道も含めて片道1時間半の一人ドライブ。
調子のいいときはそれもまた楽しいけど
今日は思いっきり疲れました・・・・・

帰ったらそのまま布団でバタンキューで眠りたい。
明日の夜まで起きることなくひたすら眠りつづけたい。

でも帰ったらバタンキューするでもなく
いつものように洗濯物取り込んで夕飯食べて後片付けして
お風呂はいって”電車男”みて、いつものような生活。

そしていつものようにブログにしたためる・・・っと。

はい、今日の任務完了。

疲れた・・・・・・

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2005年8月10日 (水)

本日の結末

今日は午後から取引先のメーカーで合同会議。
うちの会社からは私を入れて総勢8名でメーカーへ出向いていった。
先方のメーカーさんは10名以上で応対してくれた。

私は本当は行きたいわけじゃなかったけど、半強制的に参加メンバーに
入れられた。
なので、午後からの合同会議では眠さとの闘い。
話も部分的に聞くから何のことだかついていけなかったり。

でも先方の手前、みっともない態度ではいけないと
おとなしく、しとやかに、上品に、知性的に、おしごとウーマンを意識して
ホントは眠たかったけど真剣なフリをして、すまし顔で会議室に座って
いた。

会議と現場チェックも終え、夕方6時過ぎにようやく本日のおつとめ終了。

メーカーの会議室を出て玄関で靴をはき外へ出た。
一緒に行った何人かのメンバーと外で話していたが、遅れて会議室から
出てきた同僚の女性のYさんが玄関先でなにやら困惑顔。

遠くからそれを見ていた私たち。
何だろうと思っていると、メーカーの営業さん曰く、Yさんのくつが
見当たらないとのこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

あれっ、もしかして・・・・・・・・・・・・・

自分の足元を見ると・・・・・・・私が履いているのは違う靴。

これって、Yさんの靴?
じゃあ、もしかして玄関に置いてあるあの靴は・・・・・・・。私の・・・?

しまったー!ひょえー!!

「私が靴まちがえてましたー!!」
と慌てて玄関に走って戻った私は”ムンクの叫び状態”。

会社のメンバーと、7~8人ほどのメーカーさんたちも
みんなで大笑い。

夕日が照らす中、メーカーさんの玄関先での最後の締めに
ふさわしい(?)なんともなごやかな1コマ。
私が緊張感を解き放してあげたのよ。

それにしても、どえらい赤っ恥だった・・・・。
しかもこんな大勢の前で大恥かいたのは久しぶり。
(実は出張先での赤っ恥事件は他にも前例あるのだけどね)

人の靴はいたら違和感に気づけよって今更思っちゃいました。

あとで思うと、履いたその瞬間、
”ちょっと小さく感じるけど、夕方だし、私の足がむくんだのかな”
なんて勝手な解釈で、全く気づく余地もない私って鈍すぎる・・・。

どんなにおしごとウーマンを気取っていても、そつのないフリしてても
ボロはでるのね。それが性分だから。
しょせんカッコいいフリなんてできない。

でもカッコ悪いところなんて絶対見せられない緊張感あふれる
シチュエーションの時に限って、必ず普段以上の恥をかく私。

たぶん、小心者だから緊張しすぎるあまり、行動があやしく変で
不可解になっちゃうのかもね。

人の靴を平気で間違えて履いて、しかも平気でいる私・・・。

まあ私の他にも、出張先にスーツ姿で靴は白のスニーカーを
間違えて履いてきちゃったという、何ともそそっかしい男の伝説も
あるらしいけどね。

それにしても今日のおしごとの締めくくりはキョーレツに
恥ずかしかったぞ・・・・・。

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2005年8月 9日 (火)

わたしの朝

朝、いつものように家を出てMYチョロQ号に乗り込む。
エンジンをかけると最近の音楽はいつもの"ケツノポリス4"
(若者ぶって・・)。

今は夏休み。子供の姿もなく、人通りの少ない道、セミの声、
通勤途中の数台の車や自転車、バイク・・・

いつもの道をいつものように走り、いつもの狭い道もチョロQ号だったら
らくらくスイスイ(その割には左後ろのドアの下が凹んでるけどね)。

いつもの角で出くわす4駆。道が狭いから離合が大変。

次の点滅信号で直進するタイミングとテクニックが大事。
お人よしなそぶりしたら前に進めない。後ろにもほら車がずらり。
ここは厚かましくスルスル出て一気に渡ってしまえ。

いつもはもっと先ですれ違う青のムーブ。
ん?今日は私が遅いのか、ムーブの人が早いのか?
その先の交差点から時々合流して、私と同じ道を同じ方向に
向かって走る紫色の旧型マーチ。

信号待ちでとなりの車をチラッと見るとオネエサンが何やら
歌を歌っているみたい。
そんな私も気がつけば口パク。やば~、私も見られちゃってるよね。

いつもの朝の光景。いつもの道。
いつも同じ時間に見かけるいつもの車。

みんなどこへ向かっているのだろう。どんな仕事をしているのだろう。
それとも誰かを毎朝どこかへ送っているのだろうか。

それほど長くない遠くない朝の通勤途中の風景。街並み。自転車と人。

いつもの時間に会社の駐車場に着く。
いつも停めるところの空いている場所を探す。

ん?あの紺色のフォレスターは・・・
いつもは私より遅いのに、今日は私より先に来てずいぶん手前に車を
停めているじゃない。
負けた・・。明日こそは勝ってやる。

そんなこんなの朝の風景。
私の1日が始まる。いろんな人の1日が始まる。

なんだか すがすがしいね。

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2005年8月 8日 (月)

善しと悪し

自分が素直になれば   相手も優しくなる
人を大切に思えば   人は好意をもってくれる
自分に暖かい感情があれば  人のぬくもりに気づく

自分が意地悪になれば   相手も意地悪になる
人を拒絶すれば   人は自分に見向きもしなくなる
人を軽蔑すれば   自分も軽蔑される
人を疑っていると   自分も疑わしく思えてくる

人を受け入れることができれば 人からも受け入れられる
自分を受け入れてもらうには 相手を受け入れることも大事

何もかも否定することは 自分が否定されること 自分を否定すること

私の勝手なイメージです。
そんなふうに思えること、よくあります。
私が勝手にそう解釈しているだけですけど。

自分のすることが全部自分に返ってくるような気がします。

でも・・そうは思っても・・

素直になろうと思ってもなかなかなれないんですよね。
優しくしなきゃと思っても、意地悪な気持ちがどこかにあったり
するんですよね。
人を拒否したくなるときがあるんですよね。

意地もはっちゃうし、卑屈になっちゃうし、人をうらめしく思ったりもするし
あまのじゃくだったりもするし、自分って心が狭いなーって。

私は神様じゃないから仕方ないもんね。
「とんでもないアタシャ神様だよ」ってドリフのコントみたいに堂々と
言えるわけないよね。(例えが古すぎでしょうか?)

でも開き直りもほどほどにして、やっぱり自分を少しでも良くしたい。
自分を大切にしたい。

だから、できるだけ素直になりたいって思います。
優しく暖かくありたいって思います。
意地悪な気持ちは意識した途端に芽をだすから、なるべく
気づかないフリをしようって思います。

そうすれば自分が安らかな気持ちになるのかもしれない
って思います。
自分に優しくなれるような気がします。

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2005年8月 7日 (日)

HAPPY BIRTHDAY★コイキング

うちには金魚が1匹います。昨年の夏祭りの金魚すくいでゲットした金魚。
白い体に赤のブチ。
金魚の種類は知らないけど何だか大きくなったらコイになりそうな形。
だからコイキングと名付けました。

金魚すくいで買った金魚なんてすぐに死んでしまうかも。
今までも何度かそうだったから(ごめんね過去の金魚たち)
でもそのコイキングは元気いっぱい。
いつも水の中で ひらひら~ ひらひらひら~ と泳いでいます。

エサをやるとカプカプカプ・・とたくさん食べます。
元気よすぎて水槽の中でビチビチしたときにぶつけたのか、
おでこのあたりに赤い内出血をこさえているときがよくあります。

何気なしに金魚すくいで手に入れた金魚。
家にたまたまあった空きの昆虫用のプラスチックケースに水を入れ
水草を入れただけの質素な住処。

ちょうどあれから1年になります。
コイキングの生まれた日は知らないけど、うちにきて1年。
だからHAPPY BIRTHDAYとおなじ意味で祝ってあげたい。

部屋の隅の水槽の中でいつも ひらひら泳いでいるコイキング。
その存在なんてちっぽけなもの。
目立たない地味な存在のコイキング。

いつもマイペースで自分の好きなようにひらひら泳いでいる。
そんな地味なアナタがいいのです。
目立たなくても我が道をゆく、自分のペースで生きている、
そんなアナタがいいのです。

どこにでもありふれた金魚かもしれないけど、ゴージャスでもなく
華やかさもなく、皆が価値あるものと認めるほどのものでもないけど、
アナタが生きているだけで私には十分価値があるのです。

そんなアナタを私が誠心誠意お世話して差しあげます。
でもどんなに一生懸命お世話しても何も返ってきません。
アナタも好きで私にお世話されているわけではないでしょう。

だから見返りは求めません。見返りなんてあるわけないですけどね。
だから私の一方的なお世話やきなんです。
アナタはそんなの何とも思っていないのでしょうね。
思うわけないですけどね。

だから見返りは求めません。おしつけたりしません。
これが「無垢の愛」ってやつですかね。

・・・おおげさだね。
これからも私がお世話をするからね。安心して自由に泳ぎなよ。

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ココロ ココニ アラズ

心ここにあらず。

私のココロは今そわそわしています。
ここからいなくなってしまうことがあります。
どこへ行っているのでしょう。

落ち着きのないのは私の性分によく似ています。

ここにいたかと思うといつの間にか飛んでいってるときがあります。
(これってアブナイですか?)

何か気になるものでもあるの?それともここから逃避したいの?

きっと何か気になるものでもあるのでしょう。

だから私のココロにノックしても応答なしかもしれません。
ここにはいないかもしれないから。
そういう私のココロもどこかへ違うココロをノックしに行ってるのかも
しれません。
でもそこではきっと居留守を使われることでしょう。

そんなにそわそわしてどうするの?
気まぐれでそんなにふわふわ飛んでたら帰ってこれなくなるよ。
そんなにうろうろしてたら疲れてしまうよ。

何か気になるものが気になって気になって仕方がないのでしょうね。
落ち着いてられないのでしょうね。
かわいそうに。

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2005年8月 6日 (土)

ひま人ブログ探検

わたくし、スーパーひま人ですので、他にどんなブログが
あるのだろうと普段あまり見ないカテゴリのブログをいくつか
眺めてみました(眺めてみるだけですけど)。

スポーツ…これは最初から見てません。
     「ひま人」の形容詞がつく以上に「スーパー運動オンチ」の
     私にはついていけない分野ですから・・
趣味…これぞ人の趣味は千差万別。
    自分が興味のある共通の趣味が書かれているブログだったら
    自分にとっては魅力的。
    でも「ひま人」の原因となっている「無趣味」の私にはちょっと
    無縁・・ 
    もっと探してみたら何か面白そうなのがあるかもしれないけど
    そこまでして必死にブログ巡りするのも何だか虚しかったりして・・
映画…映画はいいですよね。
    でも「見たいなー」というのはいくつかあるけど実際に「見た」のが
    少ないから感想文がかけません・・
食・グルメ…美味しいものはたべたい⇒けど店知らない⇒おわり 
ペット…動物は小さい頃から好き⇒でも今ペットは飼ってない⇒おわり
     (金魚はいるけど・・)
芸能ネタ…これは興味あり。
    でもブログの中のネタは個人的な意見や情報が多いので
    真実を知りたいミーハーな私としてはブログの中の芸能ネタは
    位置付けがちがう・・
株式、政治、経済…頭痛くなりそう⇒おわり
恋愛…これはいくつかブログを眺めてみました。はードキドキする♪ 
   でもコッテコテの恋愛ネタはさすがの私にはちょっと
   気恥ずかしい・・赤面する・・
   でもコッテコテの恋愛進行形の人、恋愛に悩んでいる人、
   愛を綴っている人、うらやましいです。今が旬って感じで。
   恋愛系のブログを書けるうちが一番いいとき、華やいでいるとき
   かもしれませんね。青春だわ・・

私なんてほら、休日に憂さ晴らしでトイレ掃除しちゃったりする
くらいのもんだから。
でもこんなことを言ってるとなんだか年寄りじみてしまう。
心にもコラーゲンを与えて張りをもたせたい。
そうよ、心の中でいろんなものに恋をすればいいんじゃない?ダメ?
ドラマの中の長瀬とか、マンガの中の岩田くんとか(誰それ)・・
レスキュー隊や救命救急士(職業名あってるか?)のお兄さんとか・・
(女も男性同様、制服モノに弱いのです。・・私だけかな)

・・というわけで私のフィーリングにマッチしたブログは数少なく
(というか、たくさんブログがありすぎて見きれない)、
いつものブログ以外はただ眺めて終わるものが多かったです。
私のブログもどう思われているのか・・

でも自分のための自己満足型ブログですから私は
自分の書きたいことを気持ちのままに書いてゆくだけです。

それに共感してくださる人や何かを感じた人がいて、
ちょっとでもコメントしてもらえるとより一層嬉しいですけどね♪

またそのうち他の分野のブログ探検をしてみようっと。

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2005年8月 5日 (金)

記憶(幼少の頃)

幼い頃の思い出。
もう遠い昔のことになってしまって覚えているものが少なくなりました。

小学校に入ったぐらいの年の頃でしょうか。
仕事で忙しかった母の代わりに、ばあちゃんが私の面倒を見て
くれました。
学校が休みの日には、ばあちゃんが私を連れて電車に乗って
遠く離れた山の中腹にあるお寺にお参りによく行ったものでした。

そしてそのお寺の片隅にある「見ざる言わざる聞かざる」という
石でできた3匹のさるの石像のところに私を連れて行き

「このおさるさんの頭をなでると頭がよくなるんだよ」

とばあちゃんに言われ、何も分らないまま面白半分にその
石でできたおさるさんの頭をなでていたのを覚えています。

また、私が小学2年のとき、校区外へ引っ越したため一時期
バスで通学していました。
いつものように、朝バス停でバスを待っていましたが、いつまで
たってもバスは来ません。
通り行く車の何台かが、バス停で待っている私を不可解そうに
見ながら過ぎ去っていったのを覚えています。
不安になって涙がでてきました。
そしてランドセルを背負った私は泣きながら家に戻ったのでした。

家にいたばあちゃんはビックリしてなにごとかと調べてみると
その日はバス会社のスト日でバスは運行していなかったのです。
どうりでバスは来ないはず、とばあちゃんはタクシーを呼んで
学校まで送ってくれました。

そんなことを覚えています。
「楽しかった思い出」というより、繰り返し行っていたこと、
心理的なインパクトが強かった出来事の方がより記憶に残って
います。
それに加えて、悲しかった出来事、嫌な思いをした出来事などの
方が皮肉なことにいつまでも覚えていたりします。
忘れたいことの方が忘れられなかったりします。
いい思い出の方から先に記憶が薄れていくような気がします。

だからいつまでも悪い過去に引きずられたりもするのでしょうか。
でもそんな過去のことがあるから今の自分があるのも事実なんです。

ばあちゃんは今、ちょっと離れた場所の施設で暮らしています。
子供の私を連れて2人でいろんな場所に歩いてまわりました。
ばあちゃんの中にある記憶は日に日に薄れていっています。

だから私が施設に遊びに行くと、ばあちゃんは私が誰だか
思い出すのに時間がかかります。
そして思い出しても、ばあちゃんにとって私は子供の頃のまま。

「yaccoちゃん、学校はどうね?勉強は?」
「うん、仕事も忙しいし大変だよ。
 そうそう、みおちゃん結婚したんだよ」

そんなちぐはぐな会話をしていると、ばあちゃんの新しい記憶が
よみがえります。

「そういえば、去年yaccoちゃんの家に遊びに行ったね」
「そうそう!去年だよ!去年の夏だよ。思い出したんだね」

ばあちゃんの中の記憶が少しでも多くよみがえると嬉しい。
私の中の、優しかったばあちゃんとの思い出も少しでも
長く留めておきたい。
楽しかった思い出、優しかった思い出はすぐに薄れてしまうから
努めて残しておきたい。

最近ばあちゃんのところに遊びに行ってないな。

会いたくなった。
ばあちゃんと一緒に昔の思い出を昔のまま更新しよう。

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仕事はそれなりに頑張っているつもりだけど
集中力が続きません。
1日の中にも波があり、1ヶ月・1年単位でみてもその中でも
波があり・・
仕事も100%全力投球でやっている人なんていないだろうし
仕事が面白い!って人は少ないだろうし、給料貰うからには
「それなりに」やるってタイプの人が多いような気がします。

全力投球&熱血でやってしまうとかえって息切れしてしまって
長続きしないようにも思えます。
だから自分を正当化するわけじゃないけど、仕事への熱意は
ほどほどに。

それにしても今の私はすっかりだらけモードに突入しています。
自分で何やってんだか分らなくなるときがあります。

今日なんか上司(主任と課長)が両方出張で不在だったから
余計に緊張感もなくスーパーだらりんこ。

となりの席に座っているアイツが
眠たくなるビームを放っているのだろうか。
仕事やるきなし光線を放っているのだろうか。

・・なんて。
ただの私のなまけ心が表に出てきているだけなのです。はい。

ちょうど半年前にも自分の中でかなり低調な時期がありました。
そのときは明らかに精神的にも沈んでしまって
重くて暗いオーラに包まれてなかなか抜け出せずにいました。
仕事はほどほど、なんて思いつつ不満や葛藤や嫌悪感、劣等感
でいっぱいでした。

でも今は、だらけてるけど、低迷しているけど、調子出ないけど
気持ちの上では半年前のような精神的なつらさはありません。
まだ下降途中にいるのかな?

なんでなのか理由はよく分らないけど・・あえて言うなら
助っ人の存在でしょうか。
勝手に心のよりどころにしてしまってるけど(無許可で)、
どこかホッとするところがあります。

仕事の波、気分の波、ストレスの波、生活の波・・
いろんな波を自分で乗り切るのは大変。
でもその中でもちょっとした楽しみや心の支えが
あるとすこしは楽になります。

でもそれを見つけるのがまた大変なんだろうな。

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2005年8月 3日 (水)

写真

写真っていいですよね。

気持ちが癒されます。和みます。HAPPYな気分になります。
でも切なくなることもあります。

写真はその人のそのときの心をリアルに映し出してくれるもの。

穏やかな気持ちの時には穏やかな写真。
感動したときには感動あふれる写真。
楽しい気持ちの時には笑いが出るような写真。

怒りや憎しみ、悲しみ、苦しみの時は・・・・?

そういう気持ちの時にはそもそも写真を撮ろうとか思いませんよね。
気持ちに余裕がないから。

でも怒りや悲しみ苦しみから抜け出して落ち着きを
取り戻し始めた頃なら、また一層澄みきった混じりけのない写真
になるかもしれません。

心が落ち着いていれば、気持ちに余裕があれば
どんな場所でも、どんな光景でも素敵な写真になるのかも
しれません。

私も写真が好きでいろいろ試してはみるものの
どれもハンパなものばかり。

それは私自身がハンパだからです。中途半端。どっちつかず。
穏やかでもない、おもしろオカシイわけでもない、
感動する気持ちが鈍っている、気持ちに余裕がない。
なんとなくやり過ごしている.。

だからどれもハンパな写真になってしまうのです。

最近は便利になってデジカメで撮るから、失敗したものは
すぐに消去できます。
きれいさっぱり初めから何もなかったかのように消して
しまえます。
一緒にそのときの気持ちまで消してしまえればいいのにな・・。

幸せな気持ちで、幸せの写真を1枚でいいから
撮れるといいな。

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2005年8月 2日 (火)

そろそろ・・

髪の毛を切りたいです。もうそろそろ。

カラーを入れた髪の根元が黒くなってきて
ツートーン。
その半端な長さと色はまるで犬のようです。

”どんなヘアスタイルにしようかな♪”

などと毎回浮かれてはみるのですが・・

「”がんばっていきまっしょい”に出てくる石田ゆり子のような
 髪型にしてください」

なんて美容師のお姉さんに言ってみたいけど

「あなたはモトから違いすぎてますから無理です!」

とか言われそう。思われそう。

「清楚で上品な矢田亜希子のような髪型にしてください」

とかも言ってみたいけど

「あなたは若さと上品さが足りませんから無理です!」

とあしらわれてしまいそう。
そんなこと言う失礼極まりない美容師はいませんけどね。
でも”こんなイメージで”と言うのはやっぱり恥ずかしい。

だから結局

「長さはあごのラインで前髪は眉にかかる長さでお願いします」

と、なんとも個性のない平々凡々なマンネリのセリフを
ついつい言ってしまいます。
イメージチェンジができたらな。気分も変わるのに。
でも髪をちょこっと切るだけでもスッキリしますよね。
だから髪を切りたい今日この頃です。

でも私は尖端恐怖症というわけではないので
ハサミで髪を切られるときでも目は開けていられます(笑)。

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本日の収穫

会社の社長&役員方と従業員との昼食懇談会があった。
従業員8~10名ずつ何回かに分けて、これから定期的に行われる
FACE to FACEのコミュニケーションを目的とした懇談会。

第一回目のグループに私も参加した。
(ホントは同僚が出張でパスしたから代理で出席。
 ビンボーくじを引くのは得意ですからね。私)

そんなイベント全然興味もないし、昼食代ういてもねえ・・
社長とかにそんなざっくばらんに話せるわけないのにねー。

とは心で思っていても小心者で多少お調子者の私は
社長の話が始まると、うんうんとうなずいてみちゃったりして。
なんだろーなー。

役員の一人が「何か業務で困っていることはありますか?」と聞くと
一人の男性がこう発言した。

 「自分は今出向でこの会社にきてまだ1ヶ月経ってないけど、
 末端の部門や担当者からなかなか情報があがってこない。
 出向する前の会社にいたときも常にそう思っていた。
 情報がなかなか自分のところまでこないのでやりにくい」

それを受けて社長は言った。

 「組織や拠点がこれだけ細分化されてしまうと確かにやりにくいだろう。
 しかし、自分で駆け回っていろいろやっているうちに皆から相談
 されるようになる。
 ”困った時、何かあったときはあの人に相談しよう”
 ”あの人に聞けば何とかなるだろう”、”あの人には連絡しておこう”と」

 「とにかく人から相談される人になりなさい。
 そういう人は離れた遠い拠点にいようと、どこで仕事をしていようと
 自然と情報は集まってくる。人も集まってくる。
 自分がまだそこまで達していないうちは、自分から情報を
 取りにいくしかない」

仕事においても、組織上の問題や部門間の利害関係などの問題で
スムーズにいかないことも多い。
ただ自分の中の姿勢や視点を少し変えてみるだけで
全ては解消できないけど、それなりの効果と収穫はあるんじゃ
ないかな。
自分がちょっとだけでも努力することで周りがガラリと変わって
見えたりするんじゃないかな。
不満ばかり言うよりは自分の力で何かをしてみないと始まらない
んじゃないかな。

でも私は「努力」は苦手ですけどね。根性なしだから。
でも頭では”確かにそうかもね”とそう思いました。

会社のこと、人のことについては自分がどうあがいても
変わることはないかもしれないけど、自分自身のことは多少
のことだったら変えられる。
考え方とか気持ちの持ち方とか。

そうすることで自分自身が満足するかもしれないし、
それによって人との関わりが好転するかもしれない。
そして仕事においても、結果として自分にとって
風向きがよくなるかもしれない。

会社幹部方との昼食懇談会、嫌々参加したけど
お昼ご飯がタダで食べられたということと、
さっきの社長のコメントが本日の私の収穫だったかな。

それ以外は・・・・息苦しいだけだった!!

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